古本屋通信

文章の上手と下手

古本屋通信  No 361  8月16日

  文章の上手と下手


 上手な文章と下手な文章はある。あまり面倒な講釈は要らない。きれいな文章ときたない文章と言い換えてもいい。これは勿論、いい文章と悪い文章ということではないが、文章が自分の考えを他人に伝える手段である以上、前者が後者に優っていることは言うまでもない。好サンプルを発見したので、ひとつずつ貼っておく。


終戦68周年と「玉音放送」の思い出 
大本芳子
 2013年8月15日

1945年(昭和20年)8月15日、日本がポッダム宣言を受諾、無条件降伏をした日。多くの犠牲者を出した第2次世界大戦が、終戦の詔勅(しょうちょく)をもって終結しました。国民がこれを知ったのは、正午に放送された昭和天皇の玉音放送によるものとされ、私が7歳の時でした。この戦争ではアジアの人々2000万人、日本人310万人の命が失われました。アメリカの原爆投下を含む無差別爆撃は国土を焼土と化しました。まさに戦争犯罪です。

 戦争は命を懸けて拒むもの母みなおみな牢に満つとも  平塚 らいちょう

私は、岡山市で空襲にあい縁戚を頼って倉敷市玉島に着の身着のままで父・母・兄・次兄・私とで疎開してきました。行くところがなく円通寺の良寛堂にしばらく住まわせていただきました。当時襖や障子を境に中国からの引揚家族、岡山空襲の罹災家族など5世帯が住んでいました。

あの日(8月15日)ふもとの町内会長宅で12時に大切なラジオ放送があるので集まるように連絡があり、母に連れられて行きました。私たちが町内会長さん宅に着いた時は、すでに何人かの人々が集まっていました。庭の真ん中にござを敷きその上にラジオがおかれていました。ラジオからは「ジャージャー」という音だけで人の声は、ほとんど聞こえてきませんでした。これが私が体験した玉音放送でした。



玉音放送   七誌   2013年8月15日 5:25 PM
侵略戦争について、開戦前から考えが変わっていたのでしょうか。
国民や外国の人々に申し訳ない、という気持ちがあったのでしょうか。顕れていたのでしょうか。
それとも、負けて悔しい、もう一度やってやる、そういう気持ちだったのでしょうか。
靖国神社は、大日本帝国によって徴兵され、死地に追い込まれた人を神道的な宗教形式で勝手に「祀る」、侵略を合理化する政治的施設です。戦争を主導した戦犯まで紛れ込ませています。
そんな施設に、「参拝」したり、「献納」したりする、総理大臣や閣僚らは、侵略への態度が顕れています。
侵略された諸国(民)が非難するのは当然です。
現に、戦時体制を構築する動きが切迫化しています。
不安が襲って来ます。
七誌  2013年8月15日 9:04 PM
「歴史をきちんと学」ぼうとしても、侵略戦争美化で修正された歴史教科書では、学べない。
マスコミの影響が大きい。大手マスコミ幹部が、アベ自民党公明党政権と親密に会食するようでは望めないのかもしれないが、消費税などで取引するなど、道を誤らないでもらいたい。 
「解散後、家業を継ぎ、稲作農家となった臼方さん。従順な軍国少年だった自身を振り返り、「だまされないように、今の学生には歴史をきちんと学んでほしい」と、一言一言かみ締めるように語った。」
キャンパる:戦争を考える/中 「軍国少年」たちの証言 「少年農兵隊」「鉛筆部隊」での戦争体験とは−−


古本屋通信のコメント
大本さんの文、内容は一切問わない。私は大本さんの文章ほど、淀みのないきれいな文を、少なくとも日本共産党議員のブログ記事で見たことはない。これは才能と短歌修業のたまものだから、容易に真似ることはできない。私の第一印象は「ほれぼれする」だ。そして、それに尽きる。
七誌さんの文、内容はずいぶん改善された。ここに書かれた文も、内容がチンプンということではない。よく読めば分かる。ただ、分かるためには読み手が努力しなければならない。そういう文こそ良い文だという場合もある。然しそれはプロの書き手の場合だ。一般には読まれない。
  1. 2013/08/16(金) 02:53:58|
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