古本屋通信

東京大学新聞チャンネル第16回

古本屋通信   No 2686    2017年  07月18日  


 東京大学新聞  チャンネル 第16  1968 (昭和43)

   東大闘争特集 第三回


 7月1日号

大衆団交を要求 各学部、長期闘争体制へ  波状ストを追求 中央委  文など 全学共闘会議を結成
「総長団交」成らず 東大集会 超満員の安田講堂  本部占拠も検討 全闘委  
粒良君、処分撤回さる 不充分さ残る撤回理由
医教官への批判強まる 各学部教官層動く
騒乱の中の総長会見 議長選出でもめる 一部学生、演壇を占拠する
総長「大衆団交は行わない」 激しいヤジで応酬 学生側
法学部史上初スト 学生の結集母体確立 深まった自治をめぐる討論
経済学部 全学連支持の執行部  文学部学友会 執行部、強化協で独占 
二十六日から無期限スト 文学部学友会 スト実行委提案を可決



 7月8日号

二日夜、本部再封鎖さる  本部封鎖実行委を結成 全学共など  五日 講堂内で総決起集会
総決起集会に三千人
近づく夏季休暇が焦点  無期限ストを続行 教養、文、医  中央委 学部段階の成果獲得に重点
医学部の異常事態について 東大医学部  六学部でストライキ 各学部 夏休み方針の検討へ
五日 団交要求で時計台集会   



 7月22日号

夏休み迎える東大闘争 理論深化に重点か  講堂内で合宿予定 全学共  中央委 各階層の闘いを重視
総決起集会に千余人 13日 東院協中央委など中心に
投稿 東京大学の再生を求めて 折原 浩

12~14日 全寮連第十回大会開く 全国的統一闘争が課題

革マル・三派 全学連大会開く
革マル「全学連」 これは初めて採りあげるので少し要約しておこう。
七月十一日から十四日まで早大で。代議員、評議員、傍聴人の参加証発行総数が二千八百。昨年の大会を大幅に上回った。参加自治会は早大Ⅰ文、社会、金沢教養、鹿児島教養など、二十二自治会、参加大学は東京を中心に九十五校。「既成左翼社共と三派の破産を乗り越えて安保実力阻止をめざす」。委員長・成岡(元早大)、副委員長・小野田(東大文)大貫(早大)、書記長・木下(東大経)。最終日に会場に反帝学評140名が殴り込み、2名に怪我をさせたが、革マル派は二百本ほどの棍棒を用意したため、反帝学評議長は自己批判し、治療代として五千円を出して解決した。
三派「全学連」分裂へ
三派「全学連」大きく中核派と反中核派四派連合に分裂した。
中核派 独自に定期大会 秋に七〇年闘争の口火を
十四日から三日間法政大学で定期大会。全国から130余の代議員を含む2150人が参加。横国大、広大、群馬大、法大。委員長・秋山(横国)、副委員長・橋本(京大)佐渡(広大)、書記長・青木(広大)。
「反帝全学連」大会流れる 十九・二十日神田で激突
社学同統一派(ブント)、社青同解放派(反帝学評)、社学同ML派(解放戦線)、社青同国際派(四トロ)の四グループによって結成されたいわゆる「反帝全学連」は全学連大会を開催する予定だったが、ブント系と社青同系の対立によって、開催できなかった。


 7月29日号

第十九回全学連大会開く 組織強化をめざす 安保破棄へ統一闘争
現在加盟自治会209、支持結集自治会200以上。この大会には2000人以上が参加。最終日には中央執行委員四十名と三役選出を行い、田熊和貴(東経大三年)を委員長に再選した。
  1. 2017/07/18(火) 19:52:30|
  2. 未分類

だから言わんこっちゃない

古本屋通信   No 2685    2017年  07月18日  


    詐欺師・石崎徹・ もしくは 最低知能

それ見ろ、だから言わんこっちゃない。低脳石崎がデボーリンにトコトン馬鹿にされた。



 私は生前の劉暁波の主張など読んだことはない。ブル新聞が「人権派」などと意味不明な賛辞をおくっているのを見て、どうせ胡散臭い奴だろうと思っていた。想起したのはかつてのソルジェニーツインである。まあアメ帝のスパイではなかろう位に思っていた。そしたら低脳の石崎徹が早々と跳び付いた。やめときゃ良いのにと思って、他の記事の末尾に以下を付けた。私がいたたまれなく恥ずかしく思ったのは「悔しさだけが募る」の個所だった。そこまで言うなら、もうひとことあっても良かろうが、ハッタリの口から出まかせが見え見えだった。

