古本屋通信

倉敷日中友好協会の恥の2企画

古本屋通信   No 2480    2017年  03月17日
 

   まあ色めき立つのもよいが、恥をかかんようにね(2)

 倉敷日中友好協会の恥の2企画(大本さん中心)を徹底批判する。松田準一さんもしかと読まれよ。

 直前エントリーが長くなった。その末尾を再録した。大本さんの3年前の記事を探したら、見つかったので、下に貼っておこう。私の想像だが、このときは倉敷日中友好協会は大森久雄先生(古本屋通信 No 1658 「大森久雄先生のこと」参照)が生きておられて、集会に消極的だった。たぶん死亡の直前だったろう。会長の大森先生の反対を押し切って大本さんは集会を強行した。阿呆の根は深い。まあ中国人民解放軍の偉大な指導者・毛沢東主席ですな。
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古本屋コメント 崎本がいまだに堂々とカルト文を書けるのはなぜか。それは彼女が現職の市議を引退しているからだ。が同時に古本屋通信をいっさい読んでいないからだ。たぶん崎本に「古本屋が悪口を書ていたよ」と教える人はいただろう。でもいっさい頓着しない「度胸」。誰が何と批判しようと 「わたしは間違っていない」 という 「信念」。
 古本屋に集中砲火を浴びせられたら、たいていの党員は書き控える。誰とは言わないが、ずいぶん大人しくなった。現職の場合は次の選挙に堪えるからナ。
 私の願いは岡山のカルト党員の妄言を絶滅することだ。武田と石村は完璧に粉砕した。崎本と倉敷の小山は引退議員だし、あと打倒目標がいない。さみしいなあ。そう言えば倉敷のブログに張り付いて指導していた七誌さんの姿が見えない。大本さんの更新がめっきり減ったのは七誌さんの激励がないからだろう。

大本さんといえば 4年以上前に倉敷の日中友好協会の主催・栗本スエコさんの回想録「アカシアの花」出版記念会を記事にしていた。その栗本さんが一昨日亡くなられたそうだ。

「アカシアの花」の著者 栗本スエコさん逝く  大本芳子  3月15日
3月15日5時、中国革命を生き抜いた栗本スエコさんがお亡くなりになりました。90歳でした。栗本スエコさんは、看護婦として中国にわたり、はからづも中国革命の渦中に巻き込まれ、八路軍、人民解放軍と行動を共にし激動の時代を生き抜いてこられました。その回想録が「アカシアの花」です。(写真は、2012・11・3「アカシアの花」出版記念集会。前列中央栗本ご夫妻)。


12年11月3日   大本芳子
歌あり、涙あり、笑いあり、「人間力」を大いに語り合った出版記念集会
栗本スエコさんの「アカシアの花」出版記念祝賀会を開きました。(実行委員長大本よし子)
本稿で以前紹介しました「アカシアの花」は、中国革命戦争を生き抜いた栗本スエコさんの回想録です。歌あり、涙あり、笑いあり、の楽しい集会でした。
「アカシアの花」出版記念集会=開会のあいさつ 大本芳子
きょうは文化の日ということでいろいろ行事の多い中、皆様におかれましては、アカシアの花出版記念集会においでくださいまして本当にありがとうございます。実行委員会を代表いたしまして、厚くお礼申し上げます。申し遅れましたが私は、日中友好協会倉敷支部の副理事長を務めております大本芳子でございます。
私ごとですが、今から38年前私が初めて倉敷市議会議員になったとき、当時岡山県会議議員だった栗本泰治さんのお宅へ議員心得や、いろいろのことの教えを乞いによく行かせていただきました。
スエコさんは、そのたびに「夕ご飯食べて帰られい」と言っておいしい料理を作ってくださいました。
夕食をごちそうになる時、いつも中国での体験を話してくださいました。私はその体験談が聞きたくてよくお邪魔しました。「忘れないうちにそれを書いたら」私は、そうおすすめして来ました。このたびは、私のその思いが実現し自分のことのようにうれしく思っています。
ところで、日中友好協会倉敷支部では、中国をより知り、友好をいつそう前進させるため文化講演会を連続して開いてきました。先月の講演会では日中友好のため尽力された「岡崎嘉平太の生涯」と題した講演会をしました。この講演会には台風接近という悪条件にもかかわらず、80人もの人々が来てくださいました。その中で出された参加者の方は、「尖閣問題で最近日中関係が険悪になった折こそこういう草の根の活動は必要だ、これからももっとこういう講演会をしてほしい」などの意見が多く出されました。中国で有名な言葉「水を飲むときには、井戸を掘った人のことを忘れるな」という言葉があります。日中友好の先駆者岡崎嘉平太さんが井戸を掘った人なら、広い意味で栗本スエコさんも井戸を掘った人の一人だと思います。今日はその栗本スエコさんに激動の時代を生き抜いてこられた中国での体験もお聞きしながら、この会が「若い世代への生きる応援歌」になればとよくばった願いも込めました。用意いたしました料理はささやかなものですが、お飲み物は「飲み放題」の企画といたしましたのでごゆっくりご歓談ください。実行委員会の開会のご挨拶といたします。


