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古本屋通信

全日本学生自治会総連合

古本屋通信   No 3671    2018年  11月26日


   全学連(全日本学生自治会総連合)

 ちょっと前に中核派が全学連大会を開催して、そこで新体制を確立し発表した。学籍のない法政の斎藤委員長に代わって、東大生を委員長に選んだと知って仰天した。マアよくやるよ、ということだ。ハッタリも此処まで来たら立派なもんだ。全学連というのは何系であろうと、自派の政治同盟員の学生が何人かいれば可能というものではない。単位大学・学部に、規約に基づく学生自治会が存在し、自治会費を徴収して、代議員を全学連大会に送る、その単位学生自治会の連合組織が全学連なのだ。

 中核派系の学生自治会らしきものが、多少とも活動しているのは京大と広大だけであろう。東北大も法政大も既にポシャッている。さらにマル学同・同盟員で学籍者はいないだろう。

 で、東大教養学部だが、マル学同の同盟員が何人いるのか知らない。が、いい加減にした方がよい。何か自治会活動をしているのか。皆無だろう。数年前に民青系全学連の自治会が破産した。そのときノンポリの何ロク君たちが自治会を継承した。だが数年を経ないで消滅した。その後いかなる党派も自治会はを再建していない。中核派全学連の委員長は偽物である。いい加減にせえ。

 いま日本に全学連など存在しないが、その中にあって多少とも全学連の匂いのするのは革マル派全学連だけである。いくつかの大学では学生大会も開催し自治会費も徴収しているだろう。革マル派のHPを見ても個別大学の自治会活動など出てこない。最近は琉球大学も早稲田大学も出てこない。これが正解であろう。


 以下の5チャンネル投稿だけど、万人に分かる日本語を書けよ。

405革命的名無しさん (ワッチョイ)
2018/11/26(月) 12:55:31.170

東大の学生自治会はまだあるし、活動もやってるけど?
民青がこっそり反中核ビラをまいているのに無関係で
民青が執行部に潜り込んでた可能性もあるとして現在調査中。

確認ぐらいすりゃ良いのに


 1行目だけど、東大のどの学部にあるの? 中核派委員長は教養在籍らしいから、私は教養学部を問題にしている。数年前まで民青系で、そこから無党派に代ったが、いまや無活動状態だと認識している。別に解散決議をしたわけじゃあないから、形の上では、つまり自治会規約的には残っているだろ。でも誰と誰で執行部を形成していて、誰が委員長なの? そしてどういう活動をしてるの? やってるとしたら中核派の「委員長」さんしかいないと思うけど、東大教養は大所帯だから、全員選挙ではなく、いったん代議員を選んで、その代議員による互選なんだけど、代議員大会何時は開催されたの? 具体的に教えてよ。それから2行目と3行目は日本語として意味が通じないんだけど、困るなあ。アンタ何時もの低脳さんでしょ? 無理なんよ、こういう日本語力で古本屋通信の板に介入するのは、無理。

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 同じく全学連関係なのだが、時代が遡って、小池晃の時代のことで、引っ掛かっていることがあるので、このさい書いておきたい。と言ってもコレ自体が誤っているというのではない。全学連界隈をめぐる1980年代と1960年代の違いと云う点について書いておきたい。叩き台にKM生様を使わしていただく。



3. KM生@管理人様(追伸)
2018年11月25日 17:18
(小池は)学生時代も、民青の全国大会には代議員参加はしなかったかも知れませんね。「全学連中執副委員長・医学連委員長」という大衆団体の最高幹部の肩書のある者が(見え見えとはいえ)「民青同盟員として公然化するのは避ける」という面もあったのでせう。むろん全学連委員長の来賓挨拶はあったでせう。



 引っ掛かるのは小池の肩書き部分だけである。その他はKM生様が全て正解であろう。全学連の役員が正副委員長でない執行委員であろうと、民青大会に代議員として参加することなどある訳がない。全学連と民青はタテマエ上は何の関係もない別組織である。別組織の挨拶は共闘団体としての連帯の社交辞令である。それはよいのだが、私がアッと言ったのは小池の肩書きが全学連の副委員長にして且つ医学連委員長になっている点だ。これはKM生様以前に何人かが書いておられた。でもこれは1980年代だったから、あった。1960年代には、間違っても無かった、その点について書きたい。こだわるのである。

全学連は全国単一の学生自治会の連合組織である。その構成は全国大学、短期大学の単位組織の加盟による、その集合体である。単位組織が一大学まるごとという場合は少ない。殆どの場合は学部単位である。東大や京大の場合、教養課程に単位自治会があれば、それが全学連加盟の基礎単位になる。

いずれの学部も同じだが、医学部は進学課程もふくめて、各大学医学部として全学連に加盟または未加盟である。

大学の学生組織で全学連に匹敵する大組織はないが、横割りの自治組織としては全寮連、大学生協連があった。これらの組織はしばしば共闘した。とくに毎年の文化集会の主催者は3者共催であった。だが、これらの組織の役員が重複することは絶対に無かった。別組織だから当然である。これは日本原水協の理事が全労連の役員を兼務する事が無いのと同様である。

その他、多くの学生の自治組織、その全国組織はあった。大学新聞会、全教ゼミ、全国社会科学ゼミナール、等。

医学連、看護学連、その他、農学系など、いくつかの学問分野に準拠した学生組織はあったが、これは全学連とはまったくちがう、いわば職能的組織であった。だから政治的に論じられる範疇ではなかった。ゆえにこれらの組織が再建されようが消滅しようが学生運動の盛衰と何の関係も無い。

6 1960年代学生運動に於いて、全学連役員が全寮連役員や大学生協連役員を兼務することはありえなかった。そんなに楽な仕事ではなかったからだ。同じく全学連副委員長が医学連委員長であるといふような、遊び半分の全学連はありえなかった。

つまり1980年代学生運動そのものが、半分消滅していたのであろう。私は小池晃の全学連活動、その医学連活動を根柢から疑うものである。

全寮連の委員長をやったのち全学連の委員長をやった唯一の例外は東大の平田勝だったろう。もちろん時期はズレていた。アッ、田熊和貴もいたナ。
  1. 2018/11/26(月) 11:10:53|
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