古本屋通信

小田・上田対談を検証する

古本屋通信   No 2707    2017年  07月29日  


   検証・ 『文化評論』 1981年1月号の「小田・上田対談」


有田芳生‏認証済みアカウント @aritayoshifu
小田実・上田耕一郎対談を担当し「文化評論」に掲載したとき、上田さんの名前を先にしました。そのことを「お招きしたんだから小田を先にしないと」と上田さんに叱られました。高校時代から読んできた筆者でいまも健筆をふるっているのは、不破さんと大江健三郎さんだけになってしまいました。




  古本屋通信 

 当時の 『文化評論』 の編集陣(全員)は(K),(H),(Y),(N),(J)の5人だった。その中には有田芳生は入っていなかった。そのことが下記で証明されました。有田は詐欺だ。有田はペテン師だ。そしていま日本共産党を手玉に取りつつあります。有田は党を攪乱・破壊する国家権力のスパイ分子なのです。  
   

 表題で書くが、このエントリーは前々と前の2つのエントリーの続きである。未読の方は前2つを読んでから、お読みください。

 田舎の倉庫に行っていま帰ってきた。表題の雑誌はあったので持ち帰った。それについて書く前に一緒に持ち帰った雑誌と、探してもなかったも単行本の名前を記しておく。『民主文学』 1883年4月号と7月号。これはあった。『反共市民主義批判』(河邑重光著)はいくら探しても見つからなかった。

  『文化評論』 1981年1月号の「小田・上田対談」だが、結論から書く。延々38頁に亘って小田と上田が二人っきりで喋りまくるという異例の対談だった。38頁中に司会者など一度も登場しない。有田の名もなければ、河邑の名もない。匿名の(司会)という文字さえも登場しない。よって私が河邑が司会者だったと書いたのは、私の錯覚であり記憶違いだった。で、ひとこと言い訳だが、これは私が河邑の『反共市民主義批判』を読んだ時の記憶と錯綜していたのだ。

 で、38頁中には対談者以外の名は一度も登場しないだが、この雑誌の最終頁には編集後記にあたる「編集室から」があった。そこには編集部員と思しき五名がそれぞれ数行ずつ担当記事について短文を書いている。但し大抵の編集後記がそうであるように、実名ではなくイニシャルのローマ字である。はじめから(K),(H),(Y),(N),(J)である。これが全員であろう。
 冒頭の(K)の文と二番目の(H)の文だけを写しておこう。


▽新年号にふさわしい魅力的内容と、紙面刷新をと、大いに意気ごんだものの、前号に「新企画のお知らせ」のせたことを悔やみたくなるような事態もしばしば。なんとか公約違反を免れたのは、編集部の若い活力と執念の結果というべきか。はたして読者の評価はいかが?(K

▽これまでなかなか機会のなかった上田耕一郎、小田実両氏が、はじめての対談。ちいさなテーブルで顔を面して、世界と日本の変革をとうとうと熱っぽく語り合う両氏、気がつくと深夜。二人の話は、読者の満足のいくものと密かに自負している。(H)


 上は明らかに編集長・河邑のイニシャルのKである。トップであること、全体の責任者として謙遜していること、そして「編集部の若い・・・」と書いていることから疑いない。

 下はHだから、有田芳生のイニシャルではない。もともと黒子の編集部員だから実名を使わないで、イニシャルを使用する。そのイニシャルをわざわざ自分の氏名の頭文字と違える事はありえない。したがって対談の担当者は有田とは別人のHである。Hはその場にいなかったら分からない臨場感のある文を書いている。

 残りの(Y),(N),(J)の3人も、それぞれ自分の担当した記事についてのみ、数行ずつ書いている。



  『文化評論』の編集陣は5人だ。この中に有田が入っていないことが証明されましたね。

 5人はこれでも多すぎるくらいだ。たぶん編集プロダクションの下請けを使っていない。しかししんどいと思います。


 大嘘は何時かバレるものです。しかし私はわざわざ検証などしなくても、自分の直感を信じます。例えば有田のツイッターに以下がありました。

 有田芳生さんが追加
有田芳生認証済みアカウント @aritayoshifu
渡辺治✖️不破哲三『現代史とスターリン』は不破『スターリン秘史』(全6巻)の解説対談。メドヴェージェフ兄弟のスターリン研究をさらに深めた国際水準に達する内容だ。テロルの時代など国内問題の分析に終始した研究からポーランド占領など対外政策…
0:56 - 2017年6月19日


 不破を褒めているこのツイート自体が、渡辺の文なのか、それとも有田の褒め言葉か、よく分からないのですが、これはわざと分からないようにやっているのです。でも有田にメドヴェージェフなんか分かりっこない。彼らはマルクス主義の立場からスターリン(主義体制)を批判しているのです。分かってたら日本新党経由で民主党などに殺されても行かないですよ。だから渡辺を自分に同化させている。そういう詐欺ですね。まあ渡辺も落ちるところまで落ちました。研究者としての自殺です。マトモナな媒体が今後渡辺を使うことはありえないでしょう。五十嵐仁レヴェルです。


 『民主文学』 1883年4月号と7月号については、別の機会に書きます。それと、決して高くない私の小田・上田対談評価についても。私は宮本は、上田と小田について正しい見方をしていたと思います。


