古本屋通信

パソコン余話

古本屋通信  No 321 7月24日

  パソコン余話

昨年七月このブログを始めてから一年たった。私がはじめてパソコンを買ったのは十年まえだが、使用は古本の検索に限定された。標準価格しらべが中心だが、付随して新旧書籍や著者の情報はとても役に立った。しかし、私はパソコンで自分の文を書こうとは思わなかった。それまでにタイプライターやワープロで文を書いたこともなかった。そもそも私は文章を書くことが余り好きではなかったし、それ以上に機器を使って文を書くことに嫌悪感があった。自分の文が自分の文ではなくなる気もした。

それを最初に感じたのは(否定的な例として名前を出して申し訳ないが)、加藤哲郎(当時一橋大教員)の 『東欧革命と社会主義』 (花伝社 1990)を読んだときだった。かれがかなり書き殴っている時だったせいもあろう(その後もかれは多産だ)が、私はこれを読んで、機器を使っての文章は文体が変わると思った。そのあと彼の大著 『コミンテルンの世界像』 (青木書店 1991)も読んだ。本格的な研究書だと感心したが、文は無機質なような文体で、これが気になった。このときの私の感じを文にするのは難しい。加藤だけの文体だったかもしれぬ。しかし私はそうは受け取らなかった。「文学的」でなかった。「論理的」でもないと思った。加藤は編集者出身の研究者である。私は加藤が編集した本も知っているが、それは社会科学のふつうの本だった。こんなことを書いてもたぶん説得力はなかろう。しかし、私はこの頃から、全般に社会科学系の本の文体が様変わりしてきたという印象をずっと持ち続けている。

ここでいきなり私のブログに戻る。といっても私の文のことではない。私が引用した他人の文のことである。梯秀明の文。佐多稲子の文。吉塚勤治の文。私がこれらを転載するさい、ネット上にコピーできる資料はなかった。だから、紙の印刷物をみて自分で印字した。とても時間が懸かった。自分の文を書く数倍は懸った。梯秀明の文は『戸坂潤全集』月報に書かれた文だが、途中で投げ出してしまった。そのうえ私は、梯の文を悪文とまで断じた。然し読み返してみると、実に名文ではないか。
 
はじめから第一級と誉めそやした佐多稲子の文が、パソコン印字でどれだけ難航したことか。私には苦業そのものだった。吉塚勤治の文は、詩人だから文体はパソコンに馴染まないとは言えないが、それでも時間は懸った。そこで結論だが、梯秀明も、佐多稲子も、吉塚勤治も、かりに彼らがいま生きていて、パソコンで文を書くとしたら、同じ文体の文を書くだろうか。パソコンは書き手の個性を殺すのか? 本当のところはよく分らない。小川洋子なんか、完全にパソコン世代だろう。古い世代でも大江健三郎はパソコンだろう。しかし佐多稲子の筆になる好並かおるの追悼文はパソコンでは書けなかった気がする。

さて、パソコン文について、いくらかの疑問を保留しながら、これが便利な道具であることを強調したい。自分の書いた文を何度でも訂正できる、これは決定的な利点だ。誤字・脱字から始まって、文のねじれ、意味不明、表現の不適切、舌足らず、句読点の問題、改行関係、段落、加筆・追補、これが何度でもたちどころに修正できる。これは編集上の革命なのだ。私は粗原稿を自宅のパソコン(光ファイバー)で書く。まあ、ガタガタの文章ですワ。それを店のパソコンでなおす。但しはじめの文から他人の目に晒す。そうしないと、どうしても修正が遅れるからだ。

パソコン以前に、いま振り返ってみて自分でも不思議に思うのだが、私には文章を自分で書いた経験は殆んどなかった。あるのは、学生時代のほんの一時期のビラ、卒業論文、読書サークルの雑文、ミニ新聞の穴埋め記事。これがすべてだ。時間も量も少ない。しかもこれらは目的があって仕方なく書いた文なのだ。だが、なぜか活字の印刷物(本)とは縁が切れなかった。①古本屋をオープンした時の蔵書は一万冊だった。しかし、これは自分が文を書く事とは別だ。②それから職業上の仕事が編集であったことは、他人の文に敏感になれた理由だろう。

人によって文が上手だとか下手だとかは勿論あるが、文筆家以外は初めはみんな下手だと考えたらよい。箸にも棒にもかからない文が、編集者の手で修正されて立派に新刊書店に並ぶ。私は世の出版物の大半はそうだと思っている。だいたいが本を上梓したことのない研究者の文など無茶苦茶なのが相場なのだ。それで一向に構わない。だが、自分が書こうとしている研究対象についての認識、これが浅かったり歪んでいたらどうしようもない。編集者はその分野の素人だから打つ手がない。だから、編集者は原稿の質を瞬時に判別し、駄目な原稿は突き返さねばならない。そうしないとあとが地獄になるのだ。

はなしが抽象的になっては分り難いだろうから、脱線覚悟で具体例を書く。私が退職して間もなく、私のいた会社から一冊の本が出た。私は関係しておらず、ずっと後に古本屋に出廻ってから初めて知った。『正法眼蔵と現代』 (内藤一人 F書店 昭和61)。著者の内藤一人は岡山操山高校の元校長で、岡山の教育筋ではそれなりに有名だ。保守反動と俗物性を兼ね備えた人物が多い中で、内藤はそうではなかったらしい。岡山一女時代からの教員で信望が厚かったという。それで 『正法眼蔵と現代』 を広げてみた。二三頁もよんだ。なんとか好意的に読もうとした。この本を編集したのは私の後輩だし、内藤自身も私の母の女学校の恩師だった。しかしテンデ駄目だった。よくもこんなもん出版したワナ。この本はいまも岡山の古書業界で流通しており、結構な値がついている。私の店の客人でも名著だという者もいる。 

私がここで槍玉に挙げるということは、自信あってのことだ。違っていたら私が恥をかく。私は現代語訳の「正法眼蔵」でさえ歯が立たない。しかし内藤の本が駄目なことはすぐ分った。よくもまあ、こんなのを原稿段階で突き返さなかったものだ(あとで担当編集者に訊くと、それなりの理由があった)。ここで差別的とも受け取れることを敢えて書きたい。高校の退職教員が「正法眼蔵」の研究書を出版したいといってきたら、まず警戒しなければならない。専門の研究者ではないのだ。まず無理だろうと思うのが常識だ。この件、古本も流通していることだし、あとは読者の判断に委ねたい。

もう少し、調子に乗って、本の真贋判定について書く。上記 『正法眼蔵と現代』 はタイトルからしてメゲている。ただし、タイトルは出版社がつけることもあるから、これをもって内藤がメゲているとは断定できないが、どっちにしても狂っている。ためしに「源氏物語と現代」、「道元と現代」、「アリストテレスと現代」、「形而上学と現代」、「純粋理性批判と現代」、「カントと現代」、「資本論と現代」、「マルクスと現代」、以上の書名の本があるかどうか、日本の古本屋アマゾンで調べてみた。雑誌の特集タイトルでそれを含むものはあったが、単行本では最後のふたつを除いてなかった。「資本論と現代」は向坂逸郎だ。これなら了解だ。しかし凡百の研究者が「資本論と現代」「マルクスと現代」などのタイトルで本を出せば、それだけでばかにされるだろう。その他のタイトルはタイトルからして狂っている。一行も内容を読まないでも失格だ。アリストテレス、道元をどう現代に引き寄せて論じようというのか。常人のなせる技か。一応、これで区切りをつけて終えるが、まだまだ書けそうだ。あとは折を見て書きます。
  1. 2013/07/24(水) 21:23:20|
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