古本屋通信

労基法の残業規定がよく分らない

古本屋通信   No 2560    2017年  05月15日


    労基法の残業上限規定がよく分らない

 こういう表題で書き始めると必ず党低脳カルトが図に乗ってチャチャを入れるから、予め釘を刺しておく。私は香川大学時代に住田教授の労働法概説を受講している。また1970年にはじめて労働者になったとき、必要に駆られて労基法はトコトン研究した。但し学問的研究ではなく、職場のたたかいの武器として労働旬報社の本を勉強した。それを前提にして書くが、すでに労働者でなくなって久しいから、書くことに現在的切実さがない。どうしても他人事の評論になってしまう。そこで控え目に、私の疑問を最低限書いて問題提起とする。自分でも自分の書いている事が正しいと断言できないのである。

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 労基法を戦前の前史まで戻って考察することはしないが、この関連法規の本来の意図は労働者の保護などという人間味のある法ではなく、資本家階級が個別資本の搾取・収奪のなすがままに任せておいたのでは、やがて再生産のための労働力は死滅してしまい、恒久的な搾取・収奪が出来なくなるという総資本の利益の立場から、個別資本に一定のブレーキを懸けたのである。これは戦後の労基法にもそのまま引き継がれている。例えば女子労働者の労働時間の制限などに見られるような、搾取・収奪の制限である。母体を保護しないと搾取できる労働者は再生産できないのである。

 私はここから労基法に対する自分の見方と対応を一気に出すことになる。労基法そのものがブルジョア法規である。よって労働者階級と労働組合、および労働者階級の前衛である日本共産党は、労基法の改悪に対しては断固たたかいぬかねばならない。しかし労基法そのものを改善する具体的提言をしてはならない。きわめて明快な結論である。崎本なんか不勉強なくせに体感でもって放言するから、労働者はたまったものではない。

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 労基法の当面する課題である時間外労働の上限について。安倍政権が持ち出してきた月100時間をトンデモナイ労働者破壊と見做して反対するのは当然である。階級的労働組合の立場はハッキリしている。資本家階級から出されてきた提案が労働者にとってプラスか、それともマイナスか。それだけだ。労働者の側から労働時間の上限の具体案を明示することは妥当ではない。なぜなら労基法それ自体が総資本の最大限搾取のための法律だからだ。これに足を掬われる提言は敵の土俵に引き摺りこまれることを意味する。繰り返す。労基法の改善・改悪に賛否を表明するのは正しい。しかし対案はあり得ない。

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 私は時間外労働の上限は月100時間であろうと月10時間であろうと、労基法で一律に規定してはならないと思う。残業ゼロで食える賃金をよこせ、が基本だから、残業時間の枠の一律化など論外である。

 然し、残業は現状ではしばしば労働者の要求でもある。労働者にとって好ましい法規定は労働者に有利なそれである。してみると労働条件は個別労使の間で、力関係によって決定するしかない。極端には36協定で決定される上限が100時間ということもあり得る。私はそういう36協定が労働者にとって不可欠である例も知っているが、ここでは書かない。先日の私の記事の末尾に全労連の見解を貼った。歯切れは必ずしもよくなかったもののコレが正解であろう。
  1. 2017/05/15(月) 12:00:15|
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