古本屋通信

続・あれこれの対話

古本屋通信    No769   3月26日

  続・あれこれの対話



  「No767 あれこれの対話」の続きです。No767 に対して付けられた元東大民青さんの投稿ですが、長くなりましたので別項を立てました。今回も対話としましたが、前回は私が書き過ぎましたので、今回は元東大民青さん中心で、私は所々に簡単な一言を入れる程度にしたいと思います。



  が投稿者、が古本屋通信
 
部落解放同盟(「解放新聞」派)の岡山県連の3分裂の件、興味深く読みました。解放闘争の原則を投げ捨て、利権勢力に転落した連中がどこまで転落していくかの典型のひとつですね。なお、同じような分裂が兵庫県赤穂市でもあり、原則を守る勢力が部落解放同盟全国連合会播州赤穂支部となりました。しかし支部の規模は小さく、活動は停止に近い状態にあるようです。

 私は全国連が真っ当な組織であることに疑問があります。しかしそういう点では、解放同盟の上記3つだけでなく、全解連も含めて、あらゆる組織を組織として評価することに躊躇します。でも、それだと運動にならない。だから私は口が重くなるのです。不正な取り込みが起こるのは、「部落民」認定が解放組織に委ねられているからです。


「加計学院」の話ですが、検索してみると「学校法人加計学園」ではないですか?http://www.kake.ac.jp/
千葉科学大学というのも経営しているようです。

 そうです。間違えました。加計学園です。千葉もそうだと思います。


岡山理科大は大暴落ですか。地方理系私大でも金沢工業大学なんかはしっかり教えるということでそれなりに評価は高いらしいですが、本来は研究者であるはずの大学教員は教育に大変です。私の知人が伝統の短い某私大法学部に就職しましたが、とにかく公務員試験・就職指導(というかそれしか売りがない)に明け暮れ、教養の哲学などはろくに授業を聴いてくれる学生もおらず、とりあえず答案に一定以上文字が書いてあれば単位を出すしかないようです。大学の宣伝は「警察官●名・消防士●名…合格」というようなものです。

 大学の教員の仕事が従来の研究と教育に加えて、営業が求められる時代になりました。


法政のような伝統校ですら、「キャリアデザイン学部」「グローバル教養学部」などというものを設置せざるを得ない時代です。
医歯薬系なんかだと国家試験合格率という形で明確な評価が下されてしまいますので、歯科医過剰時代に合格率の低い私大歯学部などは潰れるだろうと言われていますが。

私学に関しては、社労党(現「マルクス主義同志会」)が綱領に「私学の廃止」を掲げていましたが、これの意味はよくわからないです。仮に国公立学校が素晴らしくでも、どうしてもそれに満足しないオルタナティブな教育を求める保護者・生徒はいるでしょうから、私学を一律に廃止する必要はないと思いますが…また社会主義革命が勝利しても一定期間は宗教系の学校も認めなければならないでしょう。神道系を皇學館(三重県伊勢市)に集めれば監視も容易でしょうし(笑)。靖国や護国神社は論外としても、伊勢神宮をいきなり廃止するとなると反動勢力が勢いづく可能性があります。

 党の綱領には、遠い未来の青写真を具体的に書いても意味がないでしょうね。


地方国公立大に大学院が設置されだしたのは70年代なのですね。なるほど、それなら研究者を目指すものが2浪・3浪してでも旧帝大などを目指していたのも理解できます。今なら「学部入試なんか入れるところに入っておけ」ということになりますが。
 
 私は出身大学で人を評価すると大きな禍根を残すと思います。然し全く無視もしません。知的能力の目安にはなるでしょう。便利なのです。そう言う点では、世間も大学院より学部を重視するようです。森脇さんの評価は岡大院ではなく、岡山理大卒で評価されます。東大でも学部は難関だけど・・・と(笑)。
 それと、いまや大学院修了はふつうになっています。もちろん研究者候補ではない。教員採用など学部卒より院を採る。然し明誠学院高校は学部を採用します。まあ、いまや岡大や清心の院は全くインパクトはありません。教授たちも「うちの院を出ても研究職はありません」と言っています。



ある数学者が、学部生時代には成績が悪かったので、教授に大学院進学の相談に行ったところ、「この成績ではとても推薦できない」と言われて内部進学をあきらめ、ちょうど新設される他大の大学院数学専攻を受験したが、受験者はその1名と内部推薦1名の2名しかいなかったという逸話を思い出しました。ちょうど大学院が増えていく時期だったんですね。

