古本屋通信

KM生様の長文コメントに深謝

古本屋通信   No 2708    2017年  07月30日  


   KM生様(キンピーサイト)の長文コメントに深謝

 本日早朝キンピーサイトの投稿欄に長文のKM生様からの投稿がありました。これは私のブログがコメント欄を閉鎖しているからKM生様がキンピーサイトの場所を借りて、私に貴重なご意見を下さったものです。今回これを自分のブログに全文転載するに当り、KM生様とブサヨ管理人様にご了解を乞い、了解を戴けるなら深謝いたします。

 投稿の文については、一読した限りで異論は皆無であり、懇切丁寧なご指摘にただ敬服するばかりです。加えていま現在も東大新聞を1983年分まで読みすすめていますが、どうもこの新聞の基本的なスタンス(党派的立場)に微妙な変化を感じ、全体を読み取り難くなった段階でした。何しろ豆のような活字を拡大鏡で追っているだけで頭が痛くなるのですが、今回のKM生様の投稿によって、理解し難くかった新聞の論調も、頭から霧が晴れて理解が進むと思います。本当に有難うございました。


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22. KM生 @古本屋通信様
2017年07月30日 03:28
(スレとが直接関係ないんだけんど)拝啓古本屋通信様
貴方のブログは毎日楽しく拝見しています。貴方もキンピーブログは再々引用されているので、毎日こちらをお目通しかと存じます。貴方のブログに意見しようとしたけれど出来なかったので、こちらでご意見します。
1)有田芳生が「小田実vs上田耕一郎対談を企画した」という嘘の(当時の詳細な記録を元にした)見事な解明。
全く敬服しました(^^)。
2)1979年東大文学部自治会執行部はカクマルだったか。
1.一応65年民青全学連再建時から、東大文学部学生自治会は日共系ですた(現に私自身74年当時民青全学連中執だった東大文学部久保から直接指導を受けた)。
2.78年頃民青は追出されたが、執行部は(カクマルではなく)むしろ無党派=ノンセクトラジカルだった。(続)


23. KM生 @古本屋通信様(その2)
2017年07月30日 03:39
(承前)
3.この頃から、東大新聞編集部も日共系からノンセクトラジカル系に入替った(東大新聞は毎年の入試で合格者の氏名を真先に把握するので、マスゴミや受験関係者からは引っ張りだこで暴利を貪っていたので、資金源を求める学生運動関係者からは垂涎の的だった)。よって編集部が。東大文学部自治会選結果を肯定的に扱ったのは理の当然だった。
4.実際78年当時東大文学部構内で、当時の自治会執行部が新宿のスナックのマスターを招いて宴会てしボヤ騒ぎを出した。少なくとも厳格な組織原則を貫くカクマル派なら、このような「退廃行為」は行う筈がない。よって貴方は「70年代末東大文学部自治会執行部はカクマル」と仰るが、少なくとも
当時学生だった私からすれば、これはあり得ない。(続)


24. KM生 @古本屋通信様(その3)
2017年07月30日 03:58
(承前)
3)日共民青の衰退
69年大学紛争終結後は、東大では日共民青優位だったが、70年代後半に至って(貴方も仰るような)新日和見主義事件の後遺症で、衰退が目立った。特に医学部では、精神科病棟を全共闘OBOGの医師や看護師が患者を人質に勝手に占拠して、指名手配犯を匿うなど正に無法地帯だった。宮顕の息子が中央大学に入学して、日共学生支部の惨状を知った日共党中央が「学生運動の改善指針」を出したが、最早焼け石に水だった。ある意味東大でこれらノンセクトラジカルが伸びたのも、(日共民青も嫌いだが、かといって新左翼各派にも加入したくないという当時の)一般学生の気分の反映であったとも言えるでしょう。
4)当時の向坊総長は(東大新聞で批判されていたような)「東大百年記念事業」を推進していました。幾つかの学部で日共民青は執行部から追出されて最早「東大学生自治会中央委員会」は成立要件を満たさなくなっていました。(続)


25. KM生 @古本屋通信様(その4最終)
2017年07月30日 04:09
(承前)
5)よって向坊東大執行部は、こうした「学生自治会の力関係の変化に載る」形で、全共闘残党やノンセクトラジカルに阿って(国会で精神科病棟の無法状態が問題にされても、大学の自治で突っぱねた=日共国会議員が率先して国会の力を借りて問題解決を図ろうとしたことは、一般学生も含めて反発を招いて逆効果だったことは、貴方のご指摘の通りです)、東大百年祭を強行した。
6)京大でも、68年当時は日共民青が実力で全共闘を追出して「京大方式」と持て囃されたが、70年代に入ってこれまた全学自治会=同学会の成立要件を満たさなくなった。当時の岡本総長も、これまた全共闘系に阿る形で大学運営した。
以上当時学生だった私から貴方へのご意見です。