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 文字の大小・色変換は読みにくいと言われる方は以下をお読みください。今回この試みを実行したのは、本来が編集者である私は、出版物は単調な文字だけ、つまり表現手段としてのことばだけで、情報を読者に伝えるべきだと考えているからです。本の例でいえば、みすず書房の本のような単調さが堪えられないのです。しかし以前に一度試みた時には不評でした。


   古本屋通信   No 2707    2017年  07月2日  


   検証・ 『文化評論』 1981年1月号の「小田・上田対談」


有田芳生‏認証済みアカウント @aritayoshifu
小田実・上田耕一郎対談を担当し「文化評論」に掲載したとき、上田さんの名前を先にしました。そのことを「お招きしたんだから小田を先にしないと」と上田さんに叱られました。高校時代から読んできた筆者でいまも健筆をふるっているのは、不破さんと大江健三郎さんだけになってしまいました。



  古本屋通信 

 当時の 『文化評論』 の編集陣(全員)は(K)(H)(Y)(N)(J)の5人だった。その中には有田芳生は入っていなかった。そのことが下記で証明されました。有田は詐欺だ。有田はペテン師だ。そしていま日本共産党を手玉に取りつつあります。     

 表題で書くが、このエントリーは前々と前の2つのエントリーの続きである。未読の方は前2つを読んでから、お読みください。

 田舎の倉庫に行っていま帰ってきた。表題の雑誌はあったので持ち帰った。それについて書く前に一緒に持ち帰った雑誌と、探してもなかったも単行本の名前を記しておく。『民主文学』 1883年4月号と7月号。これはあった。『反共市民主義批判』(河邑重光著)はいくら探しても見つからなかった。

  『文化評論』 1981年1月号の「小田・上田対談」だが、結論から書く。延々38頁に亘って小田と上田が二人っきりで喋りまくるという異例の対談だった。38頁中に司会者など一度も登場しない。有田の名もなければ、河邑の名もない。匿名の(司会)という文字さえも登場しない。よって私が河邑が司会者だったと書いたのは、私の錯覚であり記憶違いだった。で、ひとこと言い訳だが、これは私が河邑の『反共市民主義批判』を読んだ時の記憶と錯綜していたのだ。

 で、38頁中には対談者以外の名は一度も登場しないだが、この雑誌の最終頁には編集後記にあたる「編集室から」があった。そこには編集部員と思しき五名がそれぞれ数行ずつ担当記事について短文を書いている。但し大抵の編集後記がそうであるように、実名ではなくイニシャルのローマ字である。はじめから(K)(H)(Y)(N)(J)である。これが全員であろう。
 冒頭の(K)の文と二番目の(H)の文だけを写しておこう。


▽新年号にふさわしい魅力的内容と、紙面刷新をと、大いに意気ごんだものの、前号に「新企画のお知らせ」のせたことを悔やみたくなるような事態もしばしば。なんとか公約違反を免れたのは、編集部の若い活力と執念の結果というべきか。はたして読者の評価はいかが?(K)

▽これまでなかなか機会のなかった上田耕一郎、小田実両氏が、はじめての対談。ちいさなテーブルで顔を面して、世界と日本の変革をとうとうと熱っぽく語り合う両氏、気がつくと深夜。二人の話は、読者の満足のいくものと密かに自負している。(H)

 上は明らかに編集長・河邑のイニシャルのKである。トップであること、全体の責任者として謙遜していること、そして「編集部の若い・・・」と書いていることから疑いない。

 下はHだから、有田芳生のイニシャルではない。もともと黒子の編集部員だから実名を使わないで、イニシャルを使用する。そのイニシャルをわざわざ自分の氏名の頭文字と違える事はありえない。したがって対談の担当者は有田とは別人のHである。Hはその場にいなかったら分からない臨場感のある文を書いている。

 残りの(Y)(N)(J)の3人も、それぞれ自分の担当した記事についてのみ、数行ずつ書いている。


  『文化評論』の編集陣は5人だ。この中に有田が入っていないことが証明されましたね。

 5人はこれでも多すぎるくらいだ。たぶん編集プロダクションの下請けを使っていない。しかししんどいと思います。


 大嘘は何時かバレるものです。しかし私はわざわざ検証などしなくても、自分の直感を信じます。例えば有田のツイッターに以下がありました。

 有田芳生さんが追加
有田芳生認証済みアカウント @aritayoshifu
渡辺治✖️不破哲三『現代史とスターリン』は不破『スターリン秘史』(全6巻)の解説対談。メドヴェージェフ兄弟のスターリン研究をさらに深めた国際水準に達する内容だ。テロルの時代など国内問題の分析に終始した研究からポーランド占領など対外政策…
0:56 - 2017年6月19日

 不破を褒めているこのツイート自体が、渡辺の文なのか、それとも有田の褒め言葉か、よく分からないのですが、これはわざと分からないようにやっているのです。でも有田にメドヴェージェフなんか分かりっこない。彼らはマルクス主義の立場からスターリン(主義体制)を批判しているのです。分かってたら日本新党経由で民主党などに殺されても行かないですよ。だから渡辺を自分に同化させている。そういう詐欺ですね。まあ渡辺も落ちるところまで落ちました。研究者としての自殺です。マトモナな媒体が今後渡辺を使うことはありえないでしょう。五十嵐仁レヴェルです。

 『民主文学』 1883年4月号と7月号については、別の機会に書きます。それと、決して高くない私の小田・上田対談評価についても。私は宮本は、上田と小田について正しい見方をしていたと思います。
  1. 2017/07/29(土) 13:40:51|
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