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古本屋通信

岡山県民主会館に就いて

古本屋通信   No 3588    2018年  10月07日


     岡山県民主会館に就いて

 いま須増伸子さん批判の拙文を見たら、拍手が早朝2つ付いたのち支持がなかった。そういうものかと思って拙文を読み返してみた。今の私にはこれ以上の文は書けない。だが、もう一つ理解され難い文を書こうとしていた気持ちは萎えた。そこへ秦野真弓さんの 「毎回楽しみにしています」 という励ましの言葉を読んだ。半分お世辞でも嬉しかった。少し書いてみようかと思う。ただし眼がかすむので最後まで書けるかどうか。

 私の家は岡山駅から西に自転車で約10分の距離にある。一戸建てである。当時としては地価が安かった。建てたのは40年まえ。この時すでに岡山県民主会館は建っていた。同じ町内で、筋は一本ちがうが、距離は100米の至近距離にある。私の家はいちばん角っこなので判り易い。公民館に隣接しているから説明の必要もない。それで岡山県民主会館を訪れる党関係者はたいてい知っている。これは都合が悪いことではなく、都合がよいことのほうが多い。

 さて、その岡山県民主会館だが、奇妙な事と云えば奇妙な事なのだが、ネット検索に懸けても、そのHPはもちろんのこと、会館の性格を客観的に明示する項目が全くヒットしないのだ。出るのはナビの道路案内の類いばかりである。最初から、この事が既に異質である。

 ならば、私が主観的な説明をするしかないだろう。ただし私は岡山の部落解放同盟と、その建物の歴史に深く通じていない。間違いがあるかも知れない。そのことを予め断っておく。金ちゃん、間違っていたら、後で教えてくれよな。

 岡山県民主会館の岡山県というのがだいたいケッタイである。県の建築物なのか、私は今もそれが分からない。ここら辺に鍵がアルといえばアルだろう。結論から言えば、名義上は県の建物だが、実質は以下の団体の建物である。

 部落解放同盟岡山県連 → 部落解放同盟正常化連岡山 → 全国部落解放連合会岡山 → 岡山県地域人権運動連絡協議会(略称:岡山県人権連)

 コレは所有が異なる団体に移り替わったのではない。同一団体の名称変更である。要するに昔の県解連、今の人権岡山の建物なのだ。人物でいえば中島純男さんがトップで、その下の田中金ちゃん以下。

 で、この建物が岡山県ーーとなっている経緯から説明せねばなるまい。もともと岡山の部落解放運動は盛んで、その運動の岡山県当局との闘いの成果として、部落解放会館を勝ちとっていたものだ。その正確な時期を私は知らないが、おそらく戦後10年内外であったろう。建物は名義は岡山県だったが、実効支配は部落解放同盟岡山県連だった。これが基本である。

 ところが1960年代半ば以降、部落解放同盟は全国的に分裂する。言わずと知れた大分裂である。主流派(朝田・松井派)と反主流派(岡映ら)に分裂したが、部落解放同盟の名は主流派が受け継ぎ、反主流派は部落解放同盟正常化連絡会議から全国部落解放連合会を名乗った。これが全国段階の概要であった。

 ところが岡山では事情が少し違った。反主流派の岡映がトップであったこともあって、部落解放同盟岡山県連は、全国的には解放同盟から締め出された反主流派が受け継いだのだ、というより継続したと言うべきか。岡山の組織から除名された大源、江田らも解放同盟岡山県連を名乗ったが圧倒的に少数派になった。然しその後、岡山の主流派は全国組織に名前を合せて、部落解放同盟の名前を返上し、全解連の岡山組織として県解連を名乗った。

 面倒な判りにくい説明をしたが、問題は部落解放会館をめぐって、2つの県連が長期にわたる闘争をした事だ。まあ両組織の大衆動員による組織戦もあったが、主要には裁判闘争だった。大源・江田派は解放同盟岡山県連の名を楯に所有権を主張した。県解連派は組織の実効支配を主張した。

 で、裁判の結果だが、判決の細部はともかく、大筋では県解連が勝ったのである。部落解放会館の建物はハッキリ言えば共産党系の所有物になったのである。当然の判決だがうれしい結果であった。