清心女子大学というのは今は「ノートルダム清心女子大学」のようですが、改称したのでしょうか。カトリック系の大学というのは比較的自由な教育を行っているところが多いようです。カトリック系の男子進学校は「受験少年院」と呼ばれるところが多いですが。

 改称していません。いまも昔も頭に「ノートルダム」が付きます。ただ、長いので岡山ではふつう省きます。それと「ノートル」と言ったり、「NDSU」と書きます。高校は清心学園です。「ノートルダム」は付きません。あっ、清心も暴落です。だからという訳でもありませんが、古本屋には入りません。


学士入学や編入学の件ですが、私大では偏差値を高く見せかけるために指定校推薦・AO入試などで一般入試枠を減らしている、と批判されます。私はそれより学士入学・編入学や社会人入学を増やした方が真面目な学生が増えるし良いと思うのですが。指定校推薦・AO入試などへの批判は一理ありますが、一概に否定はできないと思います。才能があってもペーパーテストに弱い人もいます。中学生の時から大学数学教授を驚かせるような研究発表をしていたが、学校の成績では優等生ではなかった、という人もいます。幅広く受け入れることが大切でしょう。
また亜細亜大学では一芸入試でけん玉で合格したものがいたとバカにする人がいましたが、そのけん玉で合格した学生は優秀な成績で卒業したそうですよ。

>大学入試の過去問でも教学社の赤本と駿台の青本がなかったら、大学事務はパンクでしょうね。

日本のように個別学力試験を行っている国は珍しいようです。入試問題作成は予備校に委託しているところもありますが、学力試験はセンター試験程度で十分です。

 これは疑問です。岡大理学部教授はセンター数学など何の参考にもならないと言っています。岡大クラスでも満点をとってあたりまえ、足切りにしか使えないそうです


 それに私大が受験料収入をあてにして受験者を増やそうとするのも日本くらいのようです。普通は受験料は無料か、純粋な手数料でしかないようです。
学士入学や大学院のように、過去問を出版して利益が出るほど受験者がいない場合は、大学が過去問をウェブで公開すべきです。
また、医学部学士入学を目指す人が増えていますが、大学ごとの募集人員が少ない(たとえば岡山大は5名)ので、受験生はたくさん受験することになり負担が大きいです。文科省は受験生の負担を減らす指導をすべきです。

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「評論員論文」は60年代までのようですね。

 これ、中国のものまねだった?


「赤旗評論特集版」はたまには興味深い記事もありました。脳死・臓器移植に関しては党の立場が決定されていないようで、両論併記ということもありました。東大には「脳死・臓器移植に反対する市民会議」を支持する教員がいましたし、中核派も脳死・臓器移植には反対でしたが。

「民青員」というのは、小山弘健『増補戦後日本共産党史』(芳賀書店1972)の332ページに出てきました。

 誤植ではないでしょうか。調べてみます。


>東京都委員会は各地区にたいし、「四・一七ストには党は三段がまえでのぞむ、第一段階はスト戦術の再検討をよびかける、第二段階は指令を拒否する、第三段階(スト突入の場合)では党員・民青員・『アカハタ』読者は戦線を離脱する」――という文書によらない口頭指令をあたえた。

 これ、2つの敵のうち日本独占資本の過小評価に起因する誤りだったとされています。幹部会員の聴なみ克巳が責任をとって辞任しています。秋元有子の小説のことは知りませんでした。


略称で不思議なことはいろいろあります。在日韓国学生同盟(韓学同)と在日韓国学生会は全く別の組織です。1965年の日韓条約はちょうどあなたの時代だと思います。民団の在日韓国人でも、若い世代は反対が圧倒的だったようですが、反対は一枚岩ではありませんでした。一つは「韓日条約そのものが祖国分断の固定化である」とする絶対反対派、もう一つは「韓日条約そのものには反対しないが、在日同胞の権利が保障されていない点について反対運動をする」という条件反対派でした。在日韓国学生同盟(韓学同)は絶対反対派だったため、民団から排除され、民団は新たに在日韓国学生会を組織しました。在日韓国青年同盟(韓青同)は条件反対派でしたが、後に民団から排除され1973年に「韓国民主回復統一促進国民会議(韓民統)」に結集することになります。民団は「在日韓国青年会」を組織しました。「韓青」というとどちらかわからないので、「韓青同」「民団韓青」という必要があります。
在日本朝鮮人総聯合会は、「朝鮮総聯」と自らを略称してきて、「朝鮮総連」とは書きませんでしたが、最近では「朝鮮総連」でも良くなったようです。しかし「朝総連」は民団や民団系メディア(統一日報)や韓国政府・韓国メディアが使うのでダメなようです。

