古本屋通信

大坂正明さんは完全無罪だろう

古本屋通信   No 2712    2017年  08月01日


    まあ大坂正明さんは完全無罪だろう


  河村さんが8月だというので恒例の記事を書き、その中で「今年は核兵器禁止条約が採択された特別な年です」などと、ヌカ条約を持ち上げる前提で書いている。説教しようかと思ったがやめた。釈迦に説法、本人だってデタラメが分って書いている。こういうのを説教するのがいちばん疲れる。書けば書くだけストレスが溜まる。

 で、昨日昼まえに見た産経新聞の記事を思い出した。でも夜になると消えていた。検索に掛けたら以下が顕れた。私はこういう記事を掲載する産経を評価する。これは極右の記事ではい。エンタテインメントである。他紙は書かない。私は記事を論評するつもりはない。大坂さんのこの裁判について書きたい。


  私は逮捕直後から書きたいと思っていた。書かなかったのは、彼が完全黙秘を貫徹していたからだ。警察発表だけだったからである。だがそのご中核派が本人であることを事実上認めた。それは「前進チャンネル」を視聴すれば分る。したがって、私が被逮捕者が大坂さんだと認めて書いてもよいのではないか。

 簡単に書きたい。その前にひとつの前提をハッキリさせておく。私は1971年のいわゆる「渋谷暴動事件」を支持しない。どころか 、トロツキストの極左的挑発行為だと捉えている。今もそう思っている。

 そして今回驚いたのは中核派自身がいまも「渋谷暴動事件」と呼んでいることだ。私はこの呼び方は公安当局のものだと思っていた。「暴動」? これでは左翼とは言えない。中核派は何時からアナーキストになったのか。

 本論だが、結論は極めて明快である。こんな事件が有罪になってたまるか。完全無罪である。検察も有罪にできると思っていまい。指名手配から逮捕に至るまで、全て国家犯罪である。検察はメンツで裁判をやっている。それは産経の記事を読んでも明らかである。

 「46年間指名手配」はどんな小理屈を付けても無効である。笑わせるな。当時殺人罪の時効は15年だった。改悪になったがそれでも25年である。時効制度はそれなりに合理的である。つまり証拠能力は一定期間を過ぎると消失する。物証も大半が消滅する。また誰が25年以上前のことを証言できるか。ましてや50年近くまえのことは忘却の彼方である。それが人間の記憶だ。

 この事件に大坂さん本人が係わっていた物証は皆無である。他人のウソの証言、しかも強制的に自白させられた少年の証言などに、証拠能力はない。憲法違反だろう。仮に当時の少年が今も同じ証言をするとして、裁判官はその証言を、信憑性ありとするのであろうか。

 「渋谷暴動事件」は殺人(事件)ではない。トロツキストを泳がせてきたツケが警備陣に廻ってきた、いわば警察の不手際から仲間を死なせた、警察当局のミステークである。大坂さんとは関係ない。

 まあ産経の記事をお読みください。有罪判決などありえないと書いてある。それと裁判員裁判の制度など廃止してしまえ。もし続行して大坂死刑判決でも出そうものなら、報復は必至である。私はその報復には一定の根拠を認める。だからやめてしまえ。あのなあ私は岡山地裁の裁判長が転出するとき古本を買いに官舎に伺った。それは鉄で囲まれた要さいのようだった。ああ裁判官とは怨まれる職業なんだなと納得した。場所は職業上の秘密だから言えない。



脚注 時効についての弁護士さんの解説がありました。下に転載しておきますので、関心のある方はご覧ください。


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2017.7.31 08:00更新   産経新聞
【注目・過激派裁判】
“荒れる法廷”中核派活動家・大坂正明被告の公判に立ちはだかる不規則発言と「時間の壁」

  警視庁に移送される大坂正明容疑者=6月7日、東京・羽田空港(大西正純撮影)

 昭和46年の渋谷暴動事件で警視庁に指名手配され、46年にわたる逃亡生活の末に逮捕、起訴された過激派「中核派」の大坂正明被告(67)の公判の進め方に注目が集まっている。本来は裁判員裁判の対象だが、東京地裁で開かれた勾留理由開示手続きの法廷では、傍聴席から不規則発言が相次ぎ“荒れる法廷”となった。裁判員裁判への不安に加え、検察側の立証に立ちはだかるのは時間の壁だ。事実関係に大きな変更はないが、事件から半世紀を経て、現在の裁判制度に合わせたより慎重な立証が必要となりそうだ。

