古本屋通信

出張報告

古本屋通信   No 2387    2017年  01月22日
 

   出張報告



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希 nozomi ‏@nozomi_ski · 1月18日
3 泊 4 日の出張から帰ったら、すごく喜んでくれました。
#チワワ と #マルックス の #ミックス犬



  たったこれだけです。希さん、お疲れさまでした。


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 以下は3年半前の文だが、ここに第27回党大会での志位委員長の再選を記念して、全ての党員のみなさんに贈る。


   再録


   古本屋通信  No 258   2013年 6月14日



   伊里一智と志位和夫


 通信No 255で予告しておいた志位和夫の処女論文の件。ざっと読み直してみたが、どう考えても論ずるような代物ではない。あとでちょっとからかうが、表題を上記のようにして、寧ろ伊里一智の事を書く。ウィキぺディアの記事を No 255 に貼ったので、予備知識がない方はそれを参照してください。書くといっても伊里は過去文献をひいて書かねばならないような人物ではなく、記憶に頼って書けば十分だろう。

 伊里一智 は話題になった時点で、既に2つの点で済んでいた。

 一つは、彼が党大会代議員を目ざしたのはよいとして、その主張が「宮本顕治の勇退を勧告する」であったことだ。これは人事案件であり、単独で取り上げること自体が異常だった。「長いから駄目だ、独裁だ」というのだろうが、こんな主張が都党会議まで上がる訳がない。むしろ東大院生支部で通ったのが不思議な位だ。党中央の人事は党大会の最後にくる案件だ。中央委員会議長、幹部会委員長などは、大会代議員によって選ばれた中央委員の互選で決められる。私はこれは現実的で民主的な選出方法だと思う。伊里が、いやこれはよくない、自民党や(当時はなかったが)民主党のように「トップは党員の直接選挙で選ぶべきだ」と言うのなら、そのように「規約改正しよう」と提案すべきである。伊里の目の上のタンコブとして宮本顕治がいたにせよ、宮本憎しなどは感情の問題であり、たとえ彼が大会代議員に選ばれたとしても、中央委員を選ぶ選挙の時に、宮本顕治に不信任票を投ずることが出来るに留まる。「勇退を求める特別決議案」など案件としても認められよう筈がない。なぜなら、党大会は新しい中央委員を選ぶことを大会の主要任務の一つとしており、党大会の始まった時点で宮本顕治は中央委員にさえ選ばれておらず、その候補者名簿さえも発表されてないからだ。

 だいいち、人事は大会決議案のあとに来るものだ。前大会以後の指導部の責任は、新しい議案の討議の中でそれも含めて討議される。いままでだって、第8回大会の綱領採択以降の限っても、4・17問題での聴濤常任幹部会員の辞任、宮城県委員会における誤まった指導の責任をとった藤原幹部会員の辞任など、前例はある。伊里は宮本顕治の指導責任を具体的に指摘すべきだった。それを、長いから辞めろなど児戯の類いだ。

 もう一つは、伊里一智が徹頭徹尾ブルジョアジャーナリズムに依拠して、或いはそれに期待して行動したことだった。私の記憶は薄れかかっているが、大会会場でのビラまきはブル新を意識してなされた。「朝日ジャーナル」は数ある商業媒体の中でも最悪である。これに登場したら一巻のオワリだ。

 余談だが、党批判がブル媒体に依拠したら、その時点で党批判は効力を失う。それはいかなる装いを凝らそうと、例外なく反共攻撃に堕すからだ。袴田里見も広谷俊二もそうだった。比べるべくもないが、伊里一智も完全に済んでいた。この点で新ヒヨが誰ひとりブル新に手記を寄せていないのは、際だって光っている。川上さんなんかにはずいぶん声が掛ったと思うよ。古在由重も沈黙をたもった。たとえ生あるあいだ認められなく死すとも、歴史の判断にゆだねる、これが唯物論者だろう。それと人間の品格が違うんだ。

 
 志位和夫 に移る。

 再読してみて筆が萎えた。志位にはネオ・マルクス主義批判の論文がある。こちらはまだマシだが、『投降主義者の観念論史観』所収の文は戴けない。
 「変節者のあわれな末路」
 せめて小見出しを書こうかと思ったが、その気持ちも失せた。これを書いたのは党中央青学対部員のころだ。志位はその後、ネオ・マル批判で党イデオロギー官僚の仲間入りする、十人程いた中の最若手だった。

 志位和夫擁護の弁。この男は私心のない人物だ。当時、かれは党の最高幹部になることなど夢想だにしなかっただろう。もしかれに党官僚として最高指導者への志向があったなら、こういう「首斬り朝」のような文は決して書かなかっただろう。かれは自分は捨て石でよいと思っていたのだ。今回は、志位文には一切触れない。但し、志位文の筆の運びだと、古本屋通信など反党分子( 私は党を除名されたのではない。地区委員会の手違いによって、転籍が不首尾に終わっただけだ。念のため )として殺してもよいという、連合赤軍顔負けの左翼ファシズムには当然行き着くだろう。


