古本屋通信

自ブログの年末調整

古本屋通信   No 594   12月28日

 
 自ブログの年末調整


 すでに書いたように、古本屋通信は通信文であり、アジビラのようなものだから、伝達の用が済んだら逐次消去していく。現在は通し番号 594 で、残っている記事数は 375 だから、すでに 218 を削除している。いま年末の最終調整をしているのだが、一寸考えたことがある。私のブログにもメッセージの類はあるのだが、伝達済みで相手が読んでくれたらオワリの文でも、部分的に残したい個所がある。そのひとつをここに貼る。旧稿は消しても新稿として残したい類だ。これ多分、紙の本の改訂新版などと一緒ではなかろうか。


古本屋通信はジャーナリズムで時事文だから、古くならなければなりません (これは古本屋通信 No 484 の末尾に付した文である。No 484 は今回の調整で削除した)

 雑誌だけでなく書籍も古くならなければなりません。古書というのは結果的にたまたま残ったのであって、残そうと思っても残るものではありません。著者はいまの切実な課題に斬り込むのでしょう。残るものを書こうなどというのは、ブルジョア個人主義でしょう。これは文学作品も例外ではありません。そういう意味からすると、ネットが普及し紙の本が消えていくことは望ましいこととも言えるでしょう。

 古本屋経験から言えば、余程の執着と自信がない限り自費出版は止めたほうがよいと言えるでしょう。短歌・俳句は分からない(ホントはこれ、師匠に貢ぐ奉仕なのです。出版しなければ破門?)が、その他の自費出版の殆んどはゴミ扱いなのです。古本屋には自費出版の本が毎日たくさん入ってきます。無料で貰った人が不要だから捨てるのです。大抵の場合読んだ形跡はありません。300~500部刷って読まれるのはいくらでしょうか。

 30年程前ですが、私は自費出版の制作プロダクション設立の含みで市場リサーチをかけた事があります。結局止めましたが、これは体のいい詐欺商売に思えたからです。流通に責任を持たないので、これは出版業というより印刷業の仕事だと思いました。印刷業なら詐欺ではありません。

 仮に自費出版本を大型新刊書店の平台に積んだらどういう売れ行きを示すでしょうか。ほとんど売れないでしょう。ニーズがないから売れないのです。知らぬは著者ばかりです。いや、出版社志望の学生でも本は作れば何でも売れると思っている人が大半です。

 古本屋は毎日神経を集中して自費出版本ツブしています。百冊に一冊くらいの割合で活かす本があるので、それを見つけなければなりません。これはホントにいい本です。いいから出版されなかったと思う程です。しかし一般的には編集者の目を通っていない本はまず駄目です。雑誌掲載で止めた方がよいでしょう。誰も読まない本など作っても意味がないのではないでしょうか。

 私の拙いブログ記事でも推定で毎日100~130人の訪問者があります。しかも常連さんが9割以上です。だからクリックするだけというのではないでしょう。濃淡の差はあれど、読まれていると思います。これは驚異的なことです。私の文は文字通り私の力量の反映ですから、それ以上のものは書けません。しかし読みやすい文を書くことには細心の注意を払っているつもりです。

 断言できますが、仮に地元岡山の「吉備人出版」さんが単行本『古本屋通信』の出版を引き受けてくれたとして、店売りで1000部売れることは絶対にあり得ません。たぶん100~150部でしょう。吉備人は県内配本ですから、これで100部。あと地方小出版流通センター経由で全国で50部です。これでは私はよいとしても、出版社は大赤字です。制作工程から配本・流通を考えるとウンザリします。8割返品などザラですから。総制作コストはたちどころに想定出来ます。出版社の損益分岐点の実売部数も。自費出版ならその全てを書き手が負担しなければなりません。もうそんな時代ではないですね。ネットの馬力100培です

 一つ追加します。先の参院選岡山選挙区に出た垣内京美さんの選挙中のブログ記事。実にいい文でした。しかし選挙が終われば「済んだ文」(賞味期限切れ)です。再読されないし、私も読もうとは思わない。つまり限定された状況の中でのみ光っているのです。垣内さんはこれを本にしようなど夢想だにしないでしょう。戦いの文とはそうしたものです。十年後二十年後、たまたま垣内さんの旧文が求められることがないとは言えません。その時はその時です。本の復刻なども予め想定できるものではありません。


