古本屋通信

わが師匠たち(番外)

古本屋通信   No 2492    2017年  03月29日


    わが師匠たち(番外)


  私の通信は左翼ブログを自任している。理論的なものは少ない。エッセイ風によんで貰おうという文でもない。通信文だからジャーナリズムになるのだろう。個人的な記述を避けるつもりはないのだが、思い出話しは少ない。ところがたまたま書いた藤森先生関連の記事に思いも寄らぬ拍手が付いた。意外だったが気分はよかった。また、少し前に書いた 「通信 No 2455 F書店時代の後輩Mさん」 に昨日拍手があった。これには時々拍手があるのは知っていたが、なんと27個も付いていた。ビックリした。たぶん20分くらいで書き上げた文である。ローカルだし、Mさんの本名を知っている人など、私の読者にはいないだろう。何が受けるかサッパリ分からない。

 不人気なのは直前エントリーである。私はコレには拍手喝采を期待していた。志位委員長のアメリカ行きをクサしたのは受けなかったみたいだ。ヤッパ核拡散防止条約の延長線にある今回の会議と言っても、説得力がないんだろう。帝国主義列強が反対しているから、余計リッパに見える。すこし冷静に考えれば、コレが所詮は国連劇場のイベントだと分かりそうなもんだ。核大国が外れて何の効力ももないし。国際世論だと? 笑わせるな、そんな上等なものがあった試しはない。かりに全会一致で条約が通っても、日米安保条約下で米帝の核持込を是認する日本に何の変わりもない。つまり日本の原水爆禁止運動の是非は日米安保を避けて成立しない。私は原水協も被団協も有効性を完全に喪失していると思う。コレ理屈ではない。核兵器廃絶の運動は大昔から体制批判の運動とは相対的に独立してあった。しかしそういう運動はオバマの広島入りを歓迎するに至って完全に破産している。核問題は何ら帝国主義と別個の問題ではない。志位のアメリカ行きを容認する運動に未来はない。断言できる。選挙の票めあての破廉恥の極みである。 赤字は30日早朝に加筆)。


  少し個人的な思い出をも書いてみようかと思う。といっても人間関係は鬱陶しい。とりあえず思い付いたのは師匠のことである。ちょくせつ教えを受けた師匠で、一目も二目も置いているのは大学時代の教師だけである。私の場合は小中高には師匠はいない。悪いけれどいない。大学に2つ行ったのがよかった。以下名前をあげる。この方々は、私が尊敬しているだけである。私は出来の悪い学生であり、かりにも弟子などではなかった。念のため。

香川大学時代
山之内重幸先生(哲学)、清水先生(米文学)、入江先生(英文学)

岡山大学
近藤洋逸先生(哲学)、安藤孝行先生(哲学)、土岐邦夫先生(哲学)


 この6人の先生には私はまったく頭が上がらない。とういうことは批判など皆無だという意味である。だから学問についてではなく、お人柄について書こうと思っている。しかし今日は第一回目として、番外の藤中正義先生について、ちょうど過去エントリーが見つかったので、それを再録しておこう。藤中先生は上記6人と違って、私は無批判ではない。それは読んで戴ければ分かるだろう。ちなみにこの過去エントリーには今もって拍手がゼロであった。小理屈を書いた文は嫌われるのだろう。しかし拍手がゼロというのは殆どないのだが。


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   再録


  
古本屋通信    No 611  1月9日

 
方法の問題ー弁証法的理性批判序説 (サルトル)  藤中正義先生の思い出に寄せて


 私はしばしば日本共産党員を見下したものの言い方をする。武田英夫氏や石村とも子さんのことを「小中学生なみの学力である」と言う。党中央の幹部を見下げて批判する。

 私はこの点は自覚的にしてそうしているのだ。いくらなんでも大の大人にたいして「小中学生なみの学力である」などとは普通言えない。


 石村智子のつぶやき  

(石村) 今日は、名護市の東海岸沿いで訴えています。写真は大浦湾です。正面に見える島のあたりに巨大滑走路の建設が狙われています。この美しい海を埋め立てるなんて考えられません・・・今日もたくさんの人が応援してくださいます。

(古本屋通信) いったい彼女は何をしに沖縄に行ったのでしょうか。基地問題で深刻な沖縄の人々を応援するために沖縄へ行ったのではなかったのでしょうか。名護市の首長選挙をたたかう沖縄の人々を応援するために沖縄へ行ったのではなかったのでしょうか。



 これで見るように石村さんは無自覚に、(だから余計に)沖縄を見下している。沖縄の無党派、沖縄の民衆を見下す彼女は党員優生思想の持ち主である。すでに滅んだスターリン主義の感性である。