 案の定、デボーリンから石崎のブログに投稿があった。然しコレ、デボーリンは古本屋通信経由で石崎文を読んで投稿したのだろう。石崎が非公開コメントにしなかったのは感心だが、公開した以上はデボーリンに答えなければならない。さあ石崎の正念場だ。しかと拝見しようぜ。末尾ながらデボーリン君、アリガトさん、これからも石崎を宜しくお願いシマス。お

 ありゃ、さっそく石崎の応答があったようだ。公平に下に貼っておこう。

 それに対するデボーリンの批判も、一日置いてあった。これも付けておく。

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  古本屋通信 No 2679 より    


 哀悼 劉暁波
 2017年07月15日 (土)  石崎徹
 劉暁波が死んだ。冥福を祈る。言いたいことはいっぱいあるが、いまはただ悔しさだけが募る。

 古本屋通信
 ほう、目配りが広いね。私は追悼などしない。ブル新聞情報以外なにひとつ分かっていない。石崎はこういうのが好きだね、つまり耳障りがよいんだ、人権派だとか言うとネ。私は寧ろ中国当局に耳を傾ける。ノーベル平和賞は要注意であるゾヨ。


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686:劉暁波 by デボーリンの墓守
on 2017/07/17 at 15:52:33 


あなたは劉暁波がどういう主張をした人物かを知ったうえで、それでも「哀悼」するのですか?
劉暁波のこのような主張についてどう思いますか?

a) 中国の悲劇は、欧米や日本に少なくとも300年間、植民地にされなかったことだ。されていれば、中国は明らかに文明化きれただろう。
b) 朝鮮戦争とベトナム戦争は、米国の全体主義に対する闘いであり、米国の道徳的威信を高めた。
c) ブッシュがイラク戦争を始めたのは正しかった、ケリー上院議員が行った批判は名誉棄損だ。
d) アフガニスタン戦争?驚きはない。NATOの戦争を全面的に支持する。


http://www.geocities.jp/ishidanz/11_01_01.htm

おそらく、劉暁波を支持している人の大多数はこういう彼の主張を知らないのだと思います。


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 688:デボーリンさん、お久しぶりです by 石崎徹
 on 2017/07/18 at 10:30:12
 ぼくも知りません。それがどういう文脈で言われたかもさほど重要なことだとは思いません。人はいろんな場でいろんな発言をします。その人の置かれた立場によって、極端な発言が飛び出すこともあるでしょう。批判されるべき発言も当然あるでしょう。でも一つだけ確かなことは、人は発言によって牢獄に監禁されてはならないということです。


 古本屋通信
 石崎はコレでは劉暁波を支持して追悼した理由になっていない。劉暁波が何を喋ろうが、自分は聞いていないし、仮にトンデモ発言があったとしても、それは文脈によってどうにでも解釈できるから、自分は彼を支持することを止めないと言っている。何でも朝日新聞が書いていることが正しいのだから、いいなあ朝日は便利で、大きく間違えることはないモン。一言だけ。懲役刑は各国の法で判決が下されるにしても、発言だけで有罪になる場合は少なかろう。然し中国の言論弾圧は大いにあるだろうから、私は中国を擁護はしない。だがそれは劉暁波の言論活動の犯罪性を些かも減じない。以下で見る限りにおいて、彼の主張はアメ帝のそれである。そういう人物を知りもせず、また知ろうともせず、哀悼の意を表明できる石崎の感覚は恐るべしだ。まさにレーニンの言うマッハ主義者すなわち三島由紀夫のそれである。要は帝国主義者殺人鬼の感性そのものと云えよう。


690: by デボーリンの墓守
on 2017/07/19 at 16:53:42 
>でも一つだけ確かなことは、人は発言によって牢獄に監禁されてはならないということです。
そうでしょうか?
たとえば石原慎太郎の「三国人が暴動を起こす」というような発言は懲役刑に処せられるべきではありませんか?



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  2011/1/1  石田望・智枝子

◎今年も日本の政治には余り期待が持てない。そこで新年早々中国人劉暁波のノーベル賞に何故中国があれほどまでに反感を抱くのかを解説したタリク・アリ氏の解説を紹介する。それによると劉氏は我々が考えているような民主的人物ではない。彼は中国をアメリカ式の「民主国家」に変革しようとしたのであり、ブッシュのイラク侵略にもオバマのアフガン戦争にも反対していない。その辺のことをとくとお確かめ下さい。

ご一読の程を!