 ところが建築物の老朽に依る結論だろうが、旧部落解放会館は土地ごと売却されたのだ。その後継として県解連が入手したのが、下伊福西町の岡山県民主会館だった。以上が組織部外者の私の認識である。だが細部では誤りが無いとは言えない。いちばん精確なのは、旧解放会館時代から組織の専従だった中島純男さんだろう。彼に聞けば正確だろうが、私は面識が無いし、かりにあっても、党派的立場もあろうから確認は出来ないだろう。

  以上が長過ぎた概要の説明である。

 以下が、今日私が感じている岡山県民主会館の問題点である。近所の部外者が観察した困った問題点である。

・・・・・・・・・・・

 いきなりだが、岡山県民主会館(以下では会館)に接している約10軒のうちの 1軒をAさん宅としよう。

 少し前にAさんの奥さんが私の家に来られた。まんざら知らない人でもなかったが、日常的に近所づきあいはしていない。細部のことは言えないが、要するに会館に出入りする人物に対する不信感を露わにしたようなクレームだった。そのクレーム自体は誤解だったのだが、なぜ一寸した行き違いでクレームになったかという点と、なぜクレームが我が家に来たかという2点。前者は常日頃からAさん夫婦が会館に出入りする人間によい印象を持っていなかった証明であろう。後者は私の連れ合いがしばしば会館に出入りしている事を知っての奥さんの八つ当たりであったろう。

 面倒な説明は省略する。Aさん夫婦が会館近隣の平均的心証とは言えまい。だが心証の一端ではアルだろう。もうひとつ。Aさんが会館利用者をマトメテ日本共産党系の人間と捉えていることである。私はこれはショックであった。そもそも会館と日本共産党とは何の関係も無い。そのことは会館というより岡山人権連でも意識しているらしく、間違っても会館の壁面に党のポスターなど貼っていない。

 それからショックなのは、かりに会館に出入りする人間の大半が共産党員だったとしても、またそれが近隣のAさんの認識だったとしても、その出入りする人間を共産党一族として、まるで連帯責任があるかの如く、Aさん夫婦がとらえていたこと。これは口で誤りを正しても説得力はない。私は実際に正したのだが、口で納得しても、心では納得されなかった。会館族は共産党一家という認識が40年間で染み付いてしまっている。

 少し端折る。会館と近隣の住宅では、会館が先に建ち、それを承知で、後に住宅が建てられた。だから立地は会館の責任ではない。それにしても立地が悪い。分譲住宅の建設会社が悪いのだが、とっくの昔に倒産している。会館の駐車場は50台分あり、昼間は半分以上車が駐車している。駐車場から細い道路一本をへだてて住宅である。住宅はストレスが溜まるだろう。

 私は会館の利用者は、たとえば公民館の利用者と較べても、かなり高レベルのマナーだと思う。まあ正直言って共産党員が多いんだろう。マナーが悪い訳がない。公民館は不特定多数の群集が利用者である。会館には共産党系の団体がズラリ入居している。特定少数の集合体である。大声を発する人も、タバコの吸殻を捨てる人もいない。それでも雑居ビルは近隣にとってストレスになるのだ。

 次が私がいちばん言いたいことだ。これは外部から見た私の感想なのだが、いったい会館の管理人は誰かと云うことだ。これは、まさか岡山県の県知事では無かろう。会館管理、例えば入居などに関わるいっさいは岡山人権連にあるのだから、管理人は中島さんということになるのだろうか。ところが私にはそうとばかりも思えないのだ。公民館には館長がいる。近接の幼稚園には園長がいる。何か文句を言いたい時には、何時でも文句を言うことが可能である。事実しょっちゅうクレームも出るらしい。

 会館にも守衛さんに当る会館管理人はいる。だから閉館時間が来れば、早く帰ってくれと促して閉館する。然しそれは用務員さんである。責任者がハッキリしない。そういう会館運営は有り得ないと思うのだが。

 余談だが、会館の入居料金はけっこう高いらしい。まあ公平なことは認めるが、ここらの収支決算もよく分からない。それから大会議室の使用料も高いと聞いている。なんでも県党会議か地区党会議を会館でやろうとしたのだが、使用料が高いので吉備中央町にしたとか。共産党だからと言って値引きしないのは流石に岡山人権連だと感心した。

 なんとか眼をかばって書いてきたが、時計の日付けが変わったので休憩する。出来れば加筆したい。
  1. 2018/10/07(日) 21:30:47|
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