古本屋通信

民主的な党員と官僚的な党員

古本屋通信   No 2476    2017年  03月14日
 

 ヴェトナムから遠く離れた岡山での繰り言共産党員には民主的な党員と官僚的な党員がいる
1.繰り言・繰言 同じこと、特に愚痴ぐちなどを何度も繰り返して言うこと。また、その言葉。 2.老いの繰り言 老人が過去の話や愚痴を何度も繰り返すこと。

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    更新日時 : 2017/03/14    06:42


  昨日から、つれあいが1週間の予定でヴェトナムに出かけた。海外旅行は1年ぶりだが、小学校教員時代に子供が自立して以降ずっと出かけているから、ほぼ世界中を廻っている。それでも坪井あき子さんの三分の一だという。いっぽう私は海外に行ったことはない。羨ましいこともない。羨ましくはないのだが、その期間は多少不自由するし、今回に限っては風邪がこじれていて不安もある。今も身体がよじれるように痛むが、これは多分に神経性の痛みではなかろうか。

 さきほど石崎徹の最新記事 「小説の条件」 なる文を読んだ。引用はしないがよい文だ。私は石崎の文学に関する文も、文芸時評文も、創作作品も貶したことは滅多にない。畏れ多くて批評の対象にできない。文章だって上手くまとめる。その石崎がいったん社会に係わる文を書きはじめると、もう無茶苦茶というより、低脳文になってしまう。私は長いあいだコレを石崎だけだろうと思っていた。しかし、ひょっとしたら、ごく少数の天才(たとえば蔵原だとか、宮本だとか、中野だとか、もっとくだっては右遠だとか、中里だとか)以外は、みんな石崎と同じではないかと思えてきた。文壇作家の殆どもそうだが、民主文学の旧い作家(たとえば吉開だとか、稲沢だとか)も似たようなものではないかと思えてきた。ただ彼らは石崎とちがってボロをださないのだ。そういえば吉開や稲沢が正面から時事的な文章を書いたのを読んだことはない。書くとしても及び腰の臆病な文である。吉開には政治的テーマを扱った『旗』、『前夜』、『希望』などの小説があるが、これらは既に存在する党認識を前提にして、それを文学的に形象化した作品であり、作家自身が格闘して獲得した社会認識ではない。そう考えると作家などという存在はしょせん政治の下僕に思えてくる。ただ彼らは石崎ほど正直でないから原寸大の自分を上手に隠す。其の点では右遠なんかも名人だったのではないか。

 私がここで石崎を引いたのは、彼が小説に必要な条件としてストーリー、文章、人物の3つを揚げていることが面白かったかっらだ。私は端から小説はダメだからストーリーは論外だが、ストーリーに相当するものとしては題材の選択がある。なにも面白いネタを意識的に選ぶ訳ではなく、時事的に重要だと思うから書くのだが、結果的に面白かったり、面白くなかったりはあるだろう。

 最近の拙文でいえば、藤森先生のことを書いた文は自分では義務的に書いた文だった。まったく拍手など期待していなかった。だが2文で37の拍手があった。何の苦労もせず書き散らした文である。いっぽう私は朝鮮関係の文では、情報の入手と取捨選択を含めて、たいへん苦労してエントリーを立てる。しかし見てのとおり殆ど支持されない。つまり文章が拙いのは仕方がないとして、木偶のボウのような金正男以外に登場人物がいない。だから生きた人間が存在しない。よって魅力がないのだろう。

 さて、ここからが本題だ。私の日本共産党論の基本的手法は、おそらくもっとも嫌われる手法である。だが私だけが用いる自信のある方法である。つまり単一の統一した政治結社である日本共産党の成員(党員)を、肯定的党員と否定的党員に2分割するのだ。共産党は嫌うだろう。30年前だったら私は党から反党分子として八つ裂きにされていただろう。

 いや現在でも、古本屋通信を取り上げた2チャンではそういう攻撃があった。でもネット時代に党批判を葬り去ることは出来なかった。攻撃する側は攻撃すればするほど醜態をさらけ出したのである。残されたのはカルト党員の下劣で低水準な文言と、レッテル貼りの卑猥な単語だけだった。低脳カルト党員は(党専従の名誉のために言っておくが)専従ではない。デボーリンも指摘していたが、専従はココまで下劣にはなれない。なんせ古本屋の実店舗とアドレスに加えて電話番号まで明記して、私が「文句があればココに電話してこい」と言っているとデッチあげるのだ。その電話番号に見覚えがあった。それは私が20年前に店舗に備え付けていた固定電話の番号だった。いまでは番号主は何代も代わっているだろう。コレ犯罪ではないか。党専従はこういうKCIAもどきはやるまい。やっているとしたら、党はスターリンの秘密警察組織と変らないが、それはありえない。私は他サイトへ投稿したことは一度もない。その方法さえ知らない。自分のブログでコメントを受ける暇さえない。重ねてここで言明(ことばというものは奇妙なもので、私は当初自信を持って明言と書いた。然し読み直してオカシイと思い言明と直した。そしたらやはり明言の方がベターに思えた。で、辞書で調べたら大差なかった。しかしどちらでも一緒だとは思えない。むつかしいものだ)しておく。