劉暁波はノーベル平和賞に値するか
タリク・アリ(作家・歴史家)

【編集ノート】「『中国を米国の模造品』にする08憲章」をARC通信220(11月)号に掲載したところ、大手メディア関係者からは「左翼のアジ演説」、「中国共産党保守派の代弁」、会員からは「中国の人権問題は指摘しないのか」という声が寄せられた。しかし、この原文(左翼紙)の読み方は、アキシス・オプ・ロジック紙の編集者レス・プローが解説している通り、08憲章の狙いが「14・財産権の保護15・財政・税制改革」条項にあり、米国民主主義基金(NED)の役割、中国共産党と劉暁波との関係を「資本主義の道を歩んできたことにあるのではなく、資本主義の道を十分に歩み切れていないことにあるのだ」という指摘が現代中国を理解する上で欠かせないとの判断から掲載に踏み切った。

 08憲章は末尾で「中華連邦共和国」の建国を呼びかけている。それを知ってか知らずか、「民主化」、「一党独裁の否定」と一方の立場から一色になって報道するマスメディアの姿勢は少なくとも中国の現状を客観的に伝えているとはいえない。中国政府の過剰ともいえる対応に組するものではないが、なぜ彼らが反発するかを考える必要があるのではないか。
 1980年代後半、ソ違でゴルバチョフ書記長がペレストロイ力を推進していた際に、「ソ連でさえ改革しているのだから、中国にも改革が必要だ」と述べた。天安門事件前夜の中国では、共産党指導部にも改革を巡る議論があった。しかし、ゴルバチョフの手法の特徴でもあったが、異なる意見を闘わせ相手を尊重する民主的準備の全くなかったところで、マスメディアを動員しながら反対意見によって世論を煽る形をとったことにより、国内が大混乱に陥り、様々な介入を招き、反革命勢力に政権を乗っ取られる形でソ連邦が崩壊した歴史を中国共産党指導部は目撃していた。                                                                                  
 タリク・アリは、一色となったノーベル平和寛報道にオルタナティプの立場から原則論をのべている。オバマだけでなく、歴代の平和寅受賞の政治性は露骨なばかりだ。それを抜きにした人権の大合唱は天に唾するだけではないか。(森広泰平)                      
 昨年のノーベル平和寛受貧者オバマは、受賞後間もなく、アフガニスクンでの戦争を拡大させた。賞は、当のオバマにさえ驚きだったのだ。
 今年は、中国政府が愚かにもネオコン(新保守主義)の劉暁波を受難者にしてしまった。彼は逮捕されるべきではなかったが、ノルウェー・ノーベル寛委員会を構成するヤーグラン委員長(同国元首相)らノルウェー人政治家は、中国を懲らしめようとした。そこで彼らは、白分たちの英雄、劉暁波の意見を無視した。あるいは、無視したのではなく、彼ら白身の意見が同じなのかもしれない。ノーベル寛委員会は、イラクを侵略したことでブッシュとブレアに共同平和寛を授与しようと考えたが、激しい抗議でやめたことがあったのだから。                      
 はっきりさせておくが、劉暁波は公に次のように述べている。                                                  
a)中国の悲劇は、欧米や日本に少なくとも300年間、植民地にされなかったことだ。されていれば、中国は明らかに文明化きれただろう。
♭)朝鮮戦争とベトナム戦争は、米国の全体主義に対する闘いであり、米国の道徳的威信を高めた。 
 c)ブッシュがイラク戦争を始めたのは正しかった、ケリー上院議員が行った批判は名誉棄損だ。 
  d)アフガニスタン戦争?驚きはない。NATOの戦争を全面的に支持する。

 彼はこうした意見を持つ権利がある。しかしノーベル平和寛を受賞するものだろうか。                                                                          
 ノルウェー人の学者,フレドリック・ヘッファメールは、ダイナマイトの発明者、ノーベルの遺志が侵害されている、と主張している。     
 ノーベル賞委員会は賞金を自由に使えるわけではない。平和を生みだし、軍備拡大競争や軍部の権力争いの悪循環を断ち切る重要なものに与えるために賞金を預けられているのだ。この観点からすると、2010年のノーベル賞は再び、違法な委員会によって授与された違法な賞となった(了)                                                                               