 石村さんに見下された沖縄と日本の民衆が「われ」を取り戻す道はひとつしかない。石村さんを見下し返すことだ。サルトル流の疎外論でいえば「見られたら見返せ」だ。、街でヤクザ同士でもよくある。目を背けたら負けだ、睨み返せと。

 私は石村さんを見返す。ばかにする。しかし殆んどの人は関わりそのものを拒否する。石村さんと石村さんに通じる日本共産党を拒否し、忌み嫌う。


 党大会人事について。私は元東大民青さんとは意見が異なる。不破はたぶん降りるだろう。志位は半々だろう。降りたいのだ。原因は家庭問題だ。あとは笠井だろう。坂井希は幹部会委員まで。吉良は准中央委員。石村の准中央委員はありえない。


『方法の問題―弁証法的理性批判 序説』
サルトル全集 第25巻

平井啓之訳 人文書院  1962/7/14 初版
総序
方法の問題
 一 マルクス主義と実存主義
 二 媒体と補助的諸学の問題
 三 前進的―遡行的方法
 結論

 解題
 本書はサルトルが一九六〇年四月に発表した《Critique de la raison dialectique(precede de Question de methode)TOME Ⅰ―Theorie des ensembles pratiques》というたいへん長い表題の書物の冒頭におさめられた、それだけで一個独立の論文である『方法の問題』Question de methodeの邦訳である。ただし、このように『弁証法的理性批判』の第一巻の巻頭におさめられるに際して全体のための『総序』として附加されたみじかい文章の部分でサルトルが述べているように、この論文の初めの形であったポーランドの一雑誌への寄稿文は、全体が『実存主義とマルクス主義』と題されていたらしい。この表題は、『現代』誌に収載されたとき、三章に分れたその第一葦のみに与えられたが、しかし最も概括的な意味でなら、まさしくこの論文全体の性格を明確に示唆しているのである。すなわち『方法の問題』とは、サルトルが自分の拠って立つ実存主義の立場とマルクス主義との関係をはじめて正面から解明してみせた論文であり、サルトルに関心を寄せるものにとっての年来の問題点であった彼の存在論と実践との関係についての正確な回答なのである。



 上記は通販サイト「ショッピングモール」に付着していた記事で、解題はだれが書いたのか分からない。読み難いし、数箇所誤字があったので、これは古本屋通信が訂正した。

 私は岡大哲学科の学生だった頃、当時、講師だった藤中正義のサルトル哲学の講義を聴いた。さっぱり分からなかった。このとき私は決定的に自分が頭が悪いと思った。それは違いないのだが、あれから45年経ってみると、そればかりではない気もする。実存主義哲学というのは科学ではないから、大学の講義に向かないのではないか。

 いま思い出したが、藤中のサルトル(註)を酷評した淡路憲治の文をみつけて大切に保管していたが、なくしてしまった。献呈された本に感想として書かれていたものだ。私は淡路の旧蔵本を、同業者の中継で大量に買った。富山関係にいい本が沢山あった。あの感想文は出色だった。マルクス経済学からの藤中酷評だった。それでいて淡路はちゃんとサルトルを評価していた。藤中はエピゴーネンだそうな。これだから古本屋はやめられない。不自由な足を引き摺って古本屋を回っていた晩年の岡山大学教授が忘れられない。私はこの人は中核派シンパとばかり思っていたが、そうではないはっきりした痕跡を、旧蔵本の中に発見して、自分の不明を恥じた。


『実存的人間学の試み サルトル思想の深層構造』 藤中正義、耕土社、1979年



 下記はアマゾンレビュー(書評)である。

レビュー対象商品: サルトル全集〈第25巻〉方法の問題 弁証法的理性批判序説 (1962年)   By kaizen (愛知県)
弁証法的理性批判は、90%訳が分からなかった。
方法の問題は、なんとなく分かるところもありそうで、毎日持ち歩いていた。
持ち歩いているうちに、なんとなく分かった気になってきたり、
分かっているらしい人から声をかけてもらって、
分かる為の糸口をもらったり。
それでも「弁証法的理性批判」の本体まではたどり着けなかった。
「方法の問題」は、「出口無し」などの文芸書に比べれば難しいが,
サルトルの著作では、相対的に分かりやすい問題かもしれない。
「弁証法的理性批判」の本体は、全くわからなかったのに比べて,
「存在と無」は奥が深くて、どこまで分かったかがわかっていない。
それに比べて、「方法の問題」は、分かったような気になっているのは長年持ち歩いたおかげかもしれない。
  1. 2017/03/29(水) 19:35:44|
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