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26. KM生 @古本屋通信様(その5)
2017年07月30日 08:10
(管理人様、古本屋通信氏とのやりとりに使用する件お許しください。)
貴方のブログでの速攻のご返信有難うございました。70年代後半のこの時期、まさに日共系青年学生運動にとっては(現在に繋がる)「衰退、冬の時代の始まり」でした。
不破による「大衆運動の軽視と議会主義・代行主義・党勢拡大至上主義による選挙党への変化」➡青年学生運動の後退➡国政地方選挙での後退➡革新自治体の崩壊と、正に留まるところを知らぬデフレスパイラルの開始でした。
民青の指導も、「とにかく拡大せよ」➡しつこく勧誘して無理やり加盟申込を書かせる➡こうして拡大した同盟員は、活動の中身がないから直ぐに未結集化する
の「底なしの泥沼亀之助状態」でした(^^)。


27. KM @古本屋通信様(その6さらに追伸)
2017年07月30日 11:55
カクマルの件ですが、常識的に考えても(当時革共同の同盟員になると言うことは「中核派のテロルと命懸けで闘う」ことが求められたのであり)、少なくとも「自治会室でスナックの店主と酒盛りしてボヤを出すような阿呆な学生」に到底そのような覚悟があったとは思われません(^^)。単にテロの恐怖と闘うのみならず、自らも「中核派への報復=殺人犯」となることが求められたのであり、当時の単に受験エリートで来た東大生で(現に貴方も指摘されたように学内で殺人事件が頻発していたような状況で)そこまで覚悟して革共同同盟員になる人間なんぞ稀有だったでしょう。




  古本屋通信

 27番だけですが、そこらへんがよく解らないんです。私の誤解とも関係があるような ・・・・。
 まず、まだ東大新聞が民青管理にあった1970年代前半、学部(本郷)の自治会の数字は出ていなかったけれど、駒場の正副委員長の得票数は出ていました。民青が第一党で、解放派が続き、革マル派はグッと落ちるけれどそれでも300票くらい取っていました。私の常識では各派鼎立だと、得票数の3割以上は政治同盟員がいなければならない。だから当時の駒場には民青は4桁近くいた筈です。なら解放派もその比率でいたし、革マル派も同様だったと思うのです。
 まず私がサッパリ解せなかったのは、解放派が何処に消えたかという事です。革マル派によってたたき出されたという具体的な記事がなかった。多数が少数によって駆逐されるのはクーデターですからね。
 それから学部では、医学部がブント、文学部が革マル派(これはこの時代に東大文学部を卒業した岡大文学部教授から私は直接聞きました)というのは1970年代半ばまで間違いではないでしょう。医学部は青医連に連動します。文学部の革マル派とノンセクト左派ですが、これがサッパリ解りません。
 その前に革マル派という場合の革共同の同盟員とマル学同の同盟員ですが、われわれが革マル派という場合はふつう後者でしょう。革共同の同盟員なんて学生には殆どいなくて、1990年代の早稲田でも数名だったと聞いています。
 で、東大の革マル派は駒場であろうと文学部であろうと、殆どがマル学同だったと思うのです。そして解放派や中核派とのゲバを担っていたのも、この層だと思いました。必ずしも特殊訓練を受けた非公然部隊とは思えないのです。現に殺されたのは活動家になるかならないかの普通の学生でしたね。解放派が何回か襲撃しますが、彼らとて特殊な殺人部隊とは思えない。まあ百人に近い殺人のかなりはプロ化した特殊部隊のコロシなんでしょうが、私は東大でのゲバ合戦は大衆闘争でのぶつかり合いに毛がはえたレベルに見えました。それにしても革マル派は一般学生に溶け込んでいると思いました。
 次に私が解らないのはノンセクトラディカルということばです。そんなものは一過性であって持続する運動を担えないのではないか。そういう目で最新の新聞記事を見たのですが、この編集は多少はリベラル左派だけれど、基本はノンポリではないかと思いました。駒場で民青がノンポリの七夕選対に負けたことがありました(これはずっと後の1984年でした。当初記事で誤記していました)。あれと変わらないのではないか。
 ノンセクトラディカルということばは1968年の全共闘運動ではじめて登場しましたが、1970年代には消えたとの認識です。敢て言えば法政の黒ヘルと京大の赤ヘルくらいでしょう。でも彼らの場合も夫々中核派とブントとの折れ合いで辛うじて活動が許されたと認識しています。
 東大に於ける無党派の活動家は、駒場と本郷を問わず確かに登場してきています。私には?の存在です。東大だから存在し得たようにも思えます。私は最後のほうのチャンネルで、かなりピント外れを書いたわけですが、その記述の背景には、以上述べたような認識がありました。いささかKM生様の最終投稿に噛み合わない文になりましたが、以上が私の口から飛び出した条件反射的な観想(感想)です。
  1. 2017/07/30(日) 06:27:54|
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