翻訳舟越美夏
原文Does Liu Xiaobo Really Deserve the Peace Prize? By
TARIQ ALL 13 Dec 2010
http://www .counterpunch.org/tariql2132010. html
「アジア記者クラブ通信」(11年01月号より
  1. 2017/07/18(火) 09:46:28|
  2. 未分類

東京大学新聞チャンネル第15回

古本屋通信   No 2684    2017年  07月18日  


   東京大学新聞  チャンネル 第15  1968 (昭和43)

   東大闘争特集 第二回


  5月6日号

総長、話し合いを 大衆団交の声、強まる
実力行使も示唆 全学闘  七者協 総長服務討論集会提起  43青医連結成さる
総長語る 「医療問題が根幹」 ルールを決めて話し合いを  文部省 学部長会議を中止 「自治侵害」の声に屈す


  5月20日号

五月祭開く 本富士署学生委「警官警備は行う」 学生、教官層に強い反対の声

臨時 三派系、四大学集会に暴力 10日、中大で九十人重軽傷 (要約 ヘルメットで武装した中大、明大、法大、専修大、早大、医科歯科大等の社学同・中核・解放・革マル派系の学生約百七十人が十日夜、中大で開かれた千代田地区四大学十自治会の決起集会を四回にわたって襲撃し、集会参加者約九十名が負傷した(この集会は九百人の規模だった。襲撃した中核派は「反トロ集会の実力粉砕は当然」と語っているそう。まあ拠点としていた首都圏私大を民青に食い荒らされて黙っておれるかと無理してがんばったのだろう。この襲撃写真も東大新聞にちゃんと掲載されている)。


  5月27日号

5月祭開く 警官導入。阻止さる  四十数クラスで決議 警官導入反対
医・文・経全学闘 竜岡門に座り込み  学生二名。逮捕さる  学部長含む討論集会 教育
学生二名を不当逮捕 中央委など緊急声明 理を中心に救援対策


    
  6月3日号

医学部闘争 国試ボイコットに重点  全学スト第十九週 依然事態進展せず

臨時 ありゃ、またも臨時だ。後に解放派で悪名を馳せたゲバルト・ローザこと柏崎千枝子さんが寄稿しているので紹介します。
書評 パウル・フレーリヒ著 伊藤成彦訳 ローザ・ルクセンブルクーその思想と生涯
実践的なローザ像の現出 労働者階級こそ革命の主役 ローザへの偏見を論破  柏崎千枝子

もう一つ臨時だが、これは少し大きく扱っておく。
安保破棄で都心デモ 三派「全学連」に二千五百人
五月三十日、日比谷公園で中核派と社青同解放派と社学同派が「全学連ゼネスト集会」を開いたそうだ。中核派は法政二百人をはじめ埼玉大、日大、横浜国大など計千人が結集した。一方、解放派・社学同派は千五百人だった。さらに反戦高協が続いたそうだ。つまり当時は民青系であろうと三派系であろうと、首都圏だけでこれだけの人数を動員出来た。昨今のシールズなどというマヤカシが如何に口だけのペテン師であるか分かるだろう。そして重要なのは街頭集会やデモの参加者は決してシールズの如き烏合の衆ではないということだ。民青にせよ新左翼にせよ、街頭闘争の背景には、単位学生自治会でのたたかい、さらにはそのベースになるクラス討論があったということだ。この時代は学生運動の絶頂期ではない。それでも首都圏でこれだけ集まった。私は志位の言う「(今の時代が)かつてない市民革命の時代である」を耳にするとき、もはや見解の違いなどではなく、そのペテンに殆ど殺意を禁じえないのである。なぜなら志位はこの時代を知らないのではなく、安保肩ぐるま世代として60年安保をくぐりぬけ、この時代は多感な高校時代だった筈だからである。私は自分の委員長時代の栄光を演出するしか脳(能)のないこの委員長を怒りを籠めて糾弾するものである。


  6月10日号

医学部闘争 大学病院受け入れを拒否か 医学部長会議  全学闘 時計台封鎖も示唆
安保破棄で全国学生統一行動 中央集会 全国から一万人(東京一万、福岡五千、京都四千、全国二万五千)が参加 7日 学生の諸要求を確認


