古本屋通信

日本に革命は必要か、不必要か

古本屋通信   No 2615    2017年  06月16日


   「共謀罪」が通過してしまった。

  この日本に革命は必要か、それとも不必要か。


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  先ず冒頭に中国訪問中の江田五月さんが彼の地から投稿した文の一部分を貼っておく。私は6月15日が60年安保闘争で全学連が国会に突入してブント書記局員の樺美智子さんが死んだ日であることをすっかり忘れていた。江田さんに感謝したい。

 日本では国会で、テロ等準備罪の法案が中間報告で参議院本会議の採決がなされたことを知りました。細かな経過は分かりませんが、私たちの世代にとって今日は、57年前に60年安保闘争の最中に東大生の樺美智子さんが亡くなった、記念すべき日です。「忘れまい615 若者の血の上に雨は降る 一人の手が砕かれた すべての手を組ませるため」という歌を心の中で口ずさみながら、年月の流れに思いを馳せました。

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 参院本会議での採決の模様を見た。せっかく記名投票が認められたのだから、戦術には工夫があってもよかったのではないか。牛歩戦術で抵抗したのは社民党の福島と自由党の森ら3人だけだった。結局可決されてしまった。少し書くことにする。

 昨日もまた連れ合いが駅前を通ったら、森脇久紀さんが参院での可決を受けて街宣していたそうだ。石井ひとみさんもいて、目が合い手を振ったと嬉しそうだった。けど街の雰囲気に変化なく、悪法通過の危機感はなかったと云う。私は今日6時からの駅前の野党共同街宣に行く。まさか民進党が来ないということはないだろう。それも含めて街の雰囲気を自分の目で確認したい。

 「共謀罪」は「テロ等準備罪」と名前を少し変えて通過した。詰まるところ、日本革命を双葉のうちに摘み取るどころか、その片鱗さえ見逃さず計画段階で根こそぎ根絶する現代の治安維持法である。「一般市民」をも摘発の対象にするのはその通りだが、あくまで国家転覆を未然に防ぐための法である。つまり人民の人民に拠る人民のための革命の否定である。だから究極には、この日本に労働者階級の独裁(プロレタリア革命)は必要か、それとも不必要かという問題に行きつく。だが、そういう議論はまるでタブーであるかの如く回避されている。これでは「共謀罪」の本質には迫れない。つまり人民の革命権を堂々と主張して初めて世紀の悪法と対決できる。

 この状況認識に係わる1,2を挙げておこう。申し訳ないが、田中のぞみちゃんが市議になる前後に、「革命なんてとんでもない、そんな大それた事は考えていません」とブログに書いていた。私が叩いたからでもなかろうが、再度書くことはなかった。田中さんは40歳の共産党市議である。この認識は彼女だけの認識ではあるまい。京都の旧い党員は「今や党の周辺では「革命」という言葉が使われることは殆んどない」と言っていた。何のための日本共産党であることやら・・・・。

 1970年代の早い時期だったろう。日本共産党が党綱領からプロレタリア独裁の語を消した。「独裁」の訳語を「執権」に替えた。更に原語の「ディクタツーラ」に替えた。党は大月版『レーニン全集』の広告さえも赤旗に掲載しない徹底ぶりだった。最終的に綱領から削除してしまった。私はイヤな気がした。プロレタリア独裁こそ共産党と社民主義を別ける唯一の指標である。このことはレーニン主義のイロハである。

 まあレーニンは措いて、プロ独に就いて一言で云えば、プロ独は絶対に必要である。その前提には、この資本主義社会がブルジョア独裁社会として、一握りの資本家が富を欲しいままにする、労働者人民にとっての疎外社会であるとの認識がある。労働者人民は資本主義的労働の中にあって、自分を自分と感じる事が出来ない。労働者人民は、そういう社会を転覆させて、労働者の権力を打ち立てる権利がある。これが革命権である。権力を奪取した労働者階級は資本家の反革命を未然に防止するために、あらゆる暴力装置を使って反革命を叩きツブすのである。なにも怖いことではない。当たり前のことである。

 私はこのブログを開始して以来、多くの記事を書いてきたが、日本共産党の党勢については殆んど書いていない。民青同盟についても同様である。なぜなら革命を忘れた党と民青が増えることはないし、かりに増えても仕方がないからだ。61年綱領は大衆的前衛政党の規定だった。今や「前衛」を捨てて「大衆的」でさえもなくなった。

 私は革共同の綱領を支持しない。中核派の「党の革命」の大衆化方針も支持しない、それでも下記の高校生への訴えには学ぶべきものがあろう。それは日本革命を肯定している点である。斎藤郁真と洞口(「ほらぐち」さんと読む)朋子の背後には少なくとも数百人の斎藤郁真と洞口朋子がいるだろう。さあ民青は彼らに勝てるでしょうか。もう少し中核派を意識した方が宜しかろう。




