古本屋通信

青木新書・その2

古本屋通信    No 678  2月5日

  青木新書・その2



 「通信 No 676 青木新書・その1」 では、青木新書の在庫を列挙するつもりだったが、「資本論随筆」で終わってしまった。私より旧い世代だと誰でも知っているが、長谷部文雄は河出書房「世界の大思想」シリーズの 『資本論』 の訳者である。箱入りの堅ろう本だ。私が大学に入学した1964年には、これがもっともよく使われていたと思う。私も第1巻を買った。すぐに青木が記念セールで特装版を廉価で出したので、そちらに切り換えたが、岩波の向坂訳はまだ出ていなかったと思う。しかし岩波文庫版が出ていたことは確かだし、青木文庫は大昔からあったはずだ。なぜこれらの記憶がなかったかというと、当時は 『資本論 』を文庫で読むという風潮はなかったからだ。当時はブックバンドを十字に絞めで商店街を歩いていた。それが学生の特権みたいな空気もあった。『資本論』 とは 「世界の大思想」 のそれであった。

 つづいて青木新書のことを書こうと、棚から抜いて番台の机の上に置いた。それを列挙するが、その前に、ついでに抜い3冊を先に挙げておく。

「この五十年をふりかえって」 野坂参三 新日本新書159 1972年初版 このとき既に新日本新書は159まで出ている。で、「刊行のことば」を見たら1964年になっている。年ラインアップを見た。広く読まれた本が多い。

「日本革命運動の群像」 志賀義雄 合同出版社 1956初版 戦前の革命家の思い出だが、結構おもしろい。それから志賀は「われわれはマッカーサー万歳といっていない」と書いている。
   
「新訳 ドイツ・イデオロギー」 刊行委員会 2000年初版 中核派の訳らしい。訳者代表は森尾誠。黒田批判と広松批判が巻末に書かれている。私はまだ読んでいない。


 以下、青木新書を列記する。

「構造改革とはどういうものか」 石堂清倫・佐藤昇編 1961 私の知っている執筆者は両氏の他には杉田正夫しかいない。いくつかのグループがあったらしい。
 

「現代のマルクス主義」
 津田道夫 1963 これを検索中に下記のウィキ記事に出会った。また横道にそれる。すみません。

活動家集団思想運動(かつどうかしゅうだんしそううんどう)
は、1969年に結成された、反反ソ派の活動家集団。指導者は武井昭夫津田道夫であったが、津田道夫はのちに離脱した。

東京都文京区本郷に本部事務所および関連団体の「小川町企画」を置く。機関紙『思想運動』(月2回、毎月1日と15日)、機関誌(隔月刊)『社会評論』。(発行:土曜美術社出版販売→スペース伽耶)

機関誌社会評論には作家大西巨人が新日本文学会離脱後、「神聖喜劇」を掲載していた時期があった。

自らの集団ならびに運動に関して以下のように定義している。
わたしたちの課題は、したがって、二重の内容をもつクリティシズムの創造ということになります。第一は、さまざまな衣装のもとに――ある場合は、労働者大衆の味方であるかの衣装のもとに押し売りされてきているブルジョワ・イデオロギーにたいする、あらゆる可能な局面を利用しての、また、あらゆる可能な形態をもってする革命的批判。第二は、……マルクス主義の原理的再建のたたかいということであります。……
……わたしたちは、わたしたち自身のこんにちまでの運動と、ひとりひとりの営為のうえに立って、しかも、それを荒々しくのりこえていくような理論と活動力を、いまここに結集し、流れに抗して、さまざまな困難を克服しながら、わたしたちの大衆的思想運動をつくりだしていかねばなりません。それが総体としての階級意識形成の土壌をきりひらくことになるでしょう。この課題を具体化するために、わたしたちは、いま、一切の支配的思想風俗と対立しつつ、わたしたちの手で、新たな思想形成と伝達のための革命的ジャーナリズムを確立し、それを本来の意味で大衆化するとともに、運動として保障していきたいと思います。活動家集団思想運動>の結成にあたって(1969年3月2日)

活動内容は、近年では国民投票法案に反対し憲法「改悪」に反対する運動、機関紙『思想運動』の作成と配布(手渡しが基本である)、「本郷文化フォーラムワーカーズスクール」(略称HOWS)を開催し、文化運動を含む幅広い社会主義運動の再生・構築を行っている。

また現在もロシア革命を記念する集会を毎年11月に開催している(さらに毎年2月には国際婦人デーの集会を開催している)。国際的な動向に関しては、反朝鮮民主主義人民共和国キャンペーンに反対の立場を固持し、キューバ共産党が進めるキューバ革命を擁護する姿勢を鮮明にしている。また機関紙には、朝鮮民主主義人民共和国の「よど号グループ」からの通信も掲載される。韓国労働運動との連帯も重視しており、新自由主義や自由貿易投資協定、東アジア共同体構想等にも反対の立場をとっている。

新社会党の一部と友好な関係を築いており、新社会党と日本共産党、それに社会民主党も含めた護憲勢力の統一戦線の形成と広範な改憲阻止のための大衆運動の形成を機関紙やHOWSで訴えている。

また近年、武井と大西による対談「二十一世紀の革命と非暴力」等を通して、国家の暴力に対する人民の革命的武装権を原則として承認した上で、抵抗運動における暴力の行使に対して禁欲的でなければならないとして非暴力路線を提唱している。



  古本屋通信
 上記の赤字は紛れもなく全学連初代委員長・武井昭夫(たけい・てるお)の文体である。私がこれを場違いに引いたのは、武井の文を貼りたかったからである。45年前に書かれた文の内容の当否ではない。私はこの文は理論家の文であり、思想家の文であり、文学者の文だと思うのだがどうだろうか。そういう人物は他にいるのか。私に言わせれば大西巨人と宮本顕治なのだが、これは失笑を買うだろう。笑わば笑え(笑)。
 一言付け加える。これはもちろん3人の個性だが、それだけではない。政治の表現と文学の表現が未だ統一を保っていた最後の時代の名残だろうと思う。これに花田清輝を加えてなされた文学論争が懐かしい。



 中Ⅱ病デモさんから 投稿
青木書店
 私にとって青木書店は雑誌「現代と思想」です。というか民主集中制論の本屋さんというイメージです。私が学生になった時にはすでに休刊となっていたのが残念でした。田口教授らの座談会などは単行本にならないので、図書館で借りて読んだものでした。
2014/02/05(水) 21:14:06 | URL| 中Ⅱ病デモ #


 古本屋通信
 そうですか。「現代と思想」ですか。1970年代いっぱい懸けて第40号まで出て廃刊(終刊)でした。私は最後のとき、青木書店編集部に終刊の理由を電話で訊きました。29号辺りから党許思想との違和が目に付き始めたので、そういう事情もあったのではないかと。私が電話から受けた印象は違いましたね。読者、とりわけ若い学生読者が着かなくなったということでした。それは本当でしょう。私は党からの干渉は編集レヴェルではなかったと思います。それは、個々の論者への党側からの批判或いは圧力がなかったということではないでしょう。やはり、あった。だから、書きにくくなった。しかし、あろうがなかろうが雑誌は売れなくなったと思います。私はそのときは残念だと思いました。然し雑誌というのは時代に対応できるスパンは10年が限度だと思います。「現代と思想」は古在らが努力して創った統一戦線雑誌でした。然し統一戦線というのは組織に当てはまるのであって、思想の統一戦線というのはありえない。思想にとっては、思想のたたかいしかないと。そこらへんがこの雑誌の限界じゃあなかったかと思っています。
  1. 2014/02/05(水) 02:17:45|
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