古本屋通信

詩誌『日本主体派』(前衛文学会)

古本屋通信   No 2573    2017年  05月22日


  詩誌 『日本主体派』 (1950年 第二集 岡山前衛文学会)


 先ほど片付け屋さんから古紙業者さんを通じて、かなり大量の短歌雑誌が入った。一部戦前のものもあるが、主として昭和21~25年発行の短歌結社の小雑誌である。地域は全国にわたる。残念ながら古本としては銭にならない。表題の詩誌『日本主体派』 は18ページの小冊子である。

 他に岡山関係では以下があった。

『女人随筆』(創刊号~第40号)、 『愛生』(第4巻第4号 長島愛生 昭和25年)、 『王山短歌』(国立岡山療養所王山短歌会 昭和25年)

は昭和43~55年にかけてのもので新しいが、創刊号から纏まって出るのはめずらしい。然し個人的には興味は薄い。は共産党員が中心だと思うが、初期ゆえによく分らない。は悪名高い光田健輔が巻頭文を書き、永瀬清子が詩の選者になっている。の巻頭歌は服部忠志である。

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 此処では表題の『日本主体派』を取り上げ、出来るだけ忠実に再現することを試みたい。尚、岡山県内図書館を横断すると『日本主体派』第二集は皆無だった。岡山県立図書館に一冊在庫する 「日本主体派 前衛文学会 1949」 は第一集であろう。

 


  日本主体派  第二輯  1950年2月刊


  戦後派文学とその開示性(其の一 序) ・・・・・・・・・ 西川一郎 (8頁分3段組の長文評論ゆえに省略せざるを得ない)


 爆心地の鳩    小 野 十 三 郎

土砂ぶりの
雨の中に
ぐーと鳩がないていた。
爆心地にすみついた鳩のなきごえだ。
日暮れまでまだ間があるのに
あたりはうすぐらい。
物産陳列館の円屋根には大きな穴があいていて
雨はそこから
ようしやなくふりこんでいた。



 雲に寄せる抒情     西 川 一 郎

雲は美しい
なかんずく夕映えのなかに浮かぶ雲
だが
一天掻き曇るとき
篠突く嵐を
常に恐れよう

やがてほの暗くたそがれてゆく空

雲はしだいに動きはじめた



日本の居酒屋で ー 中国人民政府樹立の日に ー 吉塚勤治

タワリシチ、今夜は飲め!

アジアのどまんなかに
どかんと開(あ)いたでつかい窓。
窓という窓から開放の歌声わきあがり、
街でも村でも爆竹の音。
そこの四つ辻ではヤンコ踊り
ヤンコ踊りをとりまく民衆の顔・顔・顔。

タワリシチ、今夜は飲め!

ここは日本の小都会。
しめつぽい土間ではこほろぎが鳴く。
だが煤げたはだか天井の下で、
焼酎飲んでるふたりにも、
いま新しいアジアの嵐が吹きつける
なだれる歌声とともに。

タワリシチ、今夜は飲め!

ポケツトの底をはたくがよい。
それから腕を組んで
マントのような風のなかを
すののめくるまで歩こうよ。
明日はまたガリ切り、ビラはり
地味な煉瓦積み仕事の連続だ。

タワリシチ、今夜は飲め!




