古本屋通信

マル彦さんの見解に就いて

 古本屋通信   No 2438    2017年  02月21日


    マル彦さんの見解に就いて



  【共産趣味】マル共連★2軍★2【総合スレ】で、マル彦さんが以下のように投稿され、その直後に革命的名無しさんが一言だけ反論されています。私の名前を出されていますので、これらに就いて答えておきます(あっ、デボーリン君に告ぐ。投稿するなら、この板へ投稿したまえ)。



318 : マル彦
2017/02/20(月) 21:18:32.57
古本屋通信(本日付)
>日朝人民の連帯万歳!

北朝鮮スターリン主義独裁政権の!転覆に!少しでも!協力することが!
真の!日朝人民の連帯であると!わたくしは!考えます!!!

ある在日朝鮮人の!血の叫び!!
>北朝鮮という国があること自体が、朝鮮民族の恥なんや。
>できることならあの国に核爆弾でも一発ぶち込んで
>跡形もなくきれいさっぱりと消滅させたい
(八尾恵『謝罪します』63ページ)


319 : 革命的名無しさん
2017/02/20(月) 22:15:46.52
やっぱ、労働者国家は絶対擁護すべきだよ。

 



 古本屋通信 

 現在の朝鮮民主主義人民共和国には一片の民主主義もない金一派の独裁政権だから打倒する以外にないという意見は一般的に広く存在します。そしてそれは根拠のない事ではありません。ただコレが広く存在するのは、一般的に自国と較べてみて、とうてい許せない独裁国家だという比較論なのです。

 私に日本を捨てて「北」で住むかと問われれば、やはり住みたくないと答えるでしょう。ただ私は日本人であって朝鮮人ではありません。私が朝鮮人であって、どうしても分断国家のいずれかで住まなければならないとしたら、私は共和国を選ぶでしょう。住めば都となるかどうか。それがひとつ。

 上記のおふたりの論争?そのものは古典的なものですね。朝鮮に限りませんね。すなわち社会主義の祖国であるソビエトを守るのか、それとも腐敗した「労働者国家」を打倒して世界革命の道を選ぶのかという、スターリン派とトロツキー派の論争、即ち一国社会主義派と世界同時革命派の論争でした。理由は省略しますが、私は前者で、革命的名無しさんの立場です。マル彦さんはトロツキストの立場なのでしょう。

 朝鮮半島情勢に戻ります。今のままの北の政権は朝鮮半島統一のベースにはならないと思います。然し、この分断国家で、たとえ「韓国」で労働者が決起して革命が起っても、それは朝鮮半島全体の革命政権にはならないでしょう。まあ、ここら辺は中核派の清水議長の意見を聞いてみたい。でも1970年のよど号乗っ取りでは赤軍派の田村さんは「北」こそが革命の根拠地だと思ったのです。むつかしい問題ですネエ。



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  参考  ウィキペディア


  田宮高麿

田宮 高麿(たみや たかまろ、1943年1月29日 - 1995年11月30日)は日本の新左翼活動家。赤軍派軍事委員会議長。よど号グループのリーダー。通称「まろ」。
岩手県出身。大阪府立四條畷高等学校卒業。大阪市立大学第二部(夜間部)で学生運動に参加。
1970年3月31日に仲間8人とともに日本航空機のよど号をハイジャックした(よど号ハイジャック事件)。このハイジャック事件では実行の首謀者であった。よど号は当初は平壌と誤認させてソウルの金浦国際空港に降りさせる偽装工作を行っていたが、田宮は当初これに気がつかず、他のメンバーに指摘されて偽装工作に気づいた[1]。田宮は乗客に対しメンバーの中でただ一人苗字を明かした人物である。金浦国際空港での政府との交渉の末、乗客を解放をする際に、田宮は別れを主題にした詩吟を謡った。

4月3日に北朝鮮に渡り、その後は現地に在住しながらよど号グループのリーダーとして活動を続けた。後年知人でジャーナリストである高沢皓司から日本人拉致問題について追及を受けている。これに対し田宮は「難しい問題だが(解決に)努力したい」と語っている。

田宮は1995年11月30日に平壌で死亡したとされ、当局は死因を心臓麻痺と発表している。しかし、前日の29日に赤軍派議長だった塩見孝也が田宮に平壌駅で見送られており、死亡日前日まで田宮が元気であったことが確認されていることから、高沢をはじめ拉致事案を追っているジャーナリストの多くが田宮の死に疑問を呈している。特に親交の深かった高沢は、田宮の死でよど号グループとの交渉のパイプ役を失ったと語っている。

その他
妻である森順子は欧州における日本人拉致事案に関与しているとして結婚目的誘拐の容疑で逮捕状が出ており、国際指名手配されている[2][3][4][5]。
田宮の3人の子供は、2001年5月に長女が、2004年1月に長男が、2004年9月に次男が日本に帰国している。
長男である森大志[6][7]は1983年北朝鮮生まれ[8]。ピョンヤン郊外三石区域元新里の「日本革命村」で育てられたのち[8]、2004年に日本に帰国[8]。2011年4月に三鷹市議会議員選挙に市民の党から立候補したが[9]、37人中33位(定数28)で落選した。
連合赤軍最高幹部として山岳ベース事件を起こす森恒夫は田宮と同じ大阪市立大学に在学しており、学生運動において田宮の忠臣であった。大菩薩峠事件で赤軍派が壊滅状態になった際の政治局員の補充に森が挙がった際に、田宮は「森は度胸のないからだめだ。ゲバ棒一本持てんやつに戦争ができるか」 と反対したように、森の力量に疑問を持っていた(最終的に森は赤軍派政治局員になった)。
遺骨は田宮の兄が北朝鮮から持ち帰り、生前の願いであった、田宮家の菩提寺である新潟県新発田市の瑞雲寺の墓に埋葬された。

脚注
1.^ 人質だった日野原重明の証言による。
2.^ 北朝鮮による拉致容疑事案について 国際手配被疑者一覧 - 警察庁
3.^ 北朝鮮による拉致容疑事案 - 警視庁
4.^ “よど号妻2人の逮捕状請求 結婚目的誘拐容疑で警視庁”. 47NEWS. (2007年6月13日). オリジナルの2014年2月22日時点によるアーカイブ。 2014年2月15日閲覧。
5.^ “よど号妻2人を国際手配 松木さん、石岡さん拉致”. 47NEWS. (2007年7月9日). オリジナルの2014年2月20日時点によるアーカイブ。 2014年2月3日閲覧。
6.^ “【櫻井よしこ 菅首相に申す】民主使った違法献金か (2/4)”. 産経新聞. (2011年8月11日) 2011年8月27日閲覧。
7.^ “【正論】東京基督教大学教授・西岡力 首相献金が浮かび上がらせた闇 (2/4)”. 産経新聞. (2011年7月20日). オリジナルの2011年12月24日時点によるアーカイブ。 2011年8月27日閲覧。
8.^ a b c “【正論】東京基督教大学教授・西岡力 首相献金が浮かび上がらせた闇 (3/4)”. 産経新聞. (2011年7月20日). オリジナルの2011年12月24日時点によるアーカイブ。 2011年8月27日閲覧。
9.^ “法務政務官関係団体が拉致犯長男を選挙支援 三鷹市議選”. 産経新聞. (2011年5月17日) 2011年7月5日閲覧。
  1. 2017/02/21(火) 06:28:02|
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