古本屋通信

1967~68年の学生運動

頭巻言? 巻頭言 民進党を死滅させ、自共対決の時代(3年前の日本共産党第26回党大会決定の規定)を迎えよう。「4野党+市民の共闘」の欺瞞性。市民など何処にもいない、というより安倍政権を支持する市民が市民ではないという日本語がそもそも日本語でない。次に4野党など実質的に存在していない。社民党はコンマ以下の支持率、自由党に至っては0,1パーセントの支持率である。ゆえに比例ブロックで一人の候補者も立てられない。候補者擁立を初めから投げている泡沫政党に「野党共闘」を語る資格はない。だから共産党が言っている4野党とは、実質民進党と共産党との野合である。この野合は今度こそ絶対に成功しない。いや必ず失敗させなければならない。第二自民党政権はもうコリゴリである。野田は悪夢である。れんほうは土井たかこよりずっとお粗末である。

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   古本屋通信   No 2398    2017年  01月28日


      1967~68年の学生運動

 さいきん寒いので倉庫の片づけをしているが、発見された一冊の古本を取り上げる。

『スチューデント・パワー 世界の全学連ーーその底流 』  毎日新聞社 昭和43年8月1日初版


 1968年から1970年に懸けてが、所謂70年安保闘争の前段階闘争として、日本の新左翼運動が活気を呈した時代である。本書はその時代の入り口あたりで、ブル新聞として取材して単行本にした書物である。ざっと読んだが、後半で世界各地の学生運動を駆け足で紹介している他は、何も特別なことは書かれていない。

  ところが統計・資料として何点か年表などが掲載されている。当時の政治党派や全学連各派の勢力図などだが、これはすべて公安当局の資料を転載したものである。これが素晴らしい。なぜ素晴らしいか。(ここで見るかぎり)精確で作意がないからだ。これはまあ私はこれまでも取り上げて褒めたこともあった。だが今回はいままで取り上げていない資料を掲載する。最近の反日共系全学連の街頭闘争一覧(昭43・6・15現在 公安調べ)を紹介する。といっても手打ちだからポイントだけ、つまり 闘争の名前と動員数 だけを転載する。これによって70年闘争の前段階闘争に於いて、日本の新左翼トロツキズムに影響された街頭闘争の等身大の実力が分かるであろう。つまり過大評価してはならないし、過小評価してもならない。

  私自身の当時の受けとめ方についてひと言。1967年10月8日の三派全学連の第一次羽田闘争を私は高松市の電話交換手のアルバイトをしながらテレビで見た。私は大学4年で、民青の運動の一線から引いていた。しまった、ヤラレタと思った。それ以後2年間、負けはしなかったがトロツキストの春の時代がやってくるのだ。

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最近の反日共系全学連の街頭闘争一覧 (昭43・6・15現在 公安調べ) 

昭42・2・26 2・26砂川基地拡張阻止闘争 600人

5・26 5・26砂川基地拡張阻止闘争 1400人

5・28 5・28砂川基地拡張阻止闘争 3200人

6・9 砂川基地拡張阻止闘争(含 エンタープライズ寄港反対) 900人

6・30 佐藤首相訪韓阻止闘争 250人

7・9 7.9砂川基地拡張阻止現地闘争 2600人

9・7 佐藤首相訪台阻止闘争 400人

10・8 佐藤首相第二次東南アジア訪問阻止事件 (第一次羽田事件 山崎博昭君が死亡) 2500人

10・21 10・21ベトナム反戦(国際統一行動)闘争 10500人(うち東京3400人)

11・12 佐藤首相訪米阻止事件 (第二次羽田事件) 3300人

昭43・1・15 飯田橋事件 200人

1・17 平瀬橋事件 800人

1・18 1・18佐世保橋事件 750人

1・18 日比谷事件 300人

1・19 1・19佐世保橋事件 650人

1・19 外務省庁舎侵入事件 200人

1・21 1・21佐世保橋事件 400人

2・20 2・20王子闘争 870人

2・26 2・26成田事件 950人

2・27 2・27王子闘争 570人

3・3 3・3王子闘争 505人

3・8 3・8王子闘争 1550人

3・10 3・10成田闘争 1600人

3・28 3・28王子闘争 800人

3・31 3・31成田闘争 1000人

4・1 4・1王子闘争 630人

4・2 4・2王子闘争 480人

4・8 4・8王子闘争 490人

4・15 4・15王子闘争 810人

4・21 4・21ベトナム反戦闘争 1350人

4・26 4・26ベトナム反戦・沖縄闘争 8240人(うち東京3200人)

4・27 4・27沖縄闘争 3270人(うち東京730人)