 世 代   内 田 栄 一

國税滞納処分差押物件とはりがみがされたラジオが音ひくく鳴り

往還をはしる自動車がはけぐちのない商品に砂ぼこりをかけたててゆき

便所の臭ひがふちのない畳で飯を食つてゐる家族のあいだをただよつてゆき

はだか天井からはねずみのふんが思ひだしたやうに落ちてくる家のなかでは

ゆがめられたこのやうな情景が公然とつくりだされてゐる現実に腹をたて

平和で自然な世の中を生みだすためこんなひずみをなくしてしまわねばならないと

ちからいつぱいの仕事を押しすすめてゐる人民の政党の候補者へ

いちにちでもはやくそれが実現されるようにせつせつの願ひをかけながら

総選挙の日そろつて希望の票を投じたちちははのほかに

このやうな矛盾した風景に若い胸をいためつけられてゐるひとりのむすこが

ものの五分もをればからだぢゆうに蚤が喰ひ入つてくる部屋にあぐらをくんで

ともすると全身の力をうばはれどうにでもなれとねころんでしまふ絶望とたたかひつづけながら

なやみになやみいかりにいかつたあらい息と逆流する赤い血のしぶきとを

いちまいの紙片の白に吐きかけ散らしまいてただひとつきりの詩を書きつづるため

かたい鋼ともなりまたそれゆえにもろく崩れさらぬともかぎらぬ若い胸を燃えたぎらしてゐる

(内田栄一は岡山市西大寺町の古書店主。最近30年前まで岡電西大寺町電停前に店があった。古本屋通信


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 雑記 (編集後記に当たる)

とにかく私はゆかねばならない。と同時に耐えなければならない。この錯乱、この絶望の中になお絶望しきれないものを絶叫し、そして自らそれを肯定し得るだけの自信をもたねばならない。と云うことは与えて下さいと手を受けていのる時代でもなく、ましてマルチザン的な藝術への反逆でなければならない。その中間に血まみれになつている私自身を自覚しなければならないと云うことだと私は考える。 (三垣)

「第一回岡山秋の詩祭」は昨年十一月二十六日(土曜日)午後一時から前衛文学会が主催し、岡山市旭東小学校講堂で盛大に行われた。岡山詩話会、東京世紀の会が協賛し、山陽新聞社、夕刊岡山、縣教育委員会が後援した。この日集つた聴衆は約五百、先ず西川一郎氏が壇上に立つて開会の挨拶をし、続いて小野十三郎氏の 「現代詩の諸問題をめぐって」 と題する講演があり、氏は満身に力をこめて批評精神こそ現代詩の抒情をより高めてゆくものであると約四十分間熱弁をふるわれた。引続き金光洋一郎氏が司会に立ち、永瀬清子「散文詩について」、吉塚勤治「詩と生活」、山本遺太郎 「詩と映画」、吉田研一「詩と演劇」、西川一郎「詩と反逆」、内田栄一「詩の勉強」。中務保二「詩人に望む」 の諸氏によるパネル講演があり、次に中間出演として音楽を入れ、詩誌「遠望」会員等によるピアノ独奏、独唱等を行つた。最後に郷土詩人十数名による詩の朗読があり、午後四時半頃閉会した。最初の試みではあり、反省せねばならない点も多々あつたが、全郷土を挙げて、詩人やその他の文化人たちが積極的に動いたことは、大きな意義を持つものであつて、一般に与えた影響も相当大きかつたと思っている。以上極めて簡単に報告する。 (内田)

「日本主体派」は誌名が示す通り、一つの純粋な主張を掲げて文学運動を展開せんとして発行したのであるが、種々な関係で今少しの間あまり純粋でないとしか言えない現状のままで行くことにした。甚だ残念ではあるが追い追い充足した内容をもりたててゆく積りである。絶望の中にあるとはいえ、われわれは先ず何よりも行動しなければならない。僕たちは詩が書けると自分で思いはじめたらもう発展はないと考えねばなるまい。
 それから僕の一身上の都合等あつて、今まで編輯から校正まで全部内田栄一君にやつて貰つていたが、近く同君も上京することとなり、次号より僕がやることにしたから、繁雑を免くため一貫して以後「日本主体派」に関する原稿通信等は直接別記に送られたい。発行所は現在のまま内田書店内に置く。三垣登紀子君にも編輯の方を一緒にやつて貰うことにした。金光洋一郎君のエツセイ「日本的探究」は紙面の都合上次号に廻した。彼のアルバイトによるこのエツセイはわれわれ現代に文学するものにとつて、大いに考えさせるものがある。期待して貰いたい。 (西川)
  1. 2017/05/22(月) 17:36:53|
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