古本屋通信

続続「前衛」調査依頼

古本屋通信     No 684  2月7日

  続々『前衛』 特集号調査依頼

やはり大会関係です。私の曖昧回答になると思います。

8回大会や9、10回大会では、大会前に「政治報告案」が全党討論に付され、大会当日の報告者は報告案の修正部分の説明のみ、だったということなのでしょうか。自分で調べればいいのでしょうが、赤旗縮刷版を開架で置いてる公共図書館が近くにないもので、古本屋さんに甘えている次第です。
2014/02/06(木) 18:33:26 | URL | 中Ⅱ病デモ #

古本屋通信
いいえ、違います。基本的に今と一緒だと思います。大会決議案は大会の前(多少の差があります)に中央委員会総会決定として発表され、それを全党で討議します。その討議の過程で各級党会議があり、そこでの代議員選出を経て党大会があるのです。大会当日はトップが決議案の全文を(発表された通りに)中央委員会を代表して読みあげます。だって、それに賛成か、反対か、一部修正したいか、それは予め大会前に表明されているのではなく、大会で初めて表明・討議されるものだからです。


ユーゴからの祝電
10回大会の時でもまだユーゴスラビア共産主義者同盟からの祝電は載っていないんですね。古本屋さんが入党した当時はまわりの党員の意見はやはりチトーは修正主義だという考えの人のほうが多かったのですか?
2014/02/06(木) 18:52:52 | URL | 中Ⅱ病デモ

古本屋通信

 ユーゴの党は戦後の国際共産主義運動の中で、仲間はずれにされてきた歴史があります。その当否はいちがいにいえませんが、一定の根拠はあったでしょう。コミンテルンが戦後解散してからも、ヨーロッパの党の情報交換の機関に過ぎなかったコミンフォルムが事実上のコミンテルンとして存続します。ユーゴスラビア共産主義者同盟は戦後まもなくそこから除名されていました。議長はチトーといいます。チトーは裏切り者でした。チトー主義者は修正主義者であり、敵でした。

 これは日本の党にも、世界のすべての党にもあった国際共産主義運動の前提でした。1960年代以降中ソ対立を経て、国際共産主義運動そのものが解体しますから、ユーゴ問題の見直しは事実上、各党に委ねられます。

 日本共産党は1970年代以降、ユーロコミュニズムを評価する文脈の中で、とりわけ非同盟運動を高く評価する機運が高まる中で、ユーゴの評価を手直ししました。しかしその詳細を私は知りません。非同盟運動そのものも暗礁にのりあげます。10回大会の時は祝電をもらう関係ではありませんでした。そのご日本の党はどこの党とも兄弟つきあいを深くしなくなりました。もう懲り懲りだというのが本音でしょう。祝電の歴史をご覧ください。朝鮮労働党とベトナム労働党が最後まで深く付き合った党だったでしょう。

 私が入党した1960年代中頃、日本共産党は『世界政治資料』という資料モノの雑誌を出していました。私は愛読者でした。そこでチトー批判は読んだと思います。しかしそれはイタリアの党のように記憶が鮮明ではありません。たぶん日本にチトー主義者がいなかったからだと思います。イタリアの路線は日本の構造改革派のモデルでしたから、私はトリアッチ同志も一応読みました。

 ひとことだけ関係ないことを。歴史を余り自分に都合よく書き換えないほうがよいと思います。朝鮮労働党は最後まで友党でした。この党に1960年代、金日成の個人崇拝がなかったわけではありません。それを承知で持ち上げていたのです。全面肯定から総否定への転換。これは先方にそれに見合う事実の変化があったわけではありません。そういう日和見の極端な例が萩原氏でした。私自身は共和国が日本に較べて、そんなに悪い国だとは思っていません。住み難いでしょうが、住めば都です。一日も早く日本が米日「韓」軍事同盟条約を破棄し、朝鮮半島の唯一の政権と正常な関係を取り戻すことを望むものです。

 それから原発政策のことです。宇都宮の政策など、私は読みません。オリンピック反対を表明できない全ての候補の「政策」など、都知事候補として失格です。鈴木候補の健闘を祈ります。私は中核派の支持者ではありませんが、他の候補とは雲泥の差があります。とりわけ宇都宮の惨敗を望みます。二度と共産党界隈をうろつけないまでに、叩き潰してほしいです。


 
  1. 2014/02/07(金) 01:37:06|
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