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古本屋通信

我慢がならぬ『岸本正義写真集』

古本屋通信   No 3651    2018年  11月15日


  『庶民のまち 私のまち 岸本正義写真集』 は、ちょっと我慢がならぬ自費出版本

 ここに一冊の写真集がある。被写体の奉還町は、私の店から徒歩5分の距離にある。岡山駅西口から西に流れている、戦後間もなくから(町名は大政奉還に由来する明治初期からのものだが、今の商店街は戦後だろう)の旧い商店街である。本を出したのは、奉還町に隣接する駅元町で開業医をする岸本正義先生。刊行年は平成2年だが、撮影期間は1980年代に撮った写真をまとめたと書いてある。

 私はこの写真集を先日回収業者のYさんから、他の写真集と一緒に計4冊2000円で買った。4冊とも町内会の廃品回収から出たものである。自費出版の写真集であり、お医者さんの本である。他の3冊の説明は省略するが良く出来ている。すべてB5版・200頁前後の豪華な造本だから、刊行経費だけで200万円は下るまい。岸本さんの本だけは定価 5500円と打っているが、もともと売る積もりで造ってないので、回収金はゼロであろう。誰が自分の金で豪華本を造ろうが勝手だが、経済的にゆとりのある者しか出来ない自費出版である。

 4冊の本の印刷・製本はすべて中野コロタイプとなっている。しかし製本は製本にも責任を持つという意味であって、実際にはたぶん日宝製本所を使っている。印刷だが、ここで云う印刷は編集のいっさいを含んでいる。中野コロタイプの編集技術は第一級であって、まさに出版会社を兼務しているのである。

 さて 『庶民のまち 私のまち 岸本正義写真集・岡山の下町・奉還町界隈』(これが正式な書名)に入るが、この写真集が私の古本屋に入るのは初めてではない。5回目くらいである。どう処理したか正確には記憶していないが、たぶんすべて潰している。一度は使える写真だけを切り取ってアルバムに保存した覚えがある。あとは一定期間店に置いたのちに処分している。見れば見るほど腹が立って耐えられなくなったからだ。ならば、そんな写真集をなぜ業者から買ったのかと問わるだろう。でも3年も経てば、もう一度見直して見ようかという気になるのだ。それが郷土本である。

まず表紙の造本(装丁・レイアウト)である。表裏とも白表紙である。こんな造本は見たことない。中野コロタイプが白表紙の本を勧めたことは有り得ない。著者が頑強に主張したのであろう。他の3冊はそれぞれ一番優れた写真をカラーで使った一級品のレイアウトである。

次に題字である。素人がしばしば思いつくのは、自分の肉筆文字を拡大して表題に充てることだ。だがこんな下品な造本はない。それをやっている。しかも墨ではなく朱色を使っている。表紙の朱色などタブー中のタブーである。なぜなら光に当った表紙は数年も経過すれば禿げるからだ。しかもこの手書き文字を、裏表紙にも反転させて使っている。本人はユニークだと思っているのだろう。だが表紙の造本に奇を衒うのは愚の骨頂である。シオリーどうり活字の明朝体を使って(ゴシック体もよくない)、余分な文字を入れず、「写真集 庶民のまち 私のまち 岸本正義」 とすべきである。表紙は表はベストな写真を、裏は表のカラーの基調を三分の一使って、あとは白のママ残すべきであろう。現に他の3冊はそうなっている。これは著者が中野コロタイプの装丁者に従った造本である。装丁だってプロに頼めば10万円は懸かる。素直に従うべきであろう。

本の中身だが、表紙を開いて最初に遊びの一枚があるのは良いとして、次が本扉の頁である。ここが墨ベタ白ヌキ活字というのも見たこと無い。これだと本文の案内ではなく、拒否になる。重いこと重いこと、プロはこういう頁割りはまずしないだろう。ここからがまた到底許されない頁割りである。なんと豪華写真集の冒頭に、写真ではなく文字がフルに入った頁が(目次を除いて) 10頁もあるのである。推薦者の前講釈は1頁で十分である。二人必要でも1頁である。本人の講釈はいっさい要らない。書くとすれば、巻末に後記の1頁のみである。それが巻末にも8頁ある。しかも活字の大きさも、段組みも異なる3種類で、レイアウトも無茶苦茶である。