高齢で祝賀会に参加できなかった、ともに中国で看護婦として働いていた友人からのメッセージをご紹介します。

「アカシアの花」の出版おめでとうございます。中略~ 何もわからず中国に旅立ち、中国革命の渦中に巻き込まれ、八露軍、人民解放軍と行動を共にした10年間が愛おしくてたまりません。それを思い起こしながら、この体験を生かしこれからも真っ直ぐに前を向いて生きていこうと誓っています。~ 花アカシア国隔たりて知己のなし 孤児の眼に二つの母国寒き背な(海南市・保世)

「アカシアの花」出版記念集会おめでとうございます。中略~筆をとること、歩くこと、思うようにならなくなった身体ですが、私はまだまだ負けません。あのときの事を思えば、まだ10年!いや15年!は頑張ります。お集まりの皆様も一緒にがんばりましょう。(佐久市・富貴子)

コメント
名無し 12年11月3日 23:38:11 #
寄贈されたからか、県内の公立図書館のほとんどに所蔵されています。
読ませてもらいます。
岡山県図書館横断検索
http://oudan.libnet.pref.okayama.jp/gf/cgi/zway-jp
武装では劣っていたのに、ツァーリズム(czarism)を倒したロシア革命や中国共産党が国民党を追い落とした中国革命がなぜ成功したのか、学校で歴史を学んでいる時には、支配を転覆させる可能性・現実性がなかなか実感できませんでした。
皮肉なことに、東欧の事変からソ連崩壊の時にやっと、革命とはそういうものなのか、と納得しました。



  古本屋通信

 ここでは出版記念集会の記事のコメンター名無し改め七誌さんがもし松田準一さんであれば、松田さんも軽率である。大本さんが中心になって出版記念集会をやった。やった本人は自慢なのだ。栗本スエコさんといえば元岡山県議の栗原泰治氏の細君である。夫婦とも党員だろ。大本さんは安心してやったのだ。この企画そのものは党規違反ではないだろう。しかし少し利口な党員、たとえば須増さんや河田さんならやらんだろう。その理由が分からん大本さん。なにが八路軍、人民解放軍か??? 今の党は毛沢東など出そうものなら反党分子扱いか、それでなくても流行おくれの能無し党員扱いだろう。案の定、記念集会には80歳以上の老人ばかり。松田さんも県委員会を降りたのだから、倉敷の一党員としてがんばってくださいね


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   古本屋通信

 これだけではさみしいので、大本さんが上記で自慢している「岡崎嘉平太の生涯」と題した講演会を批判しておこう。

 大本さんが中心になって倉敷の日中友好協会(マトモなほう)主催で開催した岡崎記念館河田館長講演会、その超でたらめ(低脳)。これをを批判した古本屋通信記事を再録する。ホンマに低脳は犯罪なんじゃ。岡山市の日中は竹内先生(元岡大教授)を中心に、坪井あきこさんや私のつれあいも手伝って地味な活動をやっている。それに引き換え倉敷は目立つことばかりやりたがる。がん細胞は大本さんだ。大森先生が草葉の陰で嘆いておられるだろう。



