古本屋通信

石崎徹「天皇退位私論」批判

古本屋通信   No 2484    2017年  03月18日


   石崎徹天皇退位私論批判

 よくも、こういう支離滅裂な低脳文が書けるな。文学者(作家、小説家、文芸評論家)とはいい気なもんよなあ。詐欺だなあ。

 石崎徹が超デタラメ文を披露している。以下で、その全文を掲載し、さらに再録した上で、私の批判を随所にで加える。いつものパターンである。石崎文は天皇論である。
  これを批判する私の立ち居地を予め書いておこう。私は現日本国憲法の天皇条項(第1条、2条)に反対だが、ここはそれを論じる場ではないから、いちおう天皇の象徴(シンボル)規定を是認したうえで論じる。そして、その象徴規定の天皇とは、そもそも日本国憲法のいう「国民」ではない。これは「国民」の全てが有する権利・義務を天皇が有しないこと、この一点で明らかである。これだけで、石崎論の正当性は吹きとんでしまう。
 私は議論(新聞で報道される天皇退位にまつわる法制度の整備議論)に興味がないから、いっさい読んでいない。ただ一度だけ、退位に賛成だと書いた。それはたとえ象徴(シンボル)としての天皇であろうと、生身の生き物である天皇本人が体力的限界を感じて悲鳴をあげている。だったらその生命を救うのは当然である。後は法的手続きだけである。国会議員諸君、よきに計らえ。まあ早くしてほしい。後は頓着しない。それが私の立場である。




 天皇退位私論
 雑文 - 2017年03月18日 (土)   石崎徹
 政治学者、原武史が天皇退位にまつわる動きを批判している。憲法第4条で「国政に関する権能を有しない」とされているのに、明仁天皇がひとこと言うと政治が動いた。これはあきらかに憲法に違反している、と。きょうの朝日新聞である。
 原氏が言っているのは明仁は退位してはならないということではない。明仁の言葉で政治が動くのはおかしいということである。退位に関する法整備が必要なら、それは国会が自主的に行うべきであった。権能を有しないはずの人によって政治が動かされるのは危険であるということなのだ。
 <もし国民の誰かが「陛下ももうお年なのだから、そろそろ皇位を皇太子にお譲りになって引退されたら」などと言おうものなら、それこそ「身のほどをわきまえない無礼者」とのそしりを受けた><ところが、いったん天皇からその意思が示されるや、圧倒的多数の国民が受け入れました。これが天皇と国民との関係です。この点で、45年8月と現在は変わっていません>
 原氏の危惧はよくわかる。日本人の精神がいまだに天皇神話に縛られており、天皇の一言で政治が動きかねない(現に動いた)ことを危ぶんでいる。
 しかし、ぼくはこの問題では違う意見を持っている。
 この問題では、ぼくはしりあがり寿氏の見解を支持している。この問題が出たときしりあがり寿はただちに、「そうか、天皇には人権はなかったのか」と書いた。それがすべてだとぼくは思う。
 憲法14条は、「すべて国民は、法の下に平等であって……門地により……差別されない」と書いてある。22条には、「何人も……職業選択の自由を有する」。18条には、「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない……その意に反する苦役に服させられない」と書いてある。
 つまり、天皇をいつ辞めようとその人の勝手であって、これを強制する権利はいかなる権力も持っていない。
 もちろん憲法2条が「皇位は、世襲のものであって」と書いた時点で、14条と矛盾してしまっているのだが、だが、皇室典範に書いてあるのは皇位継承の順序だけであって、皇位を拒否することができないとも、天皇は辞めることができないとも書いてない。
 つまりいまさら、天皇退位法など作る必要はない。誰にでも職業を辞める権利はいつなんときでもある。そして天皇も実質上ひとつの職業であって、それ以上のなにものでもない。
 そしてこれを否定するとしたら、天皇は日本国民ではないのだ、だから憲法は適用されないし、人権は存在しないのだ、という結論に導かれる。
 しかし、人権とは単なる法律上のものではないだろう。それは法律以前に自然法として、すべての人間に与えられているものだ。この自然法に反する法律が存在するとしたら、その法律が間違っているのである。
 その点、「皇位は世襲のものであって」という条項は限りなく怪しいが、だが、天皇の退位を否定する条項がどこにもない以上、明仁は自らの意思で天皇を辞めることができる。それはいささかも国政に関することではない。何故なら天皇は国政に関与しないのだから、国政に関与しない人間が国政に関与しない地位から降りることが国政に関与するはずがないのである