 私は人間と組織をリアルに捉えてありのまま描写することは至難の業だと思う。私はそれを文学に求めた時期があった。民文に出入りしていた時代だった。詩人会議にも興味を持っていた。それが幻想であると教えてくれたのは石崎であり、鬼藤であり、先日死亡した浜野だった。私は彼らに感謝している。岡山ではあとくにさだきみだけである。彼女はかつて共産党総社市議だった。詳しくは知らないが党内からの悪評で引き摺り下ろされたらしい。私が唯一ピカイチだと尊敬する詩人だ。私はくにさだきみが書けない事を私流に書きたい。それが古本屋通信だと思っている。

 日本共産党を描写する、或いは日本共産党員を描写する、このことの大切さは従来から民主文学で言われてきた。そしてそれは誤解を畏れずに言えば、日本社会と世界をリアルにありのままに描写することに通じる。しかしなんと困難なことだろう。

  いま日本でもっとも歪んだ形でしか描かれていないのは朝鮮民主主義人民共和国だろう。見てきたとおり KCIA情報がそのまま日本の一般的な共和国像である。じゃあ、実在のリアルな共和国像はどうなのか。とても難しい。ふつうの国家である。それは確かだ。でもそれだけでは共和国の何も言い表していない。ある古参の日本共産党員は共和国を忌み嫌っていた。共産党員ではない藤森先生も嫌っていた。嫌う根拠はないのか? 偏見だけなのか? そんなことはないだろう。嫌う一定の根拠はあるだろう。だからむつかしい。

 同様な事が日本共産党と党員に就いてても言える。私の確信である。共産党員のトータルな全体像を描写する試みが小説に求められた。古くは井上光晴から、おそらく数百人が挑戦した。それはことごとく失敗した。小説では無理なのだ。読者も殆どいない。私がブログを開始するまえ幾つかのネット通信が日本共産党を扱っていた。いちいち名前を挙げないが、キンピーサイト他である。これだと思った。私に自信があった訳ではないが、始めてから5年になる。きょうで No 2476だ。よく続いたものである。一定数の読者に読まれているから持続した。 

 私は自他を過大にも過小にも評価しない。古本屋通信が、いやキンピーサイトでもよいが、其々の言説が日本共産党の民主主義にプラスに作用しているのか、それともマイナスに作用しているのか、私はそれを考える。私の収納倉庫に過去の元東大民青さんとブサヨさんの「論争」が残っていた。私は元東大民青さんのような存在も共産党にプラスだと思うが、「論争」のかぎりではブサヨさんが勝っていた。つまり影響力である。キンピーサイトは私に言わせれば日本共産党を応援するサイトである。もちろん古本屋通信も応援サイトである。

 武田英夫は岡大時代私の同志だった。彼はシンヒヨに連座することなく仲間を裏切って民青の専従になった。色々のすえ県議に当選して20年、ギリギリ議員年金期限切れまえに引退した。其の最後の宴がコレだ。
武田さん、感謝のつどい! 2011/7/14 木曜日 桑野かずお(現日本共産党浅口市議) ←ハレンチだから消された方がよかろう 古本屋
 午前中2時間汗びしょりかいて「あさくち民報」などを配布、調子が出てきました。夕方は岡山市に行き、今年の4月で県議会議員を勇退された武田英夫さんの「武田さん 感謝&出版記念のつどい」に参加しました。
  武田さんの人柄でしょう、200人を超える参加者の数もさることながら、天野自民党県連幹事長、三原民主県民クラブ団長、県の職員も部長クラスがずらり、井戸県医師会長、忠政池田動物園副園長などと各界各層、多彩でした。 私の前に武田さんは三度登場。一度目は私が民主青年同盟の頃、県委員長として、二度目は自治労連県本部の専従の時県知事選挙などいろいろお世話になりました。そして三度目は議員になった時で大先輩の議員としていろいろ教えていただきました。
 いずれも時も理路整然とした話しぶりはすごいの一言でした。議員は引退されましたが日本共産党岡山県委員会の副委員長としてまだまだ活躍されることでしょう。

 このハレンチ極まりない自民党政経文化パーティー(金集め)レベルのパーティー記事を今だに残す桑野かずおの度胸にも感心するが、これが2011年当時の雰囲気だったのだ。石井ひとみ県委員長も参加して挨拶した。オマケでは私のつれあいにまで参加要請があって参加したそうだ。つれあいはやむなく会費5000円支払って出席したが、途中から気分が悪くなって中座したらしい。
 以後、私はトコトン武田を叩いた。今では武田賛美の記事は桑野以外にない。約10名みんな消している。武田を相手にする者は、今や岡山では石村母親以外に一人もいないという噂である。私が叩かなくても武田は消えただろう。しかし一押しくらい出来た。コレ党内民主主義に貢献している、石崎にわかるかな? わかるまい。

 まあタイトルに相応しい記事にならなかったが、風邪で身体が痛いのでこれまでにしよう
  1. 2017/03/14(火) 04:28:02|
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