   再録

   古本屋通信     No 1190   12月22日

  日本共産党倉敷市議(大本さんが振り撒く害毒


 こりゃあ、党に対する大衆的信頼を著しく傷つける記事である。批判しておく。何時も大本さんだ。引退してまで党に迷惑を掛けるな。

 喋るだけ口が腐る。ええから、共産党中央にでも、日中友好協会(マトモな方)本部にでも訊いてみんさい。あんた、それでも日中友好協会倉敷支部を代表しているのか? ええ歳をして、しかも岡山に住んでいて、恥ずかしい、情けない。岡崎嘉平太は日本の資本家の代表でしょうが。ハナから敵視しなくてもよいが、岡崎がクソにもならん輩だと云うことはHPを一目見たら分かろうが。
 ひと目見て分からんか? 党や民主勢力が薦められるような代物か? わたしゃ、反動的な人物だと思っている。イデオロギー的には松下イズムに近い。日本独占資本の立場からであれ、対中国貿易に積極的だったから、中国はありがたがっているだろう。しかしそれを党や民主勢力が薦められよう訳がない。この記念館自体が日本の労働者人民に対する思想攻撃だ。ここの館長は小学校校長上がりの反動的な人物でK子といい、私の中高時代の同級生だ。終身館長と云いながら今は辞めている。岡崎嘉平太は田中角栄の財界版だ。どうしてこうまでアホウなんかなあ。田中角栄記念館(あったかな?)を紹介する共産党員がどこの世界におるか。投稿魔の七誌も勉強せえ。監視役が務まらんぞ。 『岡崎嘉平太伝―信はたていと愛はよこ糸』 を一読せよ。これがゴミに思えんのなら、共産党を離党して自民党に入党せえ(古本屋通信)。



中國文化に親しむ講演会のご案内=岡崎嘉平太記念館
大本よし子

岡崎嘉平太記念館さんより、(日中友好協会倉敷支部へ)「中国文化に親しむ講演会」のご案内をいただきました。
「岡崎嘉平太氏は、「中国の人民とは仲良くしなければいかんというのが私の根本的思想、何千年にわたる過去があり、何百年にわたる将来もある」、「(日本に)外国の文化をこなす基礎を教えてくれたのは中国」と述べており、奥深い中国の歴史や文化を敬愛し親しんでいました。
中國の歴史や文化の特性に触れ、日本と中国の悠久の交わりに想いを馳せる機会として頂けば幸いです」とご案内をいただきました 
岡崎嘉平太記念館 – 岡崎嘉平太氏の功績と人柄をしのぶ岡崎嘉平太記念館の公式サイト

投稿
  七誌  2014年12月20日 9:54 PM
岡崎嘉平太氏は日中国交回復に尽力された方のようですね。
今の日中関係や安倍政権・自民党・維新の党などを見て何と言われるのでしょう。


ウィキペディア
ウィキペディア管理人も「提灯記事だ」と断っているようだ。私が知る限りでもかなりデタラメだ。周恩来との関係など創作だろう。こういうデタラメの積み重ねで作られたのが岡山の記念館である。恥を知れと言いたい。
 「この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(2011年8月)」 

