古本屋通信

掲載されない党人事

古本屋通信   No 2383    2017年  01月20日


    何時まで経っても掲載されない機構と人事

 どうも奇怪なのは、大会翌日(19日)の紙の赤旗には、大会最終日に発表になった役員(中央委員・准中央委員)、三役、常任幹部会委員、幹部会員、名誉役員はたしかに掲載されたのだが、これが当日昼前のウェブ版に載らなかったこと。さらに当然その翌日には決まっているはずの党中央の機構の役職を担当する各役員が本日(20日)に至るも、紙の赤旗とウェブ版の両方で発表されないことだ。まあ遅れているんだろう。別に総評するつもりはないが少し気になる。 選挙にせよ党大会にせよ時事的なトピックスだから、記事もそのうち整理するが、記憶に残っている印象を少し書き足しておこう。①は私の予想が大きく外れた。

今回の党大会ほどブル新聞が報道に紙幅を費やさなかったことはなかったのではないか。私は各紙をずっと追っていたわけではないが、いつも熱心に報道する産経もろくに記事を書かなかった。朝日、毎日、読売の記事は見なかった。そして私はこれはよい事だと思った。共産党のためにである。左翼党派は本来ブルジョアジャーナリズムなどトコトン無視すべきである。また無視されるべきである。アレコレは面倒だから中核派と革マル派。後者こそ一流の左翼である。テレビカメラの前でハッスルするのは左翼ではない。「わー、新聞が大きく書いてくれた」ーーそんな左翼はあり得ない。

今回もキンピーサイトのKM生さんが書かれており、デボーリン君もよく言うのだが、共産党指導部内の派閥。私はこれをお二人ほど重視しない。その理由は党内情報を持たないからである。しかしKM生さんの洞察は常識的に見て、そんなに間違っていないだろう。私の感想を書く。私は不破は元々党内影響力も人気もないとの見方である。不破のどこが魅力なのか。元々上田の方が人気があった。議長を退任した時点でオワッテイルのではないか。旧宮本派閥などとっくに消えているのではないか。学閥とういのもよく分からない。立命館だが、大幡は立命館卒だが降ろされた。

面白かったのはKM生さんが、たぶん彼は京都なので詳しいのだろうが、山口富雄を出して、同志社だから立命館には小ばかにされていると書いていたこと。ヘーと思った。なぜ私が同志社に注意を引かれたかと言うと、岡山の専従の矢引きさんが同志社だったからである。

忘れ掛けていたこと。高知の春名氏の党大会報告に写真が副えてあって、それが面白かった。四国各県ごとに代議員の写真。高知県10名、徳島県2名、愛媛県5名、香川県不明。これは正確に党の現勢の比率だろう。

坂井希のことだが、デボーリン君によると、坂井は志位のお気に入りだったそう。なのに何で据え置きかは別にして、それは志位の片想い。坂井が志位を評価している訳がない。志位の処女論文はたぶんネオマルのプーランザス批判だが、大学生のレポート並みだった。続いて伊里イッチ批判。これも酷かった。それまでも党の理論官僚は離反者非難の論文は多く書いてきたが、志位ほどの下手クソはいなかった。まあヨクモ委員長になれたものだ。これを誹謗中傷というのなら、これらを評価する文を書いてくれ。前者は何かの志位の単著に入っているだろう(ネオ・マルクス主義 研究と批判 1,2)。後者は単行本になっている。まあ恥かしくて読めたもんじゃあなかった。不破に頭が上がらない筈である(筆坂に拠ると、志位が常幹会議で何か発言すると、不破が「僕は違うナ」と云い、志位はシュンとなったという。こういう事実を暴露してくれたのだけが筆坂の取り柄だった。なんせ№4だったからナ)。


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参考資料 (すでに書いたが、古本屋は伊里のビラまきなど評価していない。だとしても志位の文はもっと酷い、念のため)


 某A氏の資料庫(私見をまとめた雑文と,東大の学内政治風波に関する資料を置いています。東大駒場キャンパスの片隅から)
 2013年01月08日  日本共産党・志位和夫委員長の「汚れた手」


 日本共産党の志位和夫委員長ですが,1988年に,ほぼヒラ同然の専従から書記局長に抜擢されました。出世のきっかけになったのが,「伊里一智事件」での活躍だといわれています。
  伊里一智事件とは,1985年当時,東大の院生支部の党員が,宮本顕治の引退なども含め,党の改革を訴える提案を党大会に提案しようとしたところ,その提案が連名であることを以て,党機関が「分派活動」と決めつけて,その動きを阻止したもの,および,その後の「党大会でのビラまき」「週刊誌のインタビュー」「伊里一智氏の著書出版」などの一連の出来事をいいます。伊里一智はその院生が名乗った活動名です。
 この事件は,典型的な,民主集中制の原則を悪用した,異論の政治主義的な封殺でした。その主な下手人が,志位和夫委員長その人なのです。志位氏は,「変節者のあわれな末路」(「赤旗」1986年3月18日,19日)「退廃と遊戯の『哲学』 ――浦地実『<ポスト・モダン>と唯物論』批判」(『前衛』1986年4月号)などの論文を書いて,伊里氏を口汚くののしりました。この,異論排除の能力が宮本顕治に買われて,出世を果たしたとかなんとか,いわれているところです。これら共産党側の論文は,『投降主義者の観念論史観』という本にまとめられています(上写真)。
 今回,上に挙げた志位氏の論文を紹介します。ぜひぜひ,読んでみてください。あの顔からは想像できないような悪口雑言の数々が並んでいます。このような「論文」を書いた人物が,民主社会の公党の事実上の党首を務めているのは恐ろしいことです。共産党が人々の支持を得ようとするなら,まず,志位委員長の過去の論文について総括するべきでしょう。

 余談ながら,私が,2011年12月,最終的に,共産党を離れる決心をしたのが,この本を読んだことです。当時,自治会選挙をやっている最中だったのですが,投票所の運営中ずっとこの本を読んでいました。都合の良いレッテル貼り,不必要な人身攻撃,誠実さを欠いた事実わい曲の数々に,恐怖を覚えたのです。これ以上,この党にいては,人格が歪んでしまう,と切実に思ったものです。今の共産党は,表面的には,ソフトな顔をして近づいてきますが,その内実と歴史を知れば,それは偽りの姿だとわかります。一人でも多くの人,そして党員に,これらの論文を読み,日本共産党が,自由と民主主義の原則にかなう組織なのか,考えてほしいと思っています。 .
  1. 2017/01/20(金) 11:35:22|
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