  6月17日号

批判高まる本部選挙  全クラスで抗議声明 医学部  一部学生が原則を無視
高揚する反戦の声  6・15市民集会に八千人

教養自治委員長に今村君 第38期委員長選挙 柴田君(全学連支持)を少差で破る
投票率約80パーセント 副委員長もフロント派
 このニュースは私・古本屋通信にとってもショックだった。私は岡大に学士入学した直後だったが、このニュースは文科自治会や民青岡大地区委員会でも話題になった。民青はショックを受けた。それほど東大教養は不抜の砦だったのだ。なのに負けた。いっぽう文科自治会の執行部は民学同だったが、喜んだ。というのは岡大にフロントこそいなかったが、彼ら構改派は3つの全学連のいずれにも加わらず、独自に「自治会共闘」を組んでいた。だから民学同は東大でのフロントの勝利を歓迎したのである。以下、東大教養の党派別の得票数を記しておく。
委員長 フロント1925票 全学連1843票 反帝学評(解放派)473票 学生会議(?どこか分からん)250票 反戦会議(中核派?)235票 白票434 無効票24
副委員長 フロント1831票 全学連1805票 反帝学評(解放派)451票 学生会議(?どこか分からん)301票 反戦会議(中核派?)255票 白票515 無効票26
投票総数5184票

15日 日比谷で反戦行動 夜、革マル、中核が乱闘
文化人5氏のよびかけ「六月行動月間」の統一行動で、「6・15市民集会」。学生、市民、文化人など八千人の参加。「革マル帰れ」と「中核帰れ」で乱闘。東大新聞はこの乱闘の写真をちゃんと撮っている。


  6月24日号

20日、全学ストに決起  統一集会に一万余人  17日 機動隊導入を契機に
17日、官憲導入さる 総長の専断で要請する  八学部がスト決議  予想される長期的闘争
安保以来の全学的盛り上がり 20日全学ストライキ  時計台前で抗議の声 本部占拠で意見の対立


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  余禄

 東大新聞を読みとっていく過程で初めて気がついたが、新聞にはかなり良い写真が掲載されている。切り取って保存しようかどうか少し躊躇ったが、思いきって切り取って、はがきファイルに保存しつつある。ただし集会やデモの写真に限定している。50年も前の古新聞の写真だから、紙質は悪く、コピーして掲載など出来ない。あくまで自分用のコレクションである。

 考えてみれば、当時の学生運動の写真は驚くほど残っていない。学内・学外とも学生自身が写すことはまず絶対になかった。大学当局も写さなかった。これは参加者の面を残さないためだった。学外の大きな集会やデモは、ブル新が記事にする際には撮影しただろうが、民青系は黙殺されたから、地方大学の集会・デモの写真が新聞に載ることはなかった。東京の大集会でも載らなかっただろう。私自身を振り返って、自分の写真は一枚しか持っていない。それは1966年に高知大学で開催された中四国教育系ゼミで演説している写真である。このときはゼミ実行委員会の腕章を付けた写真班の記者が撮影した。当時は写真撮影は限られた者にしか許されていなかった。運動するものの警戒心からだ。

 そういう目で東大新聞の写真を眺めると実に魅力的である。もちろん個人の顔写真が不必要に掲載されているケースはないが、その他では実に多様な写真がある。これはたぶん東大新聞社の腕章を着用していたから可能だった。撮影する記者の眼も優れている。つまりブル新聞の眼とは明らかに異なっている。書けば限りがないからこれ位にしておくが、私の良いコレクションだ。マニア的には涎だろう。ただ紙質がここまで悪いと売れることはないだろう。
  1. 2017/07/18(火) 02:58:53|
  2. 未分類

東京大学新聞チャンネル第14回

古本屋通信   No 2683    2017年  07月17日  


   東京大学新聞  チャンネル 第14  1968 (昭和43)

   東大闘争特集 第一回

 東京大学新聞について、これまでチャンネル記事を13本を断続的に連載してきたが、これらは全て1966年分を対象にしたエントリーであった。引き続いてどうするべきかと思って1967年分を見た。ところがこの年の新聞が著しく少ない。とりわけ年の後半部分が殆どない。それで一気に1968年分に跳ぶことにした。

 この年のものは殆ど揃っている。それで私の編集だが、この年は世間でも有名な東大闘争のピークの年である。私は他大学の闘争に較べて東大闘争が特に意味があったとは思わないが、せっかく東大新聞があるのだから、この新聞に掲載されている闘争を特集してエントリーを立てるのも悪くないと思った。それで1月から12月に至るまでの関連記事に限って抜粋することにした。といっても膨大な記事全文を掲載できるわけがなく、見出しと小見出しを拾うのが精一杯であろう。とにかくやってみる。適当なところで切って、次回送りにする事になろう。

