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古本屋通信

ポルポト政権と赤旗報道

古本屋通信   No 3688    2018年  12月06日


   民主カンボジア(ポルポト政権)と赤旗報道


 3つほど前のキンピーサイトで、KM生様とKY氏の間で少し遣り取りがあり、KY氏が旧い報道資料を引用している。私は今となっては当時のカンボジア報道の回顧など余り意味がないと思うが、赤旗の一貫した読者だった私の記憶にあるカンボジア報道をメモしておきたい。といっても記憶だけの話である。データは示せない。簡単な心象だけである。

 1960年代後半に政治的出発をした政治青年にとって、ベトナム、ラオス、カンボジアのインドシナ三国の民族解放勢力は世界革命の希望の星であった。ラオスは置こう。ベトナム解放の戦いは周知の通り、ベトナム解放民族戦線によって担われた。その戦いの一部始終は赤旗によって報道された。この時代、カンボジアのプノンペンにも赤旗記者は入っていたのではないかと思う。ただしカンボジア解放の戦い(ロンノル政権打倒の戦い)が仔細に報道された記憶はない。

 ポルポト派の旧政権打倒の戦いの報道の記憶もない。民主カンボジア成立をカンボジア革命と位置づけていたと思う。しかしそれ以上に民主カンボジアの具体的政治を肯定的に伝えていた記憶もない。

 そのご数年間、赤旗のカンボジア報道は空白が続いたように思う。取材している内にトンデモ事実が次々に発覚したのであろう。だが沈黙を保った。赤旗が民主カンボジアとポルポト派を公然と批判し始めたのは中越戦争と、ベトナム・カンボジア戦争が開始された後であったろう。私はこれは正しい報道姿勢だと、当時思ったし、今も思っている。もちろん赤旗が 「ポルポト一派が人民の大量虐殺をしたのはCIAのデマである」 と報道した記憶はない。ただ当初はポルポト派の本質が掴めなかっただけである。だから明白な証拠が出て来るまで報道しなかったに過ぎない。

 以上がキンピーサイトのお二人の遣り取りを見ての感想である。横スレ、失礼しました。


。。。。

 追伸 それよりも中国は当初、明らかに民主カンボジアを支持した。それに伴なって、岡山の毛派もポルポト派の人民虐殺など無いと言っていた。だが3年も経たない内に態度を変えた。これが長周新聞の岡山分局だった。やがてこの派は岡山から消えた。
  1. 2018/12/06(木) 14:28:57|
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