古本屋通信

土佐高知(大西まさすけ)の沈没

古本屋通信   No 2512    2017年  04月09日


     土佐高知の雑記帳(大西まさすけ)の沈没=転向

    古本屋通信のランキング
    ブログ     241位 (昨日:247位) / 114914人中
     店長ブログ  6位 (昨日:7位) / 3121人中
     更新日時 : 2017/04/09   06:42


 それなりに面白く読ませたブログ「土佐高知の雑記帳」が、見る見る生気(活気、精気、覇気)を失って、ただの俗物の党カルトに変わるのに時間は懸らなかった。幡多地区委員長を辞めて高知市近郊に移ったときには、既にコメンターのネオ・トロツキストの投稿は消えていただろう。このマルキストは党員大西の陥没を見逃さなかった。私もまた見逃さなかった。いま大西は最悪の選択肢を採用し、なんと幡多地区エリアの四万十市長選挙に出るそうな。実の息子はすでに四万十市の議員だという。今回の春名文ではじめて知ったが、大叔父の大西正男氏は自民党の代議士だったそうな。まともなコミュニストが絶対に選んではならない選択肢だ。人間は堕落すると歯止めがかからなくなるナ。どこが堕落かって? 党の親子同一都市議員はありえない。それに親族に自民党議員(故人)がいての立候補は、たとえ党派が違っていても准世襲立候補である。それは下記の平野貞夫の応援からも明らかである。サイテイである。

 私は今回の大西の市長選挙立候補を、彼の共産主義者からの転向と見做す。日本共産党員であることに何の変わりもなくても転向である。それはつい2,3年前の自分の主張を完全に放棄し、それとは異なる党の主張で選挙に出るコトからも明らかである。大西は「土佐高知の雑記帳」の中で一貫して野党共闘と正反対の主張を繰り返してきた。たしか浜川百合子が出た選挙で、彼は民進党を徹底批判していた。民進党は候補者を降ろして浜川を支持せよとの過激な主張であった。それとは直接関係ないが、今も「土佐高知の雑記帳」で顕われるトップ表示は以下である。



土佐高知の雑記帳 
1、有田芳生氏について.
「週刊朝日」を図書館で読んだ。 筆坂氏のインタ ...
2、一時停止違反でタイホする(^o^)
一時停止違反でタイホする(^o^). 昨年、12月26日午後3時ごろにおき ...
3、土佐高知版「部落解放同盟」略史
高知新聞」岡目八目考⑦】 部落差別の根絶をめざした部落解放同盟が ...
4、まがいもの運動論と決別せよ!!
まがいもの運動論と決別せよ!! 人はここまでもお人好しに自分の運命を ...



 クリックして読めば判るが、1,3,4はそれなりに筋が通った左翼の主張であり、まがいものの右翼社民≒民進党系に対する鋭い批判である。下の春名の記事に登場する平野貞夫が肯定的に引いている井上泉元社会党代議士なんていう輩は、高知県の部落解放運動を破壊した張本人だった。よもや忘れはすまい。この男のために高知の教育がどれほど破壊されたことか、山原健二郎と高知県党は血と汗を流して戦ってきた。これについていま調べたがネット上には記録が見つからなかった。私がこの男に特に注目したのは彼が京大教授の井上清の実弟だったからだ。解同県連の顧問だったろう。然しそういう記録は痕跡もなく消されていた)。大西はつい最近自分はが書いたことにさえ目をふさいで選挙に出た。これが転向でなくて何であろうか。ついでに有田芳生に応援演説に来て貰ったらよい。有田は絶対に来ないだろう。こりゃ、大西、自分の書いたことくらい憶えておけ。そして責任を持て。

 以下に転載するのは最新の春名の記事だが、これは一応大西の転向とは別問題だろう。別に区別してコメントしておこう。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 平野貞夫元参議院議員が四万十市の党予定候補を応援
2017年4月8日  日本共産党高知県委員長  春名直章  行っちきち戻んちきち
 今日(8日)は歴史的な一日でした。元自民党県連幹事長で、参議院議員を務め、離党後、自由党結成に参画し、小沢一郎さんの懐刀と言われる平野貞夫さんが四万十市のわが党市長予定候補の大西まさすけさん、市議補欠選予定候補の川渕せいしさんの応援へ、はるばる在住の千葉から来てくださり、雨が降りしきる中、四万十市内4か所で街頭にたちました。もちろん我らが白川よう子比例予定候補も愛媛県の久万高原町から駆けつけてくれ、二人の押し上げの訴えをしてくれました。