 尚、東大闘争関係の資料は下記の資料集をはじめ単行本も多く出版され、私も何冊か読んでいるが、今回はそれらにいっさい構わず、東大新聞に顕われた限りを採り上げる。また資料性を第一義と考えるゆえに、私のコメントや解題の類は出来るだけ付けないことにする。



東大闘争資料集  68.69を記録する会

no.1 1967年医学部闘争 no.2 ビラ 1968年1月~5月 no.3 ビラ 1968年6月 no.4 ビラ 1968年7月~8月 no.5 ビラ 1968年9月 no.6 ビラ 1968年10月 no.7 ビラ 1968年11月 no.8 ビラ 1968年12月 no.9 ビラ 1969年1月 no.10 ビラ 1969年2月 no.11 パンフレット 1968年1月~7月 no.12 パンフレット 1968年8月~10月 no.13 パンフレット 1968年11月~12月 no.14 パンフレット 1969年1月~2月 no.15 討論資料 1968年1月~9月 no.16 討論資料 1968年10月~1969年2月 no.17 大会議案 1968年1月~7月 no.18 大会議案 1968年8月~10月 no.19 大会議案 1968年11月 no.20 大会議案 1968年12月~1969年2月 no.21 当局文書 1968年1月~1969年2月 no.22 新聞版 総目録




 1月15日号

核基地化に反対 寄港阻止すすむ エンター寄港 全学に抗議の動き
エンター阻止闘争 総長が「所感」 「市民社会の秩序」を強調



 1月22日号

エンタープライズ入港 東京 佐世保で激しい抗議 機動隊、弾圧を強化 波及する阻止闘争
特集 沸き起こる声 揺れる旗 五万人の大隊列 十八日佐世保大集会 粘り強い闘い誓う 全学連西日本総決起
三派系全学連 くりえす激突 米軍基地突入はかる 
連日のデモや集会 八十クラスで討論  東大からも一千人 1・18二万人中央集会
日比谷に一万人 十七日 反戦青年委らが集会
核基地化は許せない 原子力空母寄港 私はこう考える 阻止運動に強い関心 三派系運動に賛否両論
盛り上がった阻止闘争 広範に自治会へ結集 学内エンター寄港反対闘争 学内共闘の発展を
反対と賛成の谷間を探る 現地に見る「阻止」 反対運動と密接な市民 漂う催涙ガスと「国家」
エンター阻止闘争 全東大で巻き起る 1・28 千二百名が決起 クラス討論を基礎に 駒場 本郷 教養代議員大会 三年ぶりの大会決定 阻止闘争執行部案を可



 1月29日号

医学部、無期限スト  医師法改正案で対立  29日から 長期化のみとおし


 2月5日号

医学部スト 「団交」をめぐり膠着化 5日より 41青医連も参加
学生から事情聴取 文・理・医三学部 羽田闘争参加で



 2月26日号


医学部スト 学部側全学生に文書 スト分断と反発 学生側 


 3月号20日号

医学部でレッド・パージ以来の大量処分  退学を含む十七人処分  学生、連日の抗議行動
警察の導入を示唆 16日 処分闘争で告示
総長語る 事実誤認、話し合いで 警官導入は最後の手段
今回の処分に関する我々の見解 東大医学部全学闘争委員会



 3月号25日号

卒業式 大講堂の式典、中止  全学闘争委 大講堂玄関を占拠  
学部ごとに証書授与 深夜 講堂の扉破る  「景観導入はやめよ」 事態収拾に各団体動く処分理由、誤りか 教授懇話会 医学部教授会にも批判
機動隊導入nお言明さける 27日 法・経学部長が記者会見  闘争は長期的展望で 医学部学生に聞く  医学部教授会は態度硬化
阻止された機動隊導入 反対運動が勝利  処分撤回運動は今後へ  
どうなる二派(七者協、闘争委)の対立  27日、28日 保田講堂前で二派が集会 闘争委の150人 ポーチで泊り込む