 週刊『前進』 発行日: 2017年6月15日 第2852号 学生運動
 全学連から高校生のみなさんへ 資本主義 終わらせよう
 この国には革命が必要だ
 全学連委員長(法政大学) 斎藤 郁真
 高校生のみなさん、こんにちは! 私たち全日本学生自治会総連合(全学連)は、日本中の大学で学生運動を取り組んでいる団体です。この社会を変えるためにともに立ち上がることをみなさんに呼びかけます。
 今年1月、国際NGOオックスファムが「『世界で最も富裕な8人』が『最も貧しい36億人(=地球人口の半分)』に匹敵する資産を持っている」と発表しました。日本では「上位40人の金融資産は下位6千万人(=日本人口の半分)のそれに匹敵する」そうです。学校の1クラスの人数の大富豪と、東京都の人口の5倍の人数が持っている資産の合計が同じだというのです。
 日本でも、この5年間で格差が急拡大しました。「景気が悪い」「国に金がない」「消費税を上げなきゃいけない」などの5年間の議論は何だったのか? 安倍政権は、オトモダチに加計やら森友やら学校をつくらせ、国の土地と税金を配り、地方自治体にまで金を出させて私たちの血税を吸い上げています。
 僕らは生まれる時代を選べない。でも競争を強いられ、「負ければ惨めな人生が待っている」という脅迫を受け続ける。何をするにもお金が必要で、勉強する時間や快適な環境、何もかも経済状況に左右される。圧倒的大多数は、フェアじゃない競争というただのクソゲーを人生にすることを求められる。
 この国が「自由」で「平等」? そう感じられる人はどれほどいるのか。サービス残業を強いられ、賃金が低すぎて残業や複数の仕事をかけもちする労働者の生活にどれほど自由があるのか。仕事やバイト・授業で忙しい毎日、自分たちのために何もしてくれない政治にどう興味を持てというのか。生きている人間が誇りを持てないのに、国家は誇りを語り、「強い国」のために私たちが受ける理不尽を正当化する。
 この国には今、本当の革命が必要だ。変わるべきは日常であり、私たち自身だ。自分は労働と生活で大変だから「政治をやってくれる政治家が必要」というのはウソだ。逆だ! わずかな金持ち、それと癒着した政治家のやりたい放題で、僕らは日々の生活を大変にされている。
 生まれる時代は選べないが、生き方は選べる。ともにひっくり返そう! 学生自治会や労働組合----古くさく見える方法だけど、団結して個人の限界を超え、奪われた社会の決定権に実力で介入しよう!
 団結を大事にする運動が世界中で盛り上がっています。アメリカの反トランプ運動や韓国のパククネ大統領打倒、それらの運動は国境を越えてつながり、「新たな世界のカタチ」になりつつあります。
 グローバル化という名の世界規模の賃下げ、労働条件悪化、非正規職の増加を背景に生まれた格差の現状は世界共通です。政治は腐敗し、既存の政治潮流は崩壊。ナチスを連想させる「自国第一主義」が再び台頭しています。東京都知事・小池百合子の都民ファーストの会もその一つです。
 全学連は、東京都議会議員選挙(杉並区)で北島くにひこさんを推薦し、労働者民衆の新しい政党を登場させることに挑戦します。ここに学生・若者の希望と未来があります。都議選をきっかけに、多くの仲間と社会への思いを語り合えることを願っています!


 大坂正明さんと共に闘う
 全学連救援対策部(法政大学) 洞口 朋子
 みなさん! 「中核派の大坂正明容疑者を殺人罪で再逮捕」というニュースを見ましたか? 5月18日、警視庁は私たちの仲間Aさんを「公務執行妨害」でデッチあげ逮捕し、6月7日にはAさんを「大坂容疑者である」として「殺人罪」でデッチあげ再逮捕しました。絶対に許せません!
 国家権力は、1971年11月14日の「渋谷暴動闘争」で警察官が死亡したことに対し、星野文昭さんを42年間も獄中に閉じ込め、大坂正明さんを46年にわたって指名手配し続けてきました。しかし星野さんも大坂さんも無実です。物的証拠はゼロ。唯一の「証拠」とされた供述調書は警察・検察のねつ造でした。
 大坂正明さんは私たちのかけがえのない仲間です。デッチあげで一人の人間の青春も人生も奪う。これは国家犯罪です。渋谷暴動闘争は、米軍の占領が終わってもなお「戦争のための基地」を押しつけられることへの沖縄の怒りに、本土から応える闘いでした。大坂さんや星野さんを含めた全学連は、その決起の先頭に立ちました。「殺人罪」デッチあげを粉砕し、仲間を取り戻そう!
 今、大学生の半数以上が奨学金を借りています。私の後輩は、奨学金を返すためにバイト漬けの日々を送り、心も体もボロボロになって1年で大学を辞めました。私立大の学費は年間約100万円、国立大は約54万円。入学と同時に学生・保護者は貧困に突き落とされ、「奨学金」という名の借金地獄が学生の人生を奪っています。高校卒求人数が激減しているから、学費が高くても大学に行かざるを得ない。「奨学金」「学生の貧困」は、労働者(=保護者)の収入減と重なっています。労働者の貧困が、子ども・女性の貧困に直結しています。奨学金事業を担う日本学生支援機構・運営評議会委員の前原金一は、「放っておいても良い就職はできない。防衛省に頼んで1、2年のインターンシップをやってもらえば就職は良くなる」と言いました。奨学金制度が学生を貧困にたたき落とし、自衛隊に送り込もうとしています。こうした大学・教育のあり方を変えたい思いで、私は仲間とともに学生運動をやっています。
 昨年から「18歳選挙権」が解禁されましたが、高校生も教師も学内での政治活動は禁止され、管理教育が強まっています。大学も同じです。法政大では、政治的ビラをまくことも、戦争反対のデモ・集会もすべて禁止です。この現実に抗議の声を上げた学生は、私も含めて停学・退学処分を受けました。今年4月、東京都庁で働く非正規職の女性労働者が、福島切り捨て(被曝と帰還強制)反対の署名を職場で集めたことを理由に解雇されました。これが小池都知事の正体です。社会を動かす労働者が、低賃金・無権利で使い捨てられるような社会は絶対に間違っています。
 「政治は一握りの政治家がやること」「労働者・学生は何年かに1回投票するだけ」----この現実をひっくり返したい。私たちは東京都議選に出馬する北島くにひこさんとともに、自民党でも民進党でも共産党でもない、労働者の新しい政党をつくることに挑戦します。
  1. 2017/06/16(金) 01:40:00|
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