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 石崎は朝日新聞紙上の原武史しりあがり寿を引いて書いている。私はいかなる論でも、朝日に掲載された論を小馬鹿にするが、こと天皇制に関する議論では、朝日にラディカルな論は絶対に掲載されない。然し、それを言いはじめたら議論にならないだろう。いちおう各人を尊重する。それと原武史の議論は石崎の纏めを是として批判する。

 政治学者、原武史が天皇退位にまつわる動きを批判している。憲法第4条で「国政に関する権能を有しない」とされているのに、明仁天皇がひとこと言うと政治が動いた。これはあきらかに憲法に違反している、と。きょうの朝日新聞である。
 原氏が言っているのは明仁は退位してはならないということではない。明仁の言葉で政治が動くのはおかしいということである。退位に関する法整備が必要なら、それは国会が自主的に行うべきであった。権能を有しないはずの人によって政治が動かされるのは危険であるということなのだ。
 <もし国民の誰かが「陛下ももうお年なのだから、そろそろ皇位を皇太子にお譲りになって引退されたら」などと言おうものなら、それこそ「身のほどをわきまえない無礼者」とのそしりを受けた><ところが、いったん天皇からその意思が示されるや、圧倒的多数の国民が受け入れました。これが天皇と国民との関係です。この点で、45年8月と現在は変わっていません>
 原氏の危惧はよくわかる。日本人の精神がいまだに天皇神話に縛られており、天皇の一言で政治が動きかねない(現に動いた)ことを危ぶんでいる。

 原武史の言っていることは原稿料稼ぎの小理屈である。それが言い過ぎなら、事態を後追いした形式的な議論である。生きた議論ではない。
 議論の出発は明仁氏がアゴを出した事に始まる。一言であろうと二言であろうと、生き物としての人間が黄信号を出した。だったら、天皇の場合、それに対応するのは現実政治しかない。いやおうなく天皇退位に向けて政治的対応をしなければならない。さもなくば明仁氏は死んでしまう。
 そこには(その空間には)原武史の言うような憲法議論の入る余地は全くない。繰り返すが明仁氏がしんどいと言った。だったら政治は退位を認めることが絶対条件になる。コレ「明仁の言葉で政治が動」いたのである。おかしいもクソもあるもんか。憲法違反もクソもあるもんか。生き物としての人間を殺すつもりか。ぬくぬくと研究室で碌でもない原稿を書きなさんな。
 最後の2行だが、なぜ石崎は原に理解を示すのか? 後半で石崎が書いていることからは、あり得ないだろう。

 しかし、ぼくはこの問題では違う意見を持っている。
 この問題では、ぼくはしりあがり寿氏の見解を支持している。この問題が出たときしりあがり寿はただちに、「そうか、天皇には人権はなかったのか」と書いた。それがすべてだとぼくは思う。

 そうか。私も天皇には人権はないと思う。別にしりあがり寿、石崎、古本屋通信でなくても、天皇には選挙権も被選挙権もないのだから人権はない。いまさら指摘しなくても、分かり切ったことである、天皇は日本国民ではなく、日本国民統合の象徴シンボルである。

 憲法14条は、「すべて国民は、法の下に平等であって……門地により……差別されない」と書いてある。22条には、「何人も……[職業選択の自由を有する」。18条には、「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない……その意に反する苦役に服させられない」と書いてある。
 つまり、天皇をいつ辞めようとその人の勝手であって、これを強制する権利はいかなる権力も持っていない。