 4月号8日号

医学部処分撤回斗争 入学式実力阻止か 大衆団交を追求 全学闘争委  大学当局 警官導入を示唆
七者協 医学部教授会の民主化要求



 4月号15日

入学式 混乱のうちに強行  大衆団交行われず 姿見せぬ豊川医学部長
処分撤回闘争は今後へ  全学闘 大学側提案を拒否  
大学当局 秩序回復を強調 形式主義に批判の声 医教授会の審議が先決 総長、本紙記者に語る
七者協 警官導入阻止を確認 11日、12日 連続して集会開く
国立大学学部長会議に東大欠席 各大学、文部省に反発
紛糾した入学式 カメラは何をみたか 入学式がぼくたちに問いかけたものは?
入学式 現実にぶつかる新入生  全学闘 式典中、講堂内に突入 暴力いさめる総長告示
新入生からビラ取り上げ 学生部が清潔を理由に 新入生・父兄はとまどい顔



 4月号22日号

医学部闘争 八世代がスト突入 粒良君から事情聴取 医学部  七者協 二千名の署名集める
学生委員会 新たに五人追加  全学闘 全学シンポを開催
「民主化に前進」七者協で総括中   
共闘と団交の実現を 学内共闘は可能である 権力の研究体制再編が起因
早急に評議会の開催を 処分の再検討を要請す
各学部、闘争方針出る 二十四日全東大集会が焦点
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 4月号29日号

医学部闘争 全学的に解決への胎動  全学闘 医・学生委と徹夜団交  大衆会見を提起 七者協
医講師ら 連絡会議結成か  医学生委 「全員会見に努力」  
医処分問題 討論集会を重視 4・24 七者協五百人を結集
  1. 2017/07/17(月) 18:24:22|
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くどいなあ、デボーリンか?

古本屋通信   No 2682    2017年  07月17日  


    くどいなあ、デボーリンか?

 昨日下記の投稿があったみたいだけど、ホントにデボーリンの投稿なのか疑っている。というのは余りにも目垢がついた従来のステレオタイプ( 行動や考え方が、固定的・画一的であり、新鮮味のないこと。紋切り型。ステロタイプ)の政治談議だからだ。言い尽くされて、論破され尽くしている。デボーリンなら、もう少し新鮮な切り口を見せてもよかろうに。

 それは措いて批判しておく。貴殿は何処までもブルジョア司法制度に絡めとられているね。このデッチアゲ強姦事件は政治的背景などいっさい問題にならない。当日の夜から明け方までの数時間に起った両者の性行為が、準強姦に当るか当らないかだけだ。警察の取り調べも、逮捕状も、起訴も、不起訴も関係ない。もちろん菅官房長官も無関係である。

 いったいコレが強姦、準強姦、強制猥褻等々の性犯罪に見えるか。しかも「事件」は2年前だ。あのなあ、2年前に互いに合意して性行為しても、後から腹が立って訴えてやれというケースはあるだろう。男の方は堪ったもんじゃあないね。

 まあ、どっちでも良いんだ。所詮は他人様の痴話喧嘩だ。詩織が何か再審査を請求しているらしい。私はその方面はド素人だが、却下されることは間違いないだろう。所詮は露出狂の売名行為だ。

 それよりも私はこの「事件」で山口氏の人権は著しく侵害されたと思う。なぜなら彼が詩織と性交したことが彼の意に反して広く世間に拡散されたからだ。何の違法もないのに世間のさらし者になった。これは当初からブル新聞は実名報道は避けるべきであった。いや、赤旗をはじめ少しでも報道の責任を自覚しているメディアは初めから黙殺した。そうあるべきであった。



708 : 革命的名無しさん (ワッチョイ)
2017/07/16(日) 18:30:59.71 0
ろくに調べもせず安倍政権御用ジャーナリストの性犯罪擁護の古本屋通信。
山口敬之の準強かんについては警察・検察も証拠ありとして逮捕状を請求し、裁判所から逮捕状が出て、帰国する山口敬之を成田空港で逮捕するところまで行っていた。
だが逮捕直前に警視庁刑事部長中村格(「菅官房長官の片腕」として有名)からストップがかかり、逮捕はなされなかった。
刑事捜査経験者は、口をそろえてこのようなこと(逮捕状まで取りながら、逮捕直前に上の指示で逮捕をやめること)など通常ありえないと言っている。
このようなありえないことが起こったのは、菅官房長官から直接指示があったとしか考えられない。要するに安倍政権御用言論人だから逮捕するなという圧力がかかったのだ。これ以外の合理的解釈は不可能。
  1. 2017/07/17(月) 05:33:35|
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