古本屋通信

全部口から出まかせではないのか

   番外  全部口から出まかせではないのか



     死人にくちなし

 キンピーサイトの にゃんというペテン師板攪乱分子とよう似ているワ


藤田 省三(ふじた しょうぞう、1927年9月17日 - 2003年5月28日)

鶴見 俊輔(つるみ しゅんすけ、1922年〈大正11年〉6月25日 - 2015年〈平成27年〉7月20日)




有田芳生‏認証済みアカウント @aritayoshifu · 13時間13時間前
有田芳生さんが有田芳生をリツイートしました
藤田省三さんには「日本人にはユダヤ人問題は経験的に理解するのが難しい。でも君たちは小さな全体主義経験をしたのだから、第3部は実感としてわかるだろう。そこから読め」と教えられました。査問経験のことです。藤田さんが離党するときの立会人(そんなことができた)は鶴見俊輔さんでした。




 事実であることを証明する証拠はもちろんのこと、状況証拠さえも皆無である。

 それに丸山の弟子の藤田がマルクス主義者であることは膨大な著作から明らかだが、日本共産党員であったことを本人は公表していたのか。また離党の事実は果たしてあったのか。

 非党員の鶴見が藤田の離党に立ち会うとは如何なる意味か、またその状況はどうだったのか。一般的には離党は本人と党機関との問題であろう。もし藤田が党員だったなら、その所属は東京都委員会直属であったろう。都委員会が非党員の鶴見を党員である藤田の離党の見届け人にするということは一般的にはありえないと思うのだが。


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  川上徹は晩年の藤田を師匠として慕っていた。その状況証拠は多くある。たぶん藤田も党員だったが離党した。然し川上は藤田の離党の事など一言も口にしなかった。藤田が死んで後にも口にしなかった。それが死者にたいする礼節である。嗚呼、あまりにも違いすぎる。
  1. 2017/07/28(金) 21:51:16|
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