原則は裁判員裁判

 「取り戻すぞ!」「おかしいぞ!」。6月19日、東京地裁で開かれた大坂被告の勾留理由開示手続き。法廷には支援者とみられる傍聴人の声が何度も響いた。記者席を除く一般傍聴席は10席。このうち1席は報道関係者が座り、残り9席は一般傍聴人で埋まった。

 しかし、相次ぐ不規則発言でその9人が裁判官から退廷を命じられる事態に。

 「裁判員に選ばれた人も、(大坂被告の公判は)あまりやりたくないのではないか」。検察幹部の一人は、支援者らで傍聴席が埋まり、“荒れる法廷”となることを危惧する。

 裁判員に危害が及ぶ可能性が高い対象事件は、検察側の除外請求により例外的に裁判官だけで審理することもできる。

 ただ、裁判員裁判は、国民の司法参加によって日常感覚や常識を判決に反映させることなどを目的としている。裁判員候補者の辞退が相次げば、幅広い国民参加という前提を根底から揺るがしかねない。それだけに、ベテラン裁判官は「除外規定はあくまで例外で、裁判員裁判で行うのが原則だ」との見解を示す。

 だが、不安要素もある。昨年5月の福岡地裁小倉支部の裁判員裁判では、殺人未遂罪に問われた暴力団幹部の知人とみられる男が結審後、複数の裁判員に「あんたらの顔を覚えとるけんね」「よろしく」などと声を掛けていたことが発覚。声を掛けた人物は公判を傍聴して裁判員の顔を把握した可能性が高く、裁判員4人から辞任の申し出があった。地裁支部は「裁判員に身体上、精神上の重大な不利益が生じる」として申し出を認め、解任を決定した。

 大坂被告は5月18日、大阪府警が広島市安佐南区のマンション一室を家宅捜索した際に、中核派の非公然活動家の男=後に犯人蔵匿容疑でも再逮捕=とともに室内におり、公務執行妨害容疑で逮捕されていた。

 大坂被告が過去に潜伏していたとみられる東京都北区のアジトでは、大坂被告の指紋が検出されなかったことも判明。警察当局を警戒し徹底して証拠隠滅を図ったとみられる。

ある検察幹部は「中核派は組織的に(大坂被告を)匿っていた」と話す。それだけに、大坂被告の公判が始まれば、中核派や支援者らが傍聴席を埋める可能性は高いというのだ。

「すべて一から立証」

 事件は昭和46年11月14日に起きた。米軍駐留を認めた沖縄返還協定に反対する学生らのデモ隊が暴徒化。東京・渋谷の派出所や警戒中の機動隊員を火炎瓶や鉄パイプで襲撃した。

 派遣されていた新潟県警の中村恒雄警部補=当時(21)、2階級特進=が大やけどを負い死亡。中核派活動家らが逮捕されたが、大坂被告は逃走した。

 警視庁は殺人容疑などで大坂被告を全国に指名手配。事件のほかの関係者は逮捕され、いずれも実刑判決を受けるが、大坂被告の行方はようとして知れず、生死も判然としなかった。

 逮捕後も、認否どころか身元の確認すら一貫して黙秘を続ける大坂被告だが、母親や父方の親族の男性とのDNA型鑑定で、血縁関係があるとみて矛盾がなく、大阪府警と警視庁は大坂被告本人と特定した。

 しかし、公安事件の公判に詳しい検察幹部は「すべて一から立証しなければならないだろう」と指摘する。

直接証拠に乏しく、46年前の当時は犯行を記録した防犯カメラ映像もない。弁護側は「百パーセント無実」と主張。火の海と化した現場で「大坂被告の行為を示すのは、写真と関係者らの証言のみ」(捜査関係者)だが、警視庁は犯行現場を押さえた写真を拡大し、「この男は誰だ」と執念の聞き込み捜査を続けたという。

公判は長期化?