最初と最後の計18頁の文章だが、推薦者2名の日本語はまだ許せるが、岸本先生の日本語は到底読めない。なにも医者が上手な文章を書く必要は無い。他人に直して貰えば良いのだ。私だったら1万円くれれば1時間で直して差し上げる。つまり編集者の介入を許さず、自分を通した唯我独尊である。医術ではないのだから謙虚でなければならない。

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大半を占める本文の写真については、私は全くの素人だから技術的諸問題については遠慮しておく。ただこの写真集の写真が被写体になった人びとにどう受け入れられたか、また拒否されたか、それだけを耳にした限り、書き留めておきたい。

 何百部印刷したか、300部であろうと500部であろうと刊行経費は殆ど変わらない。おそらく残部を100部残して全て献本している。現に私が入手した岸本写真集には全て献呈署名と献呈先が毛筆で入っている。献呈先は知人と医者仲間だろう。それだけで止めとけば良かったのだ。ところが自己顕示欲というのは恐ろしいものである。私が聞いたのは数人の奉還町の住人からだが、被写体になった商店街の全戸に漏れなく無料配布したのである。完全に全戸だったか否かはわからないが、配るからには平等に配った筈である。つまりせっかく良い写真集を造ったのだから、地元の人々に返してあげたいと思ったのである。私はこれ自体は良いことだと思う。

 だが結果はそうならなかった。感謝した人と、迷惑がった人と、肖像権の侵害だと怒り狂った人の割合は正確には判らない。だが感謝した人が殆どいなかったのは事実である。たぶん森古書店の女主人だけだったのではないか。

 私は肖像権は(この写真集に定価を打ったのが拙かったことを除けば)無いと思う。商店街の如何なる風物を写真に撮って写真集を出版しても表現・出版の自由である。その風物の中に道行く人や商店主の写真が混じっていても一向に構わない。

 だが、写された商店街の人びとはそうは思わなかった。そう思わないのも自由である。でも、そう思わないだろうということは予め予想出来たはずである。だったら配るべきではなかった。だが無料で配ればありがたがられると思ったのである。そこに医者の傲慢とまでは言わないが、錯誤があった。

 出版でも古本でも新刊本でも一緒だが、それらに興味がない人びとにとって、それらは完全にゴミなのだ。私は古本屋が地域文化に役立つなどの幻想とは最初から無縁だったが、それでも近接の女子大からは少しは感謝されるかとは思った。そういう事実は皆無であった。岸本さんが地元奉還町の商店街を「庶民のまち 私のまち」 と称えたことは、奉還町の住人にとって何の利益ももたらさなかったのである。

 なお写真の内容には触れないが、奉還町が庶民の街だった時期はせいぜい戦後の20年間である。岸本さんの写真の奉還町は、庶民の近寄らない廃墟の街であったし、今もそうある。ことさら街をけなすつもりはない。奉還町の隣の伊福町で古本屋を始めて25年、この街ほどガメツイ街はない。連れ合いは定年退職する直前の10年間、ここ奉還町を学区にもつ小学校に勤務していた。まあこんなもんだろう。

 最後に同業者のネット記事の一部を貼っておく。やはり森古書店さんと同じ女の古本屋だなあ、というのが感想である。


『庶民のまち 私のまち』 岸本正義写真集ー岡山の下町・奉還町界隈
 一刻堂通信  2014年3月31日月曜日
  古くからお住まいの方から頂きました。撮影年月日が入っていないのが残念です。発行は、平成2年9月。 
 あとがきや内容から昭和の60年代~平成初期あたりの写真であることがうかがえます。
 伝説の古書店店主森さん、今もある石材屋さん、とりいくぐるのもとの姿も見えます。昔の奉還町商店街を懐かしんで訪ねてくださるお客様たちのために、当分(かなりずっと)非売品として店内に置きます。
 みなさんで往年の奉還町を偲んでください。
 
  1. 2018/11/15(木) 03:31:32|
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