 平野さんは、「いまは異常事態。安倍政権は戦争国家をつくっている。戦後憲法の根本的改変をすすめている一大事。保守も革新もない。大西さんは同じ土佐清水の出身、大叔父の大西正男氏下記参照)は自民党の代議士、大西、井上泉元社会党代議士、山原健二郎元代議士らと交流もさせていただいた。いのちを守るために、四万十市の力を生かすために大西さんを、そして川渕さんをよろしくお願いしたい」と、心のこもったごあいさつをいただきました。歴史は動いています。

 大雨をついて、4か所の演説会には100名超の聴衆。そのなかには元四万十市長の田中全さん、「猟師が釣って、猟師が焼いた、はっはっ」でおなじみの土佐明神水産の元社長で、いま明神電気船舶株式会社代表取締役社長の明神照男さんのお顔も。保革を問わず、野党と市民の共闘で政治を変える、大きな希望を示した演説会でした。

 四万十市長選、市議補欠選挙は、4月16日告示、23日投票。市長は安倍政権べったり自民党の現職との一騎打ち。補選は自民系、民進系と2議席を争う三つ巴の大激戦、大接戦。大西まさすけさん、川渕せいしさんへのご支持をお広げください。四万十市にお知り合いの方がおられたらぜひご連絡ください。☎0880-34-3174、ファックス050-3737-1309(いずれも日本共産党幡多地区委員会)





    古本屋通信

 
  春名も高知県委員長になったばかりに大変な苦労だナ。

 単純な事実をあげておこう。私が「土佐高知の雑記帳」を愛読し始めたのは、このブログを始める以前であるから、もう7年になる。いっぽう春名のブログは彼が衆院ブロック候補になって以後である。もう4年になるだろう。両者の記事中に互いの他の名前を確認したことは一度もない、大西は地区委員長だったから高知県常任委員だったろう。春名も県常任委員だった。数年間のあいだに県常任委員会と県委員会の会議は無数に開催された。非公開の会議ではあるが、春名は多く書いている。然し一度も互いに名前を書いていない。つまり犬猿の間柄だった? それはそうだろう。大西はカルトではなく、平気でギリギリまで党中央批判を書いていたからナ。

 多く言いたくない。しかしハッキリ言おう。春名には県委員長は荷が重過ぎる。早々に交代してもらえ。同じく後藤勝彦も島根県委員長は無理だ。つまり自分のブログで自己主張するようなタイプは、県委員長だけでなく、機関の専従は務まらない。よ~く他県の指導部を見てご覧。岡山の石井さんや植本さんが露出していますか? 東京都委員長が露出していますか?

 春名はさいきん他県に出かけて行かなくなったのはヨロシイ。だけどあいかわらず喋り過ぎです。だからいっぱいボロが出ています。

 ちょっと考えてご覧。記事中の平野の応援演説だって、その場かぎりにして記録に残さない方がよろしい。まして平野が喋った「大叔父の大西正男氏は自民党の代議士、大西、井上泉元社会党代議士」など、絶対にタブーです。書くから古本屋に突っ込まれる。ヤッパ春名は偏差値が低い。四国の国立の教育学部ではダメなんかなあ。私もそうなんだけどさみしいなあ。だから切られるのです。もっと利口になりなさい。オワリ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

  参考   ウィキペディア  大西正男
大西 正男(おおにし まさお、1910年10月12日 - 1987年9月18日)は、日本の政治家。
高知県出身。弁護士・衆議院議員の大西正幹の長男。東京帝国大学法学部卒業後、検事を経て弁護士となる。1949年、第24回衆議院議員総選挙に高知県全県区から立候補し、初当選(当選同期に池田勇人・佐藤栄作・岡崎勝男・前尾繁三郎・麻生太賀吉・橋本龍伍・小渕光平・西村英一・橋本登美三郎・福永健司・塚原俊郎・藤枝泉介・木村俊夫・稲葉修・河本敏夫・床次徳二・有田喜一など)。以降当選9回。

自治、外務政務次官などを経て、1979年11月、第2次大平内閣の郵政大臣として初入閣。翌年の7月まで務めた。

自民党内では傍流の三木武夫→河本敏夫派に属し、河本派の代表世話人を務めた。

1987年9月18日、肺癌のため都内の病院で死去。76歳没。大西の地盤は、弁護士や県議会議員を務めた山本有二が継いだ。

ドキュメンタリー「天皇の世紀」に、地元・土佐の後藤象二郎役で出演したことがある。
  1. 2017/04/09(日) 04:02:55|
  2. 未分類