ウィキペディア 岡崎嘉平太

岡崎 嘉平太(おかざき かへいた、明治30年(1897年)4月16日 - 平成元年(1989年)9月22日)は、日本の実業家。
1972年岡山県賀陽町(現・吉備中央町)名誉町民。1978年、勲一等瑞宝章受章。1985年、岡山県総社市名誉市民。1985年、岡山県名誉県民。1987年、中国洛陽市名誉市民。
岡山県賀陽郡大和村(現・吉備中央町)に、農業・岡崎鶴太郎の長男として生まれる。
尋常小学校1年の頃に自宅が全焼し、吉備郡総社町(現・総社市)に移り住む。旧制岡山中学校(現・岡山県立岡山朝日高等学校)を経て、1916年第一高等学校に入学する。一高時代はボート部で活動し、また中国人留学生たちとの交流を深める。
1922年、東京帝国大学法学部を卒業[1]後、先輩の世話で日本銀行に入行する[1]。営業局次長、外国為替部次長を経て、日中戦争下の1939年に、日銀を依願退職し、上海に華興商業銀行を設立して理事となり[1]、中華民国維新政府統治下の上海へ赴任した。
太平洋戦争(大東亜戦争)中の1942年には、大東亜大臣となった旧知の青木一男に請われ大東亜省参事官となり日本に戻る。翌1943年には汪兆銘政権(南京国民政府)下の上海へ領事館参事官として再び戻る[1]。終戦後は日本人の引揚げに従事し、中華民国当局との交渉を行った。
池貝鉄工及び丸善石油社長[編集]
1946年の帰国後は、経営危機に陥っていた池貝鉄工社長(1949年)と丸善石油社長(1951年)に天下りし、再建にあたった。岡崎は戦後、公職追放されていたが、池貝鉄鋼の再建に成功したため公職追放特免を受けた[1]。また経営者としての活動と平行して日中(中華人民共和国)間の経済交流推進に取り組み、1954年に日本国際貿易促進協会常任委員に就任。1962年には全日本空輸(以下「全日空」と表記)の社長を兼任したまま高碕達之助とともに訪中しLT貿易協定を結んだ。
全日空社長[編集]
1952年に全日空の前身である日本ヘリコプター輸送副社長となり、1961年には美土路昌一の後を継いで全日空の第2代社長に就任する。岡崎が社長に就任した当時の日本の航空業界は、50%の政府出資に加え特別法により例外的に各種の助成を受けていた日本航空でさえ1954年度に15億円以上の累積赤字を抱えるほど貧弱であり、全日空も1956年度を除き、1959年度まで7度の経常赤字を計上していた[2][3]。岡崎は会社を一つにまとめつつ、極東航空や藤田航空を合併し規模を拡大させ、運輸省とたびたび衝突しながらも国内線航空会社としての地位を確立させている。しかし、1966年に全日空羽田沖墜落事故、全日空松山沖墜落事故と航空事故が相次ぎ、翌1967年に社長を辞任する。
日中覚書貿易事務所代表・経済協会顧問[編集]
1962年日中貿易交渉の副団長として訪中した際、周恩来は岡崎一行に対し次のように述べ、岡崎は その言葉に感銘を受けたと後に語っている。 「日清戦争以来、日本は我が国を侵略し人民を傷つけ苦しめてきました。我々は深い恨みがあります。 しかし、中国と日本の間には2000年に渡る友好の歴史があります。 戦争による不幸な歴史はわずか数十年に過ぎません。我々は日本に恨みを持っていますが、それを忘れようと努力をしています。これからは日中が力を合わせてアジアを良くして行こうではありませんか。」  1968年以降は日中覚書貿易事務所代表として訪中を重ねながら、政界の古井喜実、田川誠一らとともに日中貿易冬の時代を乗り切り日中国交正常化に尽力する。周恩来首相とも親睦を深め「兄(岡崎が1歳年上)、弟」と呼び合うほどの信頼関係を築いたという。これがきっかけで岡崎の描いていた民間レベルでの貿易構想は「日中総合貿易に関する覚書(LT貿易)」という形で現実化することとなった。しかし当時は風当たりも強く右翼団体が自宅を囲んだりし警察が自宅に泊まり込むほどだった。
日中国交正常化の際には、田中角栄総理が中国を訪問する2日前、周恩来は岡崎をもてなすために、食事会を開いた。「中国には『水を飲むときには、その井戸を掘ってくれた人を忘れない』という言葉があります」「まもなく田中総理は中国に来られ、国交は正常化します。しかしその井戸を掘ったのは岡崎さん、あなたです.」と言ったというその後も日中経済協会常任顧問として日中貿易に携わり、生涯訪中回数は101回に達した。特に、1987年4月16日の全日空の中国路線参入では、90歳の高齢ながら初便の北京行きに乗り込んでいる。岡崎はかつて周と交わした「全日空での中国訪問」の約束を果たした。この日は岡崎の90歳の誕生日であり、この日を北京便の初日にしたのは、全日空の女子社員の総意からだったという[4]。1989年9月22日、自宅階段で転倒して頭部を強打し、急性硬膜下血腫により死去。享年92。没後正三位。岡崎の生前の功績を称えるべく、1990年に岡崎嘉平太国際奨学財団が、2001年には生誕地の吉備中央町に岡崎嘉平太記念館がそれぞれ設立された。全日空は岡崎の遺志を継ぎ、現在でも社員寮の一部を留学生に提供している。