4・28 4・28沖縄闘争 1870人(うち東京1310人)

5・1 第39回メーデー 3311人(うち東京1702)

5・13 5・13日米安保協議委再開反対統一行動(東京) 昼 910人 夜 740人

5・17 ベトナム反戦、沖縄奪還、教育三法粉砕統一行動 1100人

5・19 ベトナム反戦、反安保5・19市民集会 300人

5・23 教育三法粉砕デモ 250人

5・30 5・30ベトナム反戦沖縄闘争 4530人(うち東京2520人)

6・1 61ベトナム戦即時中止ベ平連行動 1100人

6・3 6・3全学連(社青同)無許可デモ 150人

6・7 6・7米機九大墜落抗議アスパック粉砕 5200人

6・14 6・15前夜行動 8250人(うち東京4150人)

6・15 615全国行動 13715人(うち東京9060人)


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  古本屋通信 

  感想だが、公安はよく実態を把握している。それとトロ派も三派全学連を結成してから頑張っている。この中で私が一番目を見張ったのは三派の佐世保闘争だ。長崎の片田舎だが、アメリカの原子力潜水艦エンタープライズが再三に渉って寄港した。なんと三派に佐世保市民の圧倒的な支持が集まったという。カンパは瞬く間に百万を超えた。後にも先にも中核派と解放派と社学同がこんなに支持されたことはなかったろう。この文脈の中で彼らは市街地から大学に戻り、やがて全共闘の構成部分として民青と対峙するようになる。

  誤解なきように断っておく。この時期に民青同盟と其の系列の全学連は統一行動をサボっていたわけではない。公安もちゃんと把握していただろう。しかしブル新聞は悪意をもって全てを無視した。ブル新には社学同・藤本や中核派・秋山の名前は載るが、民青系全学連・田熊の名前は絶対に載らなかった。いくら数千人規模の統一行動とデモをしても、ブル新は一行も報道しなかった。われわれはこれを不当なこととは考えなかった。ブル新に掲載されるようになったらオワリだと思っていた。

 ブル新が無視しても公安当局は精確に実態を把握していた。同じ資料に拠る各派全学連の自治会数を掲載しておこう。

(加盟・結集自治会数)

代々木系全学連 316自治会(正式加盟 91大学 205自治会)

革マル派全学連 22自治会 (決して多くはないが、50年近く経過した今日でも、当時の殆どの大学でいまも影響力を失っていない。革マル派に敬意を表して、当時の加盟自治会を転載しておこう。早稲田大(一文、一商、二文、二商)、学習院大(文、理)、国学院大(一部、二部)、日本女子大、国際基督教大、岐阜大(農、工)、愛知大(豊橋一、二部)、金沢大(文)、福岡教育大、熊本大(教育)、熊商大、鹿児島大(教養、文理、教育、水産)

中核派全学連 27自治会

4トロ派 2自治会

社青同解放派 11自治会

社学同(反帝全学連) 32自治会

社青同協会派と構造改革派(江田派) 知るかぎり後者はない。九州の佐賀大と大分大に向坂の足跡がわずかに残るだけである。 5自治会

構造改革派フロント 17自治会

構造改革派民学同(共産主義労働者党の影響下) 14自治会 阪大と大阪市大と岡山大が中心。尚、日本のこえの学生組織も民学同だが、こちらが自治会を握っていたケースを私は知らない。

日共左派 1自治会 花園大となっている。いわゆる毛沢東派だが、大学への影響力はまったくなかった。中国毛派の影響力があるとすれば、社学同の一派への影響だけだったろう。それと、連合赤軍の片割れの京浜安保共闘なる自称「革命左派」だが、私は今もってこの組織が分からない。毛派ではなくブントの末裔のブランキストだと思っている。永田洋子のような女はこの派の行きつく当然の終末だと思う。だから私はブント(社学同)系列を左翼と見做さないのだ。因みに私はブント各派が連赤事件をわが事として総括している文を読んだことがない。すべて他人事である。そういうのは左翼と呼ばない。保守に合流したマル青同とブント戦旗派を見よ!


  尚、公安の資料では、党派の影響下にない、全学連の傘下に入っていない自治会を299挙げている。私はこれがよく分からない。例を上げれば、早稲田(一理工)、日本大(法、文理)、上智大、関西大(文、商、工、社)、近畿大(法、商、薬、農、二部)などはノンポリまたは右翼体育会系だったのは分かるが、大阪大(経、薬、歯、基礎工)、横浜市立大(医)などはよく分からない。たぶん星雲状態の自治会だったのだろう。まあ日大的だったんだろうな。 
  1. 2017/01/28(土) 06:22:44|
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