古本屋通信

殺されたのは本当に金正男か?

 古本屋通信   No 2437    2017年  02月20日


    殺されたのは本当に金正男だったのか


  事件発覚後の私の心証は一貫してこうだ。朝鮮民主主義人民共和国の犯罪ではない。いちばんに疑われるのは、これを朝鮮民主主義人民共和国による犯罪だと喧伝した側の犯罪である可能性が大。単純なことだ。一番に「あいつがヤッタ」という奴が臭い。真犯人である。つまり共和国と敵対する「韓国」の謀略である。その可能性が大である。50年前だと日本でもそういう声は噴出した。いまでも表面に顕れないが、強くある。あるけれど、面オモテに出ない。それだけ日本が変わったのだ。

  殺されたのが金正男ではなく、金の影武者だという見方は事件直後からネットで散見された。私は引用はしないが、今もある。ご覧になればよいだろう。根拠も書いてある(死体写真の腹に入墨がない事まで書いている)。

  ところで、一昨日のマレーシア警察の記者会見。当然ながら 「殺されたのは本当に金正男氏だったのですか」 という質問が出たそうだ。これに対する警察側の回答は「死体の主から発見された旅券は金正男氏のものだった」 。これを警察当局の慎重な回答つまり逃げを打った回答と見做した新聞記事が一社あった。昨日の記事だからHPからは既に消されているだろう。

  きょう夕方のNHKのウェブ記事に以下が現われた。7時のニュースではない。文字化された記事である。私は「北」のカン・チョル大使に好感を持っていない。かなり勝手な言い分で強引である。しかし「北」当局の忠実で有能な外交官であろう。その彼がはじめて 「死亡したのはキム・ジョンナム氏ではない」 と公言したのである。これは新鮮だった。感動的でさえあった。なぜなら口から出任せなら、後で収拾が付かなくなる。そうではないだろう。これが「北」の公式見解なのだ。つまり「北」は以後はこの線で押して行くのであろう。

 予断は許さない、しかし私は今後はいっそう 「韓国謀略説」 に傾斜するだろう。とりあえずの心証を書いた。と言っても、私は「北」が模範的な民主主義の国だと言っていない。ただ核実験ミサイル発射にしても、国際的な緊張を強制したのは核大国の側である。一国の民主主義の成熟度を測る物差しを間違えてはならないだろう。


(以下の赤字部分を21日早朝に加筆) 私が殺されたのが金正男であるのを疑う理由をもう一つ書いておく。マレーシアは遺体を遺族に引き渡す条件として遺族側にDNA鑑定の提出を求めたという。いまのところ北京にいる家族、マカオにいる家族とも遺体引取りの申し出はないらしい。それは措いて私は当初はマレーシアが家族の真性を求めているものだろうと思っていた。しかし両家族の実在は天下周知だ。だとすると、DNA提出は金正男の真性を求めている? つまりマレーシアも金正男が偽者である可能性を捨てていない。それが上記の記者会見での微妙な発言になったのだろう。

 翻って、テロ暗殺を用いるか否かは措いて、あらゆる国家に諜報機関はある。もちろん「北」にもある。「韓国」にもある。ないわけがない。KCIA。日本にもある。内閣調査室。公安警察の上部機関だが闇に包まれている。私はKCIAの能力は日本の公安の比ではないと思っている。率直に予想する。マレーシア警察が手配した4人はKCIAではないのか。何故その可能性を捨て切れようか。金正男の影武者を仕立てて最終的には暗殺したのも? 女2人の実行犯人は確定であるが、女たちを利用して暗殺を企てた黒幕は? 男4人が共和国の戻っている? ブル新聞の悪意あるデマであろう。男たちが実行犯を裏で操作した真犯人である証拠は何もない。状況証拠さえもない。もちろん男たちがKCIAであるという証拠もない。しかしKCIAでないという証拠もない。





 北朝鮮大使 マレーシア側と共同調査を提案
 2月20日 18時24分  NHK

北朝鮮のキム・ジョンウン(金正恩)朝鮮労働党委員長の兄、キム・ジョンナム(金正男)氏がマレーシアで殺害された事件で、現地に駐在している北朝鮮のカン・チョル大使は、死亡したのはキム・ジョンナム氏ではないと主張したうえで、公正な捜査を行うためだとしてマレーシア側に共同で調査を行うよう提案する考えを示しました。

今月13日、マレーシアの首都クアラルンプールでキム・ジョンウン朝鮮労働党委員長の兄、キム・ジョンナム氏が殺害された事件で、マレーシアの警察は、これまでにインドネシア人とベトナム人の合わせて2人の女と、北朝鮮国籍の男1人を拘束したほか北朝鮮国籍の男4人の行方を追っています。

マレーシアに駐在する北朝鮮のカン・チョル大使は、20日、北朝鮮大使館で記者会見し、死亡した男性について、「警察はわれわれに確認せずに別の名前を発表している。われわれは全く知らない」と述べ、死亡したのはキム・ジョンナム氏ではないと主張しました。