 ありゃりゃ?? まあ腰が抜けるほどビックリした。天皇は何時から日本国憲法の言う国民の一員になったのだ? 天皇規定は憲法1条、2条だったな。石崎に拠ると天皇は憲法14条、22条の国民の一員なんだな? だから何時辞めても、職業選択の自由なんだな? まあこういう低脳文がよく書けるな? そもそもこの議論は、天皇が自由に退位の選択ができない仕組みになっているから、起こっているんだ。それを「天皇をいつ辞めようとその人の勝手であって、これを強制する権利はいかなる権力も持っていない」なんて、私、腰が抜けたよ。

 もちろん憲法2条が「皇位は、世襲のものであって」と書いた時点で、14条と矛盾してしまっているのだが、

 別に天皇の地位規定としては矛盾していないでしょう。14条のいう国民には天皇は含まれていませんから。

 
だが、皇室典範に書いてあるのは皇位継承の順序だけであって、皇位を拒否することができないとも、天皇は辞めることができないとも書いてない。

 当たり前だ。アホウか。そんなことを書く法文がどこの世界にあるか。ないからこそ(できないと書いてなくても、できない規定になっているからこそ)退位が問題になっているのだ。いいなあアホ石崎は呑気で羨ましいよ。

 つまりいまさら、天皇退位法など作る必要はない。誰にでも職業を辞める権利はいつなんときでもある。そして天皇も実質上ひとつの職業であって、それ以上のなにものでもない。

 ??? 天皇は職業じゃありません。小学生に訊いてみな。人はみんな職業選択の自由があるのですが、キミは将来天皇になりたいですか、と。小学生は言いました「ボク総理大臣になりたい。でも天皇は生まれつきだから無理だと思う」。正解でした。

 そしてこれを否定するとしたら、天皇は日本国民ではないのだ、だから憲法は適用されないし、人権は存在しないのだ、という結論に導かれる。

 当然そうなります。小学校の教科書を勉強し直して来い。憲法の規定全てが適用されないのではありません。適用されるのは1条、2条以下数条です。それでオシマイです。例えば天皇家に24条の婚姻の自由がありますか? ある訳ないじゃん。石崎は女性週刊誌の影響で、皇室の面々が自由に結婚していると思っているのでしょう。婚姻の自由とは、結婚が「両性の選択の自由」(両性の合意)のみによってのみ、最終的に可能な婚姻の形態です。つまり双方の出自(出身家庭)から離れて結婚生活を営む自由があるという意味です。ある訳ないじゃん。

 しかし、人権とは単なる法律上のものではないだろう。それは法律以前に自然法として、すべての人間に与えられているものだ。この自然法に反する法律が存在するとしたら、その法律が間違っているのである。

 またまた自然法思想ですか。こういうのを味噌も糞もいっしょ・・と言いますね。しかしスゴイですね。これ一歩間違えたら天皇にスーパーマンを認める戦前回帰ですよ。まあ意識しないアホウだから、そこまでは言いませんけどネ。国家元首には法律以前に絶対神としての「権利」があるというニーチェもどきにも通じる思想です。

 その点、「皇位は世襲のものであって」という条項は限りなく怪しいが、だが、天皇の退位を否定する条項がどこにもない以上、明仁は自らの意思で天皇を辞めることができる。

 「天皇の退位を否定する条項がどこにもない」 のだけれど、明仁氏が老齢で退位せざるを得なくなった。でも 「明仁は自らの意思で天皇を辞めることができ」 ない。だからみなさん苦労して、そのための法整備をしているのです。でも石崎はいいなあ。テニオハを欠いても文学の文が書けるから。

それはいささかも国政に関することではない。何故なら天皇は国政に関与しないのだから、国政に関与しない人間が国政に関与しない地位から降りることが国政に関与するはずがないのである。

 ??? 参った。おおむかしギリシャの哲学者で、たしか詭弁のソフィストといったかな。まあ後は自分で読みんさい。論争術だけど評判悪かった。哲学史にはギリシャ哲学の異端としてしか残らなかったナ。
  1. 2017/03/19(日) 15:10:47|
  2. 未分類