それに思うのですが、共産主義政党の場合は「地方委員会」「地区委員会」といったものが地方組織の執行機関となりますが、社会民主主義政党や労働組合だと「地方本部」「地区本部」の「執行委員会」が執行機関となるようです。部落解放同盟のような団体だと「県支部連合会」といった名称になりますね。こういった名称の歴史も興味深いです。
2014/03/25(火) 18:31:46 | URL | 元東大民青 #-



 追加投稿がありました。ここに貼ります。私のコメントも。 

>これは疑問です。岡大理学部教授はセンター数学など何の参考にもならないと言っています。岡大クラスでも満点をとってあたりまえ、足切りにしか使えないそうです。

これなんですが、正直いって意外でした。もしかすると日本の受験制度の特異さをご存じないのでしょうか?

大学入学はだいたい次の3つにわけられるでしょう。

1. 無試験で希望者全入
2. 資格試験的な試験を行う
3. 競争試験的な試験を行う

となります。1は大学進学率の低い国で主に行われています。日本でも東京理科大学の前身であった東京物理学校(夏目漱石『坊っちゃん』の主人公が学んだ学校)は無試験であり、入学させてから厳しく勉強させる方式でした。
2が大多数の国に当てはまります。日本で言えばセンター試験のような試験を行い、一定の基準に達した者を合格とする方法です。一定の基準に達している希望者が定員を上回っている場合は、面接や志願理由書などで選抜します。日本は戦後は米国の教育制度の影響を強く受けてきましたが、米国は基本的にこの方式です。またフランスでもバカロレア合格でどの大学にも入れます。官僚や政治家を多く輩出する国立行政学院(ENA)などのいわゆる「グランゼコール」の場合は、大学を優秀な成績で修了することが求められます。
3の方式を取っているのは基本的に日本くらいのようです。聞くところによると、かつてはユーゴスラヴィアもそうだったらしいのですが、連邦解体以後はどうなっているのかわかりません。

それで、「岡大理学部教授はセンター数学など何の参考にもならないと言ってい」るそうですが、それで何も問題はないのです。なぜなら、大学入試というのは大学での学習についていける基礎学力があるかどうかを試すだけでいいからです。ですから、高校の教科書の章末問題が解ければ十分であり、あとは大学できちんと学習すればよいのです。
東大理系入試の数学には良問が多いとされ、『東大入試問題で数学的思考を磨く本』というのも出ています。しかし、日本の難関大のような難しい数学は日本にしか存在しないのです。米国で一番入学難易度が高いMITに、桜蔭(東京の名門女子校)から合格者が出たと話題になりましたが、MITだって個別の学力試験はやっていません。学力試験は日本で言えばセンター試験にあたるSATだけなのです。そしてSATの数学のレベルは日本のセンター試験より簡単なのです。それでも米国は科学技術で後れを取っているわけではないので、はっきり言って受験数学など無意味なのです。
日本の数学教育が歪んでいるのは無意味な受験数学が大きな原因です。数学は基礎から考え理解することが大切なのに、受験数学のせいで、いわゆる進学校では「標準問題を練習して解法を覚える」という、大学に入ってから何の役にも立たない数学の授業が行われているのです。

 ちょっと仰っていることは分るのですが、一定の達成度に到達しているからといって、定員の枠を無視して学生を受け入れることはできないでしょう。そこに選抜試験が避けられない理由があるのでは? ですからセンター試験はベースとしては必要ですが、その成績の自己採点結果は、多くの国公立大学と難関私大では最終的な合否判定には役に立たないと言っている訳です。
 今日も明誠学院高校の先生と話していまして、その話になりました。「センターは関係ない」と。しかしコレあなたが書かれていることと矛盾しませんよね。私も賛成です。センターはあったほうがよいし、なければならないと。
 それにセンターがすっかり定着した理由は、大学の入試事務を著しく軽減したことでしょう。
 ちょっと、私が書いている事はかみ合わないかも知れません。
 まあ、落とすための出題なんて、その場だけで入学後は役にた立たないのでしょう。それで問題にされるのが京大数学らしいです。医学部では、本当に落とさなければならないと。そういう問題を作る秘策はあるという事でした。

 
2014/03/26(水) 18:20:26 | URL | 元東大民青 #-




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