古本屋通信

東京大学新聞チャンネル第24回

古本屋通信   No 2705    2017年  07月28日  

    
    東京大学新聞  チャンネル 第 24 1979(昭和54)

【頭註】 このエントリーについては、その後のKM生様の投稿によって、私の革マル派認識が根本的に誤っていることが明らかになっている。即ち1970年代末から東大文学部学友会の執行部を占めたのは革マル派ではなく、ノンセクトラディカルだった。この事実によってすでに無効になった。これは当時この大学の学生だった方の証言だから私は同意する。この時期から東大新聞の論調も急にブレを見せ始めている。報じる学内自治会の取り上げ方も理解に苦しむものが現れ始めたのだ。

 私はこのエントリーは本来削除すべきであると思うが、私の認識の甘さを示すものとして、いま暫らく残すことにした。それと同時に、このチャンネル第24回をもって、東京大学新聞シリーズをいちおう終了する。理由はただ一つである。この新聞がどういう編集方針を採用しようが自由だが、私は1980年代以降の記事の多くに興味が湧かない。一例だが、五月祭記事で「ちょっと気になるあのヒト」とか「東大ミス日本候補」などという企画に付き合いきれないのである。



   7月2日号

 東大文学部は半世紀のあいだ、革マル派の不抜の拠点

 タイトルは古本屋通信が打ったものだが、これまで1966年から1979年までの東大新聞を読んできて、どこの自治会をどこの党派が牛耳っているか、凡その見当は付いていたものの、教養(駒場自治会)以外は明確な選挙得票となって顕在化していなかった。ここに来てようやく文学部学友会(自治会)選挙の記事が発見された。短いので全文を起しておく。


  文学部選挙 現執行部が圧勝

 文学部では、二十三日(土)から二十七日(木)までを投票期間として学友会前期選挙が行われていたが、二十八日開票され、議長団には天クジ一典君を議長に推す「反百年・文ホール解放選対」候補が、全学連選対候補に305票対96票の大差をつけて当選した。また、同時に行われた学友会常任委選挙でも、前学友会、団交実系候補が圧倒的支持を得て大半が当選、前学友会の基本方針を継承していくものと思われる。
 今度の選挙の結果からは、議長団選挙において305対96とのかつてない得票差が出たことが示すように、前学友会、団交実が提唱している「反百年事業・文ホール解放」の基本路線が文学部生に浸透しているものと思われる。また、各学科別投票の学友会常任委選挙では、定員二十九人中二十七人が「反百年選対」でしめられ、昨年來から五、六名は選出されていた民青系候補が今回は一人しか選出されていない点からも、文学部生の「全学連離れ」を如実に裏付けた。そして、新常任委の過半以上が今年本郷に進学した三年生で占められ、若返りの見られるのも今回の特色だ。
 なお、新常任委による弟一回常任委員会は七月中旬までに予定されており、学友会常任委員長・副委員長ほか新執行部は、その際に決定する予定。




  古本屋通信

 読んでの通りだから、東大文学部の選挙結果については解説は要らないだろう。ここでは学生自治会活動は決して党派活動そのものではないという事を書きたい。というのは、我々の世代では常識になっている基本的認識が、今の若い世代では理解を超えていると思うからだ。共産党の志位がシールズという低脳の根無し草を持ち上げるもんだから、チンピラが世界を変革出来るかの幻想さえ一部に生まれている。そういう錯覚にはキッパリと正解を与えねばならないと思うのだ。

 日本の大学に学生自治会ができたのは戦後間もなくだったが、本格的な活動を開始したのは1950年頃からだったろう。全学連の初代委員長は武井昭夫だったが、彼は当時から数百存在した全国学生自治会総連合のトップとして存在した。基本の活動母体はあくまで個別大学・学部の自治会だった。以後1960年代、1970年代と、全学連と各学生自治会の活動はつづく。大学数と学生数の増加はあったが、だいたい全国で500の学生自治会が存在した。これらの自治会の活動の基本はあくまで個別大学での活動だった。しかし学生は政治に敏感だから日常活動とともに政治活動もした。そしたら日常活動と政治活動の双方を継続的に担うのはノンポリでは無理だった。これは良いも悪いもない。出来ないのだ。出来ても一過性の運動は活動として継承されない。上記の東大文学部の何所にも革マル派の名前はない。民青は一箇所だけある。

 少し跳ばそう。学生運動を学外のデモや集会と見ないで、地方議会の活動と見てはどうだろう。各党派が存在するのも似ている。選挙の当選・落選もある。議会活動の大半は政治活動や党派活動ではないだろう。自治体住民のための活動である。またコレをやらないで大口ばかりたたいていては次の選挙では落選するだろう。この点でも学生運動や自治会活動は議会と似ている。日本共産党の地方議員は住民の要求を組み入れて活動するから信頼される。また信頼される議会活動にとって政治党派・会派は必要である。

 東大は各政治党派のオンパレードだから、党派が目立つし問題にもなる。しかし私の香川大学時代に民青なんか何所にもいなかった。いや300人いたけれど殆どが非公然だった。それで良かったのだ。民青300人はあらゆる活動をした。上記の革マル派もよく頑張っているではないか。駒場から本郷に進学してきた新三年生はたぶん二十歳ちょっとだろう。学友会常任委員に当選した二十七名はたぶん全員がマル学同革マル派の同盟員だ。彼らは解放派のテロ・リンチの危険性を熟知したうえで常任委員になった。事実すでに東大生が5人殺されている。私はゲバは絶対に反対である。東大新聞も反対だろう。然しその上で公平に記事を書いている。革マル派も、青解派も、中核派も、社学同もみんなフツウの学生である。加えるなら原理研の学生も。

 私は当時の学生運動を、革命運動の縮図だなどと思ってもいない。だがふつうの学生生活を送っている学生が政治活動にも全身で当たっていた、ある意味で生き生きと輝いていた時代ではないかと思う。その芽を摘み取って青年学生をブルジョア議会の欺瞞に押し遣ったのが新日和見事件の摘発だった。いまの党方針では民青の再建は絶対にあり得ない。断言できる。
  1. 2017/07/28(金) 11:04:52|
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