そのうえで、「マレーシアの警察が公正で正確な捜査を行うよう待っていたが、むしろわれわれを疑うような捜査をしている」と述べ、北朝鮮側と共同で調査を行うようマレーシア側に提案する考えを示しました。

また、カン大使は、すでに出国した北朝鮮国籍の男4人について記者団から問われたのに対して、「何の根拠があって容疑者だというのか。同じ日に出国した人は何人もいる」と述べました


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


  金正男氏殺害に深い闇=容疑者「冤罪だ」—検視嫌がる北朝鮮
  時事通信 
 2月20日(月)16時0分
 【クアラルンプール時事】北朝鮮の金正男氏殺害事件は20日、発生から1週間を迎えた。マレーシア警察は逮捕した容疑者らの聴取を進め、背後関係解明の手掛かりを探る。しかし、北朝鮮工作員とみられる4容疑者は既に平壌へ逃げ帰っており、捜査の前途には深い闇が漂う。
 クアラルンプール国際空港で正男氏が襲われたのは13日午前。警察は15日、空港に戻ってきたベトナム人の女、マレーシア人の男、翌16日にインドネシア人の女を逮捕した。さらに17日には北朝鮮籍の男リ・ジョンチョル容疑者をクアラルンプール市内で逮捕した。
 警察は19日の記者会見で、犯行直後に出国した4人に加え、「北朝鮮の男と身元確認中の男2人の計3人の行方も追っている」と発表。計7人を追跡中で、逮捕済みの容疑者4人との関係をどこまで洗い出せるかが当面の焦点の一つだ。
 マレーシアの中国語紙・中国報(電子版)は19日、リ容疑者が「私は暗殺に参加していない」と犯行を全面否認していると伝えた。リ容疑者は「私ではない。殺していない」と訴え、空港の監視カメラの映像に自分は映っていないと主張。「誤認逮捕だ」「冤罪(えんざい)だ」として、釈放を求めているという。
 中国報によると、警察は当初、リ容疑者を監視カメラが捉えた4人の不審人物の1人と考えていた。しかし、容疑者の主張通り、違うことが確認された。自宅や職場から事件と関係のある証拠も発見されていない。
 もう一つの焦点は、正男氏の検視結果だ。今回の犯行は、相手を確実に殺し、実行犯に被害はなかった。使用された毒物は何か、特定が待たれるが、マレーシアのスブラマニアム保健相は18日、毒物の検査結果について「普通は2週間くらいかかる」とAFP通信に述べた。
 北朝鮮は事件直後から検視に反対し、マレーシア政府に強く申し入れていた。しかし、ロイター通信によると、「粛々とやる」と突っぱねられた。
 これに対し、北朝鮮の康哲駐マレーシア大使は17日、正男氏の遺体が安置されたクアラルンプールの病院前に現れ、記者団を前に「われわれの許可もなく検視を強行した。一方的に行った検視の結果を全面拒否する」と宣言した。そこまで検視を嫌がるのはなぜかに関心が集まっている。 



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


    参考


  大韓民国中央情報部
大韓民国中央情報部(だいかんみんこくちゅうおうじょうほうぶ、略称KCIA)は、朴正煕時代の韓国の情報機関である。

1961年、朴によるクーデター成功の一ヵ月後に、軍の諜報機関であるCIC(Counter Intelligence Corps、対敵諜報部隊)のメンバーを中心に設立された。主要な任務は朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)のスパイの摘発であったが、軍政時代は反政府運動の取締りにも辣腕を発揮した。所在地名から通称「南山」と呼ばれ、国民から恐れられた。

根拠法は国家保安法と社会安全法(現:保安観察法)。職務として製氷庫などで拷問を行った。組織・職員・予算は非公開とされ、職員は公募されず、生え抜きの軍人から約10万人が選抜され、国民生活の隅々まで監視した。朴の独裁に反対する国民を拷問・誘拐し、殺害さえすることもあることで知られた。その活動は国外にまで及び、日本で起きた金大中事件では、日本の東声会や山口組系暴力団と共に児玉誉士夫がKCIAに協力したことで知られる。

アジア放送研究会の山下透の調べによると、地下放送であった希望のこだま放送は中央情報部が行っていた。これについては軍政時代から「(放送は)韓国の特殊機関が行っている」と韓国放送公社(KBS)の関係者も認めていた。

全斗煥が創設した国家安全企画部、金大中以降の国家情報院と韓国の情報機関はその後も存続したが、政治犯罪のみならず経済犯罪も扱い、また職員の公募も始まるなど、次第にそのベールを脱いでいった。

中央情報部が関連した事件
(推定も含む)
第一次人民革命党事件(1965年)
東ベルリン事件(1967年)
統一革命党事件(1968年)
金大中事件(1973年)
民青学連事件(1974年)
第二次人民革命党事件(1974年)
学園浸透スパイ団事件(1975年)
コリアゲート事件(1970年代)
南民戦事件(1979年)
朴正煕暗殺事件(1979年)
  1. 2017/02/20(月) 22:34:06|
  2. 未分類