古本屋通信

稲沢潤子の一文

 古本屋通信   No 567  12月12日

  稲沢潤子の一文


  『民主文学』新年号に載った稲沢潤子の一文を読んだ。予想されたことだが、痛く失望した。右遠俊郎の葬儀での自分の弔辞に前文と後文を添えただけの文だ。この形式にも感心しなかったが、どう丁寧に好意的に読み取ろうとしても、中身が何もないのだ。義理を果しただけの稿だったと言えよう。

 しかし、稲沢がこういう文しか書けなかった、もしくは書かなかった必然はあっただろう。この一文はまさしく、昨年まで文学会の会長だった稲沢の文であり、『群狼』時代から右遠を師と仰いで文学修業を積んできた稲沢の文ではない。さらに文学同盟(のちの文学会)内部で45年の長きあいだ、右遠との間にあっただろう文学的緊張の一切はツユほども反映されていない。まあこんなもんだろうと思う。その意味は文学同盟(のちの文学会)が文学上の統一戦線組織だということだ。エコール(流派)組織ではないということだ。

 右遠は稲沢より3年遅れて文学同盟に加わった。右遠を誘ったのは稲沢ではなかったのか。文学同盟の三度にわたる分裂問題について、二人のあいだで何か語られたのか、あるいは語られなかったのか。それは二人にとって文学外の問題ではなかった筈だ。ほんの2、3行でも書いてほしかった。
 
  1. 2013/12/12(木) 11:46:53|
  2. 未分類