古本屋通信

東京大学新聞チャンネル第4回

古本屋通信   No 2661    2017年  07月08日  


   東京大学新聞  チャンネル  第 1966(昭和41)

 今回は前回書き残した5月2日号の記事一本と、続く5月9日号の記事三本を紹介する。但しこれらは編集部記者の書いた記事ではなく、全て著名人の署名記事である。文字が小さくて全文が読めないので、大きな活字の見出しだけを青文字で転記する。私の黒文字のコメントも本文記事を読んでの批評ではなく、論じられているテーマと、論じている執筆者についての私のコメントという事になる。記事内容と必ずしも一致しないだろうことを予め断っておきたい。


 5月2日号

◎ プロレタリア詩から詩人会議まで
 大衆に根下す詩の脈流  「詩壇的詩人」も政治性持つ  壺井繁治
詩の大衆性担う詩人会議  働く人の魂のいぶき表出へ  現実の中に生きる伝統  民衆忘れた「詩壇的詩人」  中味の詰った無数の球根

 せめて本文の冒頭部分だけ転記しておこう。プロレタリア文学運動の主体的組織であった日本プロレタリア作家同盟が、昭和九年三月に解散してから三十二年目ななる。この運動の昴揚期には中野重治、森山啓、伊藤信吉などをはじめとして多くの詩人が登場したが、長い年月の風雪の中で亡くなったり、いろいろの事情で詩の世界から去ってしまったりして、1962年10月から発足した詩人会議の運動に参加しているのは、元の作家同盟としてのメンバーとしてはわたしだけである」。
 つまり詩人会議は1962年10月に結成された。これは新日本文学会が戦後殆ど間髪を入れずに結成されたのより遥かに遅い。その新日文はすでに分裂して1965年には共産党系が文学同盟を創った。その文学同盟はたびたび内部騒動を起こして、今や文学組織として力を失っている。いっぽう詩人会議は今日に至るまで微動だにしていない。政治と文学の問題の余波を受けていない。私がここで書きたいのはそれだけだ。それはたぶん表現形式の違いに起因するだろう。詰るところ散文の限界だろう。絵画に喩えるなら具象が何かと問題を生じさせるのにたいし、アブストラクトだと乗り切れる、そういう喩えはピント外れだろうか。



 5月9日号

◎ 「外国人学校制度」への疑問 (政府の姿勢・朝鮮人への暴行等)
  朝鮮人だけの問題ではない 傷害暴行事件も頻発  五十嵐顕
外国人学校制度の新設  不な存在への印象づけ  敵対的態度の教育政策  意図的な傷害暴行事件  真におそれるところ・・・

 これは時事問題だから記事内容を読まないと仕方がないし、読んだとしても既に今日性を失っているだろう。にも拘らず貼ったのは筆者が五十嵐顕だからだ。肩書きは教育の助教授となっている。五十嵐先生こそ川上徹の恩師であり、川上さんが殆ど授業に出席することなく東大教育学部を卒業出来たのは先生のお陰なのだ。これは川上さんが書いていることである。



◎ 読書 「佐藤理論」批判が充実  
 岡正芳著『日本革命と理論闘争』
  田口富久治

 これは読まなくても私も田口先生並みに詳しい。つまり岡が党の4人の常幹のひとりに選ばれた直後に、かつて宮本の右腕として自作の綱領論文をまとめたものだ。われわれは宮本の『日本革命の展望』の解説として読んだ。それよりもやはり東大新聞の真骨頂だな。完全な党文献だからな。それと田口が入党したのは遅かったから、ちょうどこの頃だったろう。かれは元々丸山真男の高弟で、社会党に近かった。共産党員になってからもユーロコミュに近かった。つまり丸山流の近代主義の尻尾を残していた。私は田口を支持したことはない。



◎ 言語表現の物神化と非社会性
 吉本隆明著『言語にとって美とはなにか ⅠⅡ』 
「人間にとっての美」の忘却  粘土の巨人は倒し得たが・・・  
伊藤成彦
副産物は豊か  唯物論美学か  普遍性失なう  スコラに堕す  マルクス主義美学

 やっかいなのを載せてくれるなあ。まあ東大新聞も商売だから吉本の言語美も無視できなかった。伊藤成彦も曲者である。共産党批判では必ずといって良いほど、臆病な現れ方をするナア。近くでは中里喜昭や中野孝次と同じ文脈だったかな?
 然し東大新聞も苦労するね。吉本がトコトンン糾弾した「転向詩人」が上記の壺井繁治だった。私に言わせると壺井の転向はそんなにむごくなかった。それを吉本はトコトン糾弾する。それでいてもっと酷い戦争賛美詩を書いた永瀬J清子とは大の仲良しだった。つまり何の事はない、ナップに対するコンプレックスである。戦中派にはコレが多い。
  1. 2017/07/08(土) 07:10:25|
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