 弁護側が無罪を主張しているうえ、半世紀も前の証拠に基づき審理が進められるため、公判が長期化することも懸念される。平成27年3月に神戸地裁で判決が言い渡された兵庫県尼崎市の連続変死・行方不明事件の裁判員裁判では、在任期間が132日に及んだ。

 裁判員の負担を軽減するため、同年6月には、審理が著しく長期にわたる事件を裁判員裁判の対象から除外できる規定を柱とした改正裁判員法が成立したが、除外で想定されているのは、初公判から判決までが1年を超えるケースだ。

 今後は東京地裁で、争点や証拠を絞り込む公判前整理手続きに入る。「まずは普通に立証計画を立てていくことになる。証人の保護などの観点でも考えていかなければならない」(検察幹部)という。

 ただ、渋谷暴動事件では6人が起訴され、公判中に死亡した1人を除き全員の実刑判決が確定している。大坂被告の公判でも「当時の証拠、共犯者の供述が残っており、それを立証に使うことになる」(検察幹部)との見方が大勢だ。

 とはいえ、あるベテラン刑事裁判官は「関係者の記憶があいまいでも、書面だけで審理することはできない」との見方を示す。

 ほかの警察官や関係者から改めて証言を得る場合、古い記憶をどう喚起するかが課題となり、それだけに46年という「時間の壁」が横たわる。

 公安事件に詳しい検察幹部は「当時の証拠、供述が残っているので、まずそれらを使うことになる。四十数年前のこととはいえ、若い時の記憶は意外と覚えているものだ。覚えている人がいれば、証言してもらえばいい」と語った後、こう続けた。

 「(大坂被告は)何も認めないだろうから、一つずつやる以外にない」




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  参考


2017-05-23
40年以上前の殺人事件に公訴時効が成立しない理由を解説しよう

1.なぜ時効が完成していないのか

1971年の殺人事件の容疑で指名手配されていた被疑者(以下「A氏」とする。)が、別の被疑事実で逮捕されたという報道が話題を呼んでいる。なお私は被疑者段階での実名報道は拡散しないことに決めているから、本稿でも報道は引用しない。

40年以上前なら殺人罪でも公訴時効なのでは?なぜ公訴時効が成立してないの?との疑問がネット上に散見されるから解説しておく。

まず、1971年当時の殺人罪の公訴時効は15年だった。その後、殺人罪の公訴時効は2004年に25年に延長され、2010年には廃止された。

話題の事件は、発生当時は15年の公訴時効が適用される対象だったが、この公訴時効が完成する前の1972年に、共犯者とされる人物(以下「B氏」とする。)が起訴された。

刑事訴訟法254条2項は、共犯の一人に対して公訴を提起すると、他の共犯に対しても時効停止の効力があることを定めている。そのためA氏に対する時効の進行も、いったん停止した。

刑事訴訟法第254条  時効は、当該事件についてした公訴の提起によつてその進行を停止し、管轄違又は公訴棄却の裁判が確定した時からその進行を始める。


2  共犯の一人に対してした公訴の提起による時効の停止は、他の共犯に対してその効力を有する。この場合において、停止した時効は、当該事件についてした裁判が確定した時からその進行を始める。

普通に裁判が進行すれば、先に起訴されたB氏に対する裁判が確定した時から、A氏の時効は再び進行を開始するはずだった。

ところが、先に起訴されたB氏が重い精神疾患にかかってしまった。

そこで、事件が高裁段階にあった1981年、B氏が「心神喪失」と認められて、刑訴法314条1項により公判手続が停止された。*1

刑事訴訟法第314条  被告人が心神喪失の状態に在るときは、検察官及び弁護人の意見を聴き、決定で、その状態の続いている間公判手続を停止しなければならない。但し、無罪、免訴、刑の免除又は公訴棄却の裁判をすべきことが明らかな場合には、被告人の出頭を待たないで、直ちにその裁判をすることができる。

2  被告人が病気のため出頭することができないときは、検察官及び弁護人の意見を聴き、決定で、出頭することができるまで公判手続を停止しなければならない。但し、第二百八十四条及び第二百八十五条の規定により代理人を出頭させた場合は、この限りでない。


3  犯罪事実の存否の証明に欠くことのできない証人が病気のため公判期日に出頭することができないときは、公判期日外においてその取調をするのを適当と認める場合の外、決定で、出頭することができるまで公判手続を停止しなければならない。

4  前三項の規定により公判手続を停止するには、医師の意見を聴かなければならない。


この公判手続停止によって、B氏の公判がいつまでも続いていることになり、続いている限りはA氏の時効も完成しないという状況になった。

そして、B氏の公判停止状態が続いていた2010年に、殺人罪については公訴時効が廃止されたから、A氏の公訴時効も結局完成しないことが確定した。

事案の説明としてはこのとおり。


2. 時効廃止の効力って遡及するの?

