古本屋通信

党員と学歴の問題

古本屋通信   No 2384    2017年  01月21日
 

      党員と学歴の問題


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    更新日時 : 2017/01/21     06:43



  今朝の赤旗に至るも、新人事の詳細は載らないのだが、それはさておき、表題のテーマで少し書いてみたい。直接にはKM生さんの党中央派閥の考察に触発されたのだが、私の問題意識にずっと眠っていたテーマである。然し私が書きたいのは党中央に於けるそれではない。私はそれに関する情報をまるで持っていないし、既に書き尽くされているように思う。私が書きたいのは、もっと一般的なことである。地方の党組織が意識の底流にはあるが、何も共産党でなくてもよいのだ。左翼党派と学歴、卒業大学によって人脈だとか、グループだとかが形成されるのかという問題である。これを公式に肯定している組織はないだろう。これは企業などあらゆる組織で肯定していない。然し知らず知らずのうちに、とりわけ人事問題に絡んで学歴がモノをいうか否かである。以下で私が書くことは私の心証に基づいた謂わば 「ヨタ話」 として読んで欲しい。

私は1964~68まで高松市で学生生活を送り、その大半が民青同盟と党の生活だった。大学の外の組織と党員は時々かいま見るくらいだったが、党の専従や民主団体の事務員に学卒は(一人を除いて)いなかった。その一人が県委員会副委員長の石田千年さん(京大卒、火炎瓶の世代でパリパリの所感派の活動家だったと聞いている)だった。彼と赤旗分局のOさんが大学細胞の指導に当っていた。Oさんは生粋の労働者出身でたぶん中卒者だった。県委員長の下川さんは中卒か高卒か知らないが国鉄の機関士養成所出身だったと思う。他に大卒がいたかも知れないが、少数だっただろう。香川大学を卒業して民青の専従になったのは T さんだけである。いちど自分から職業革命家になりたいと洩らした学生がいた。こっぴどくどやされた。そういう発言はタブー中のタブーだった。党員の学生は労働者にならねばならなかった。

私はそのご岡山の党組織(学生細胞)に移るが、①の原則は当時までは、岡山でも大差なかったようである。この原則(学生出身は専従や民主団体の事務員にはしない)が大きく崩壊し始めたは、私が大学を卒業する1970年からだった。ここらの出典は中原猛さんの追悼集 『行く手を照らして 中原猛さんを偲んで』 である。この年、中原さん、武田英夫君、それから長久さんが専従になる。大学紛争の関係もあってか中退者が相次ぎ、民主団体等、党の影響下にある団体への横すべりが相次ぐ。そのいちいちに触れないが、当時の私には異常に思えた。それは既に書いたとおりである。しかし後で知ったが、これは何も岡山に限ったことではなく、全国的な風潮であった。つまり1970年を境にして、党専従や民主団体に大量の学卒者および中退者が流入したのである。その背景には、いわゆる団塊の世代をもって、大学進学率が急上昇したことがあるだろう。

今でもそうだが、私には職業革命家になるには労働者出身でなければならぬという考えがある。別に学卒者でも構わないが、労働経験のない専従など好ましくないという考えだ。当時の私は、岡山の傾向は岡山地区委員会、とりわけ地区委員長の萩原さん(東大仏文卒の山陽新聞労働者だが、当時馘首されて半専従だった)の個人的な方針だと思っていた。だから転籍の時に地区委員会批判の文書を副えて提出した。それが拙かったのか転籍は認められず、再入党の用紙に書いてくれと言われた。私は書かなかったが、これを後悔したことも、特に腹が立ったということもなく、むしろ清々した。この時どうだったにせよ、2年後には(新日和見主義問題が発生した時)自分から確実に離党していたからである。まあ自分のことは置いて、あとで知ったが、学卒者を労働者として送り出さずにストレートに専従にする方針は萩原さんの偏向というわけではなく、全国的にも随時採用された新方針だったらしい。生協の I さんが言うところでは「そんな回りくどいことをやっていたのでは革命はできない」となったのだそうな。1970年代以降の専従には学卒者が驚くほど多い。労働者出身は少ないだろう。

それでは、今日に至るまで、党専従やその周辺には学閥が巾を利かせているのであろうか。岡山に関してだが、学閥などないと思う。以下は個人のライバシーではない。すべて選挙立候補時に本人が公表していたり、また現在でも本人のHPのプロフィール欄に記入されている事実である。

石井ひとみ県委員長 ノートルダム清心女子大学文学部英文科卒
植本完治書記長 下関市立大学経済学部卒
松田準一副委員長 鹿児島大学工学部卒
森脇久紀副委員長 岡山理科大学理学部卒 岡山大学大学院博士課程中退
垣内京美岡山地区委員長 岡山大学法学部卒
河田正一岡山市議 東京教育大学農学部卒
竹永光恵岡山市議 専門学校卒(福祉)
林潤岡山市議 岡山大学理学部物理学科卒
田中のぞみ岡山市議 高知大学教育学部学校教育学科卒
東毅岡山市議 岡山大学農学部卒
氏平みほこ岡山県議 専門学校卒(看護)
すます伸子岡山県議 専門学校卒(看護)

 何時だったか、岡山の専従は岡大卒が巾を利かしていると言った奴がいた。そんなことはまったくないのは、上記を見ればわかる。ついでにその方は、古本屋通信が転籍を受理されなかったのは、岡大卒と言っても、元々は香川大学の卒であって、外様だから煙たがられたそうだ。コレには尾ひれが付いていて、岡大学生運動には香川大学生運動にコンプレックスがあるから、だそうな(大学の規模などを考慮に入れると、岡大の民青は香川の四分の一しかいなかった)。妙な言い草だが、当時は妙にリアリティがあった。ああ、私の本籍は岡大ではなく、香川なんだなあと。でも後に田中政利さんなど香川からもけっこう流入しているんだが。

ひとつだけ党中央関連に触れたいのだが、私は早稲田の文学部出身の田村智子と吉良佳子が学生時代の自分の活動に触れないことに疑念を懐いている。まったく触れないのではない。選挙のたびに訊かれ、差し障りのない事を喋っている。しかし革マル派に触れない。たぶん党内でマニュアルができているんだろう。何も無理やり口を割らそうと云うのではないが、避ける事でもあるまい。今や田村は副委員長、吉良も中央委員である。別に学生運動歴がないから失格とは言わない。革マル派の軍門に降って大人しく従っていたのなら、そう白状していた方が後々のためである。
  1. 2017/01/21(土) 07:46:45|
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