 補記
 上記の文を書いて半日後、夕方のいま、再度書いている。振り返って、伊里の宮本退陣要求を引っ提げての行動は、マスコミ受けを狙っていたとは言え、解り易かったと思う。それにたいして、これを批判する上記の私の文は理屈っぽく、私が宮本の崇拝者に近い事もあってか、わかりにくくて支持されにくい。夕方までに「拍手」がたった一人しか付かないのを見てそう思った。

 志位和夫の文の、それぞれのセンテンス中の幾つかを抽出しておく。

・・・・低劣で、下品な党攻撃に終始している。・・・・かくしてこのふたりの反党分子は、手に手をとって・・・・。反党分子というのは、よほどの「義人」ぞろうということか。・・・ふたりの反党分子の麗しい「友情」が・・・。・・・そろって新しい党攻撃のシナリオを練りあげ・・・。・・・いかに低劣な内容のものであるかは・・・・。三文反共雑文を書き送る売文家と同じ地点まで、・・・。・・・破たんしたみずからの主張をとりつくろうための苦しまぎれの弁明・・・。科学的社会主義の階級的見地のイロハすらわきまえないもの・・・・。・・・・混乱した自己撞着におちいった弁明・・・・。・・・観念の世界での言葉遊びのようなもの・・・・・。右転落した社会党の新与党化路線への追従と投降という、底なしの敗北主義、右翼日和見主義に立ったもの・・・。・・・あからさまな解党主義の主張を・・・・・・。・・その深刻な政治的退廃ぶり・・・    

 もうやめておこう。これは出だしの数ページだけだ。まことに貧しい処女論文の、こけおどしの形容句を抽出したものだ。書く者の品性が疑われるだけのこのような文でも、党内用の恫喝にはいくらかの効用もあるのかもしれない。しかし伊里批判の文としては、私の上記の短文にさえ及ばない。これが天下の党委員長の処女論文のサワリだったのである。


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    今回 補足

  最後の志位の与太文は、今回の再録に当って、古本屋が大文字に変換した。面白いことに、その最後の 3 行の赤字変換の部分は何と志位自身の現在の「野党共闘」路線をソックリそのまま撃っているではないか。いや、それを遥かに上回る「新与党化路線への追従と投降」、「底なしの敗北主義」、「右翼日和見主義」、「あからさまな解党主義」である。然し、この時点では、志位自身は自分がここまで転落するとは夢想だにしなかったであろう。その意味では正直な男である。ただ、何ゆえ今のようにメゲたかというと、志位にはまるで理論がなかったからだ。私は晩年の不破に感心しないけれど、少なくとも不破は自分の発言に整合性を持たしてきた。志位の2つの報告、すなわち第26回党大会の報告第27回党大会の報告の報告を見比べたらよい。ここまで矛盾した正反対の報告ができるのは没理論のなせる業である。しかし笑って済ますわけにはいかない。志位だったら何時、何を言い出すか分らない。現に靖国派の小沢一郎と手をつないでいる。志位自身が小沢に誘われて靖国神社に参拝する可能性を、どうして100パーセント否定し切れようか。「志位さん、共産党だって戦死者を悼む気持ちは強いと思うんだ。だから党の委員長ということではなく、個人の資格でいちどだけ行ってみようよ。ボクといっしょだと抵抗は少ないと思うんだ。そうすると戦没者の子孫のかたも安心するし、何よりも共産党アレルギーが払拭されると思うんだ。どうせ中国共産党や朝鮮労働党とヨリを戻す積りはないんでしょ? だったら何の支障もないじゃあないですか。共産党の歴史の上でもかつてない大転換ですよ。それくらい大胆にやらなっくっちゃあね(仮想法)

  余談だが、土佐高知さんが党大会に引っ掛けて、小沢を評価する文を書いている。「野党共闘」を称えている。もうオワリだね。小沢が政界の寝技師であるのは事実であろう。しかし小沢がただの一度でも、人民大衆の生活に目を向けたことがあったか。自民党幹事長時代の消費税の立役者は小沢一郎そのひとであった。何も今の政局に限らない。日本共産党の政治には、政治ゴロを使っての政治的駆け引きは不要である。もっと愚直なまでに人民大衆に目を向けよ。上を向くな、下を向け。そういう意味では徳田球一は愚直だった。徳田は小学校卒だった。志位よりはずっと人民思いだった。まあ徳田もアホウだったから、宮本が光るんだけどね。
  1. 2017/01/22(日) 16:18:56|
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