ところで、「刑罰法規の不遡及」「事後法の禁止」という原則を聞いたことはないだろうか。

刑罰法規は、行為当時の法規が適用されるべきであり、行為後に刑罰法規が成立したり被告人に不利に改正されたりしても、行為後の法規をさかのぼって適用することはできないという原則だ。

憲法第39条 何人も、実行の時に適法であった行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問われない。また、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問われない。

前記のA氏は、事件当時には15年の公訴時効が適用される身分だった。B氏の起訴によって公訴時効が停止したとはいえ、B氏に対する裁判が確定すれば再び時効が進行するはずだった。

しかし、殺人罪等について公訴時効を廃止した改正刑訴法は、改正法の施行時点で既に時効が完成していた罪については遡及的適用はしないが、施行時点で時効が完成していない事件については遡及的に適用することとした。*2

このように、事件当時よりも不利に公訴時効制度を改正しておいて、これを遡及的に適用することは事後法として禁止されるんじゃないの?という疑問がないだろうか。

実はこの論点については最高裁判例がある。結論としては「公訴時効の廃止を遡及的に適用しても憲法39条、31条に違反せず合憲」というものだ。

公訴時効制度の趣旨は,時の経過に応じて公訴権を制限する訴訟法規を通じて処罰の必要性と法的安定性の調和を図ることにある。本法は,その趣旨を実現するため,人を死亡させた罪であって,死刑に当たるものについて公訴時効を廃止し,懲役又は禁錮の刑に当たるものについて公訴時効期間を延長したにすぎず,行為時点における違法性の評価や責任の重さを遡って変更するものではない。そして,本法附則3条2項は,本法施行の際公訴時効が完成していない罪について本法による改正後の刑訴法250条1項を適用するとしたものである から,被疑者・被告人となり得る者につき既に生じていた法律上の地位を著しく不安定にするようなものでもない。 したがって,刑訴法を改正して公訴時効を廃止又は公訴時効期間を延長した本法 の適用範囲に関する経過措置として,平成16年改正法附則3条2項の規定にかか わらず,同法施行前に犯した人を死亡させた罪であって禁錮以上の刑に当たるもの で,本法施行の際その公訴時効が完成していないものについて,本法による改正後 の刑訴法250条1項を適用するとした本法附則3条2項は,憲法39条,31条 に違反せず,それらの趣旨に反するとも認められない。

ここで最高裁は、合憲判断の理由として

(1)公訴時効の廃止や期間延長は、行為時点における違法性の評価や責任の重さを遡って変更するものではないこと

(2)改正法は、施行時点で時効が完成していなかった罪に適用されるにとどまり、時効が完成済みの罪にまで適用されるわけではないから、被疑者・被告人となり得るものの既に生じていた地位を著しく不安定にするものでもないこと

を挙げている。

このうち、より重要というか、メインとなるのは(1)の理由付けだろう。

事後法の禁止は罪刑法定主義から導かれる原則だ。

そもそも罪刑法定主義が何のためにあるかまでさかのぼって考えてみよう。罪刑法定主義は、どんな行為が処罰の対象となるかを国が予め明示しておくことにより、市民の行動の予測可能性を確保し、自由な活動を可能にするために要請されると言われている。

こうした観点からみると、行為当時に犯罪でなかった行為を事後法で処罰できないのは当然だ。例えばある日から一定のポルノ作品の所持が犯罪化されたとして、その日以降そのようなポルノ作品を捨てなければならないのは仕方ないかもしれない。しかし、犯罪化以前に所持していたことまで処罰されるとしたら、これはどう考えても不正義だろう。

一方、公訴時効についてはどうか。法が犯罪と明示している行為をするにあたり、「この犯罪をしても時効はX年だからX年逃げ切れば処罰されない」という行為時点での予測を保護する必要がそもそもあるだろうか。ないのではないか。

このように考えると、「公訴時効の廃止や延長を遡及させても、行為時の違法性の評価や責任の重さを遡って変更するものではないからOK」という最高裁の理由付けには、説得力があると思う。

弁護士 三浦 義隆
  1. 2017/08/01(火) 00:07:24|
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