 今回の追加文
 上記は少しエラそうに書いています。じつはこれ、戸坂潤の「ジャーナリズム」論が記憶に残っていて書いたのです。 戦後にかぎっても、書籍に所収されている論考の過半は各種の雑記を初出としています。純粋な学術論文の「紀要」を別にすると、雑誌に掲載される論考は時々の必要によって(求めに応じて)書かれるのです。後々に読まれることを期待して書かれるのは自費出版本だけでしょう。
 丸山真男と古在由重はふたりとも寡作です。かなり多くの著書がある丸山にしても、その著書の大半は彼の死の前後に出版社(編集者)が「作った」本なのです。丸山には正確には4冊の著書しかないと思います。古在など戦後は論文さえ殆んどありません。

 結論ですが、出来るだけ自分の文など残さないに越したことはないでしょう。それから自分が死んだあと、家族が遺稿集を出さないように遺言しておかなければなりません。これは最悪ですから。

 下記は社会学者で国学院大学教授の野村一夫氏の「ソキウス(Socius)」というサイトからの引用です。野村さんありがとうございます。


 ジャーナリスト的存在としての人間    野村一夫


 元来から云うと、一切の人間が、その人間的資格に於てジャーナリストでなくてはならぬ。人間が社会的動物だということは、この意味に於ては、人間がジャーナリスト的存在だということである。 (戸坂潤)

 
この一節は、1935年に戸坂潤が「ジャーナリズム論」という小論のなかで述べたものです。出典は次の通りです。

 『戸坂潤全集』第四巻(勁草書房1967年)156ページ。

 戸坂潤は、一般に唯物論哲学者であるとみなされていて、その信奉者でさえ(信奉者だからこそ?)社会学者とはだれも見ません。じっさい、かれ自身も社会学を唯物論の敵対者として想定し、ことあるごとに批判しています。しかし、そもそもかれが社会学批判をしなければならなかったのは、かれの思想上のテーマをすでに論じていたのが社会学者(たとえばマンハイム)だったからで、それはとりもなおさず、かれが社会学的問題圏に深く足を踏み入れていたことを意味します。しかも、かれ自身が社会学批判として提示した数々の論点には、かえって社会学の原点を確認するようなものも多く、その意味で、わたしはかれの社会学性をあえて高く評価しています。
 戸坂潤のそうした社会学性のひとつのあらわれが一連のジャーナリズム論です。かれにはアカデミズムとジャーナリズムをひとつの活動のふたつの現れとみなす発想があって、知識社会学的な視点の濃厚なジャーナリズム論になっています。このあたりについては、わたし自身期するところがあって、そのうちきちんとソキウスのなかで説明したいと思っています。
 それにしても、引用した一節は、まさにインターネット時代にふさわしいことばではないでしょうか。ジャーナリストというと、ごく一部の(庶民から見て)特権的な職業ジャーナリストを想像しますが、インターネット時代はマス・メディアというオールド・メディアのように送り手と受け手が固定されていませんから、早晩そのような概念はくずれることになるでしょう。マス・メディアによって行われるジャーナリズムについては受け手でしかありえなかったわたしたちも、インターネットにおいては能動的な送り手としてジャーナリズムに参加することができます。それは身近な地域の問題かもしれませんし、職務上知った業界の問題かもしれませんし、社会運動のなかで鍛えられた主張かもしれませんし、あるいは深い思索の末にたどりついた思想上の決断かもしれません。とにかく、そうしたもろもろの情報や知識を他者に伝えていく潜在能力をわたしたちはもっており、現に今やわたしたちはそれがかんたんにできるようになったわけです。
「見識ある市民」がたえず「ジャーナリスト的存在」であろうとして、それぞれの社会的位置に即したさまざまなコミュニケーションの実践--知る・聞く・見る・考える・言う・伝える--をしていくことによって、社会の「反省作用」が活発に作動することになります。社会は、そうした個人ひとりひとりの自省的行為を媒介としてその構造を変えていくことになります。戸坂潤のことばは、そういう「反省する社会」への展望をあたえてくれる一種の励ましのように思えます。
  1. 2013/12/28(土) 11:42:51|
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