 古本屋通信
 こんなクソ記事、よう書けたな。赤字部分はみんなデッチアゲだろう。本人の自慢話以外に証拠はありゃせん。それに「兄弟」なんて、外交でふつうに使うだろう。「日中両国人民はアジアの兄弟」。コレちっともおかしくないが、ウィキではまるで違う文脈の使用だ。キチガイ、ええ加減にせえ。このキチガイの集大成が下記の記念館だ。

岡崎嘉平太記念館
Kaheita Okazaki Memorial Hall
日中友好に生涯を尽くした岡山県名誉県民岡崎嘉平太氏の
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開館時間
午前9時から午後5時(入館は午後4時半まで)
休館日
毎週火曜日(祝日を除く)、祝日の翌日(土曜・日曜・祝日を除く)
年末年始(12月28日から1月4日)
入場料
無料
岡崎嘉平太語録■岡崎嘉平太伝より
とにかくいやだと思う者にも会ってみなければ人間の味というものはわからない
休館日…2日.9日.16日.24日
年末年始28日~1月4日まで休館
最近の岡崎嘉平太記念館 11月24日、無事第13回講演会を開催いたしました。県内外から150名の皆様にご参会いただき、盛況の内に終えることができました。大変ありがとうございました。
きびプラザ内で只今夕方5時からイルミネーション点灯中。
最近の催し
平成26年12月1日 NHKスペシャルプロデューサーを呼んで、中国文化に親しむ講演会開催いたします!
☆日時:平成27年1月20日(火)
     13:30~(開会)         ☆会場:吉備中央町ロマン高原かよう総合会館 ※参加無料
詳しくはこちらへ。 平成26年11月1日 -終了しました- 第13回講演会「岡崎嘉平太がめざした世界平和への道を考える」
☆会場:吉備高原リゾートホテル
      3階大ホール
☆日時:平成26年11月24日(月・祝)
     13:00-16:00(終了予定)
詳しくはこちらへ。 平成26年10月1日 岡崎嘉平太記念館秋の特別企画展
「人間 岡崎嘉平太の魅力」を開催中
☆会場:岡崎嘉平太記念館展示室
☆会期:12月26日(金)まで詳しくはこちらへ 平成26年8月1日 「第8回嘉平太が愛したふるさと岡山写真展」の度の最優秀賞、優秀賞、審査員特別賞の作品をホームページ上にてご覧いただけます。詳しくはこちらへ。
平成26年7月1日-終了しました- 7月5日まで吉備中央町の岡崎嘉平太記念館展示室で(全作品)、9日から14日までは岡山市の天満屋地下タウンアートスペースにて(こちらは100点のみの展示となります)「第8回嘉平太が愛したふるさと岡山写真展」を開催します。詳しくはこちらへ。 平成26年6月1日-終了しました- 7月5日まで「第8回嘉平太が愛したふるさと岡山写真展」を開催します。詳しくはこちらへ。 平成26年4月14日 第8回嘉平太が愛したふるさと岡山写真展の審査が行われ、入賞者が決定いたしました。詳しくはこちらへ。 平成26年4月1日-終了しました- 4月9日(水)から20日(日)まで岡崎嘉平太記念館企画展示室にて「加賀中学校開校記念 岡崎嘉平太記念館新所蔵品展~若者達へのメッセージ~」を開催しております。詳しくはこちらへ 第12回講演会「岡崎嘉平太がめざした世界平和への道を考える」の講演会記録が完成しました。一部300円にて頒布いたします。詳しくはこちらへ。 絵本『岡山県名誉県民 岡崎嘉平太さん』のB5版を発行いたしました。一部500円にて頒布いたします。 詳しくはこちらへ。 平成26年1月15日-終了しました- 第8回嘉平太が愛したふるさと岡山写真展の作品を募集いたします。詳しくはこちらへ。(締め切り4/4) 平成25年1月5日-終了しました- 冬の小企画展 岡崎嘉平太記念館所蔵品展「中国戯曲服装図案展」を開催します。25日のオープン当日から先着150名様にオリジナルクッキーをプレゼントいたします。是非ご来場下さい。
☆会場:岡崎嘉平太記念館研究室
