古本屋通信

通信No 319 の削除について

古本屋通信  No 327 7月29日

  通信 No 319 の削除について


 古本屋通信 No319 [大阪の辰巳孝太郎クンと京都の倉林明子さんへ] について、左党さんから本日 18:50 に以下の投稿があった。

 倉林さんの父親は町議をしてましたし、孝太郎さんの父親は元市議です。選挙区の3人とも「二世」です。志位さんも。
 あと孝太郎さんはタレント出身ではないです。元芸人の清水ただしさんと混同してます。

 左党さん、どうも有難うございました。前半部分の倉林さんと孝太郎さんのお父さんのことは知りませんでした。吉良さんのお父さんのことは今回の選挙のあとで知りました。志位さんのお父さんのことは知っていました。志位さんが語っていましたから。
 後半は完全に私の間違いでした。孝太郎さんとブログ読者のみなさんに、私の軽率から誤った記事を書いて伝えた事をお詫びします。
 倉林さんについて書いた部分は誤りではありませんが、タイトルにあるように、大阪、京都の当選者2人を纏めて槍玉にあげた記事でした。だから一方だけ残すのではインパクトは薄れてしまいます。熟慮の結果、No319 の記事の全文を削除することにしました。正式のブログからは消しますが、資料としてNo1 のあとの資料収納庫に残します。出入りは自由ですので自由にお入りください。

 以上の私の措置とは別に、こうして見ると、共産党も完全に「二世」の時代に入っていますね。勿論これは保守の世襲とは全く違いますし、両親が党員の子供が党員になることは望ましいことには違いありません。然し党員の供給源が党員の親の子供に限定される時代ということになれば、困ったこととも言えます。岡山で活躍中の議員さんや専従にも「二世」がおられます。日本では、旧社会主義国とちがって、「二世」党員に何の特権がある訳でもありませんが、それでも活動を進めていく時、自分の特殊な出自から自然に出てくる発想を普遍化しがちになることもあると思います。それが、古い社会を変革していく上でどうか。私はこれは、折角党員の子供でありながら「弱点」になる場合もあると思います。それを克服するためには二つの実践が必要だと思います。即ち ①ヴ・ナロード(人民の中へ) ②科学的社会主義の絶えざる学習。この二つを欠いたがゆえに、すでに小スターリン化している「二世」党員も岡山にいます。自分がふつうだと思っていることが本当にふつうで正しいのか、どうか。だれにとっても思想闘争が大切ですが、「二世」党員にとっては、思想闘争はギリギリの生命線だと、私は思います。
  1. 2013/07/29(月) 22:29:36|
  2. 未分類