古本屋通信

「紙屑拾いや・・生えた古本屋・・」

古本屋通信   No 2508    2017年  04月07日


 紙屑拾いやボロ屋に毛の生えた古本屋。随分威勢いいことだ


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    更新日時 : 2017/04/07    06:43



  2ch の書き込みはふつう見ないし、相手にしないのだが、多少毛並みの変わった一行だけの投稿があったようだ。興味深いのでチョットだけ反応しておこう。

 紙屑拾いも、ボロ屋も、今ではすっかり死語になった職業だが、私の子供の頃、今から60年まえには生きていたかなあ。

 いや紙屑拾いは職業ではなく、ルンペンだとか浮浪者の代名詞だったナ。これはもともと花街(遊郭)で遊女が商売で使って捨てた高級おとし紙を回収する仕事だった。然し売春禁止法の施行と共に消えた。だから私の子供のころは存在していなかっただろう。近頃あるとすれば職業ではなく清掃ボランティアだろう。

 ボロ屋はふつう不要になった衣類を扱う。私の子供の頃は田舎に定期に回ってきた。売買ではなく無料で供出したと思うが、高級な和服などは買い取ってくれた。今の廃品回収業者も、私の店に出入りする業者は(町内会の廃品回収で)扱っている。しかし街を流して回るチリ紙交換さんは扱わない。高級ブランド衣料の古着は別ルートで流通する。

 で、表題の投稿だが、「紙屑拾い」も「ボロ屋」もそれ自体は差別用語ではない。だが、これに「古本屋」を結びつける連結語「毛の生えた」を使った途端、何やら差別的な響きを持ってくる。「紙屑拾い」も、「ボロ屋」も、「古本屋」も何やら賎業の色彩を帯びてくる。

 いまの時代には「紙屑拾い」は存在しないが、「ボロ屋」つまり、片付け屋や廃品回収業者、それに古本屋も賎業なのか。いや、これは何も新しい発見ではない。つまり人が不要になって捨てた物資を拾って(回収して、或いは買い取って)ゼニに換える、それで生計を立てる職業に対して、昔も今も投げかけられる軽蔑である。しかし人びとの潜在意識にあっても、普通は表面に顕われない。差別とはそうしたものだ。

 私は古本屋を始めてからずっとそういう潜在意識と付き合ってきた。たたかってきたのではない。付き合ってきたのだ。しかし私が嫌うのはそういう古本屋に対するマイナス感情ではなく、それと表裏一体のプラス評価である。つまり意味のない、文化の担い手だとか、滅びる文化財の発掘だとか、歯の浮くような賛辞である。

 片付け屋、廃品回収業者、古本屋は賎業ではない。職業に貴賤はないというような事を口にするだけで恥ずかしい。

 もと文の 「紙屑拾いやボロ屋に毛の生えた古本屋。随分威勢いいことだ 」 は、前半・後半独立した2文を、「なのに」、「のくせに」で繋ぐと、意味が一層鮮明になる。そういう意味以外ではない。つまりうらぶれた職業の者が一人前に威勢のいい事を言うな、と。コレ職業差別以外の何者でもない。

  この投稿者は日本共産党員である。まちがいなく党員だが、それを証明するのが本意ではないから、ここでは書かない。ただこの男が以前、「日本共産党(の27回党大会議案を書いた党グループ)は、大会議案を書くくらいだから、古本屋なんかよりも数十倍も頭がよい」 と投稿したことだけを指摘しておこう。つまり党中央(志位指導部)は大会議案を書いたというその事実に依って、「紙屑拾いやボロ屋に毛の生えた古本屋」よりも数十倍頭がよいそうである。

 まとめ。 他人の捨てたものをゼニに換える職業は賎しくないし、その逆でもない。 大会議案を書くのは党指導部の仕事であって、それが書けるから他よりも頭がよいとはいえない。 これが2chとの最後のお付き合い。喜んで投稿しても相手にしない以前に読まないからナ。

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 せっかくだから同じ男の至近の投稿。


春、発情の季節だね。また岡山のエロヒヒジジイが福山市議会に押しかけるのか。北朝鮮の犬の子、ゴミ本売りのヒヒ爺さん
 ここにはもはや恥の感覚(観念)はない。ことばは唾棄するものらしい。日本共産党員としての誇りの欠片も認められない。コレ党の議員が実名で(自分のページに)書いたら一発で炎上して辞職だナ。そういう認識は皆無なんだろう。
  1. 2017/04/07(金) 01:25:36|
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