☆会期:平成26年1月25日(土)-2月24日(月) 詳しくはこちらへ。 平成25年10月18日-終了しました- 第11回おかやま県民文化祭参加事業
第12回講演会「岡崎嘉平太が
めざした世界平和への道を考える」
☆会場:吉備高原リゾートホテル
      3階大ホール
☆日時:平成25年11月10日(日)
     13:00-16:00(終了予定)
詳しくはこちらへ。 平成25年9月22日 第11回おかやま県民文化祭参加事業
岡崎嘉平太記念館秋の特別企画展
「第3回岡崎嘉平太遺墨展-書にこめた嘉平太からのメッセージ-」を開催します。
☆会場:岡崎嘉平太記念館研究室
☆会期:平成25年9月22日(日)-12月27日(金) 詳しくはこちらへ。 平成25年9月22日
第3回岡崎嘉平太遺墨関連行事
「今に生きる嘉平太さんの言葉」
☆会場:きびプラザ内廊下
☆会期:平成25年9月22日(日)-10月6日(日) 平成25年10月10日-終了しました- 第26回「岡山吉備高原車いすふれあいロードレース」が開催されます。
☆平成25年10月13日(日)
■県道72号(吉備新線)吉備高原大橋~吉備高原都市産業区間の道路はロードレースコースとなるため、下記の時間は交通規制がありますので、ご注意ください。            
■規制日時:平成25年10月13日(日) 
9:30~13:40 平成25年10月5日-終了しました- 「わっしょい和んさか吉備高原フェスタ」
開催!!
☆平成25年10月6日(日)
☆会場:吉備高原都市センター区
     さんさん広場周辺 特設会場
RSKラジオまつりです。どうぞお越し下さい!! 平成25年6月9日-終了しました- 岡﨑嘉平太記念館 夏の特別企画展
「LPレコードジャケット展 」LPジャケットで辿る世界の音楽~アジアを中心に~を開催します。
☆会場:岡崎嘉平太記念館研究室
☆会期:平成25年8月7日(水)~8月18日(日)
※「LPレコードコンサート~展示ジャケットの曲目を中心に~」を開催します。
☆会場:岡崎嘉平太記念館研究室
☆日時:平成25年8月17日(土)
      13時~15時
☆解説:行正健志氏
詳しくはこちらへ。 平成25年5月2日 第7回嘉平太が愛したふるさと岡山心なごむ風景写真展の審査が行われ、入賞者が決定いたしました。詳しくはこちらへ。
平成25年4月18日-終了しましたー 「第7回嘉平太が愛したふるさと岡山心なごむ風景写真展」を開催します。
☆会期:平成25年5月2日(木)-7月6日(土)
会場:岡崎嘉平太記念館研究室
☆会期:平成25年7月10日(水)-7月15日(月)
会場:岡山天満屋地下タウンアートスペース
詳しくはこちらへ。 平成25年3月18日―終了しました― -嘉平太のふるさと作品展-『青馬窯陶芸教室作品展』
会期:平成25年4月10日(水)-4月21日(日)
会場:岡崎嘉平太記念館研究室
吉備中央町にある青馬窯陶芸教室の作品展です♪♪♪ 詳しくはこちらへ。 平成25年2月1日―終了しました― 「第5回 嘉平太の愛したふる里の子ども作品展」を開催します。
会期:平成25年3月1日(金)-3月11日(月)
会場:岡崎嘉平太記念館研究室
子ども達の力作をどうぞご覧下さい。                        詳しくはこちらへ。 平成25年1月21日―終了しました― 第7回嘉平太が愛したふるさと岡山心なごむ風景写真展の作品を募集いたします。詳しくはこちらへ。(締め切り4/15)
最近の岡崎嘉平太記念館だより
2014年1月
岡崎嘉平太記念館だより VOL:20(PDF:1.940KB)
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写真展
岡山文化情報
岡崎嘉平太記念館に寄せられた寄稿等
岡崎嘉平太氏長男 岡崎彬氏の随想
・北京秋天 中国学生論文・作文(三江学院)
・「中日国交回復の祖 岡崎嘉平太の信と愛」
・「春のような人」
・「美しい調和の世を織り成す人」
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