古本屋通信

出隆と船山信一について

古本屋通信    No 2365   2017年  01月06日


     出隆(いでたかし)船山(舩山)信一 について

 直前板の訳者の出隆と藤川覚の文の手打ち入力は、ギクシャクした日本語も含めて楽しかった。かなり長い作業だったが、苦痛はなかった。それはそれで終わりなのだが、エントリーを仕上げた後、何か心残りがあるのだ。というのは あの仕上げだと、私自身が訳者の出隆と藤川覚、さらにフォイエルバッハの翻訳者である船山(舩山)信一をどう捉えているのかは不明だ。 私は藤川は殆んど知らないし、さほど影響力はないから気にならない。しかし出隆と船山については、一言書いて置かないと欲求不満が残る。と言っても彼らの一部始終ではない。彼らの思想は、戦後に限って如何なる思想だったのか、果たしてマルクス主義唯物論と言えるものだったのか。それと、彼らの政治党派との関係はどうだったのか。私は特に詳しいわけではないが、知っている事を少しだけ書いておきたい。尚、白紙から稿を起こすのは苦痛なので、ウィキペディアの一部分をつまみ引用して、それにケチを付ける形で書きたい。


 出 隆  1892年~1980年

第六高等学校を経て東京帝国大学卒業。1920年、日本大学および法政大学教授、1921年、東洋大学教授となる。同年刊行の『哲学以前』は哲学青年の愛読書となる。1924年、東京帝大助教授。1935年教授。1948年(昭和23年)、日本共産党に入党。1951年には東大を辞職して東京都知事選挙に無所属で出馬し落選。1964年(昭和39年)日本共産党を除名される。アリストテレスの研究。主著は『ギリシヤの哲学と政治』、『アリストテレス哲学入門』、『英国の曲線』、『詩人哲学者』、『アリストテレス全集』(監。訳)。『出隆著作集』全8巻。


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  これでもウィキのごく一部だが、彼の著作上の仕事の殆んどは大昔の哲学青年向けの教養書とギリシア哲学なのだ。つまりマルクス主義者としての仕事ではない。それじゃあ戦後に入党してからめぼしい仕事はあったのか。直前板の翻訳はその一例だろう。しかし実践運動を別にすると、著作活動は啓蒙書を含めて少なかった。これは『出隆著作集』全8巻を見れば明らかだ。入党そのものも戦前の反省に立った自己批判から出発したとは言い切れない曖昧なものであった。普通なら戦前の著作は絶版にするだろう。東京都知事選挙出馬は党の50年分裂時代に一方から担がれた不正常なものだった。1964年の除名は多分「日本のこえ」に同調してのものだったろうが、殆んど話題にもならなかった。結論だけ言うと、私は出隆をマルクス主義者と捉えたことはない。リベラルな教養主義者だと思う。それでも党の哲学者に混じってミーチン歓迎会に出席したりした、そういう時代の、まあ遅れてきた三木清のような人ではなかったか。もちろんこれに対する異論もあろうが、いずれにしても過去の人である。

1 出隆著作集 別巻1 ギリシャ人の霊魂観と人間学 出 隆/[著] 勁草書房 1980
2 出隆著作集 第5巻 哲学史余話 出 隆/[著] 勁草書房 1974
3 出隆著作集 第1巻 哲学以前 出 隆/[著] 勁草書房 1980
4 出隆著作集 第2巻 哲学を殺すもの 出 隆/[著] 勁草書房 1974
5 出隆著作集 第3巻 エッセー 出 隆/[著] 勁草書房 1974
6 出隆著作集 第4巻 パンセ 出 隆/[著] 勁草書房 1974
7 出隆著作集 第6巻 哲学青年の手記 出 隆/[著] 勁草書房 1974
8 出隆著作集 第7巻 出隆自伝 出 隆/[著] 勁草書房 1973
9 出隆著作集 第8巻 出隆自伝 続 出 隆/[著] 勁草書房 1973


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  舩山信一  1907年 - 1994年

哲学者・マルクス主義者。立命館大学名誉教授。マルクス、ヘーゲル、フォイエルバッハの研究を通じて人間学的唯物論を確立した。船山信一とも書かれる。1930年、京都帝国大学文学部哲学科卒業。西田幾多郎の下で哲学を学ぶ。マルクス主義者であることから、学派的には三木清、戸坂潤らとともにいわゆる西田左派に属する。1932年、戦前の著名なマルクス主義団体である唯物論研究会を戸坂潤らと結成。1933年、日本プロレタリア科学同盟に参加。1934年、治安維持法違反で逮捕・起訴される。戦後は、1946年に河北新報論説委員。1955年、立命館大学教授、1976年、名誉教授。舩山信一
『昭和唯物論史』(福村出版、1968年)
『人間学的唯物論の立場と体系』(未來社、1971年)
『ひとすじの道―唯物論哲学者の自分史』(三一書房、1994年)
『舩山信一著作集』(全10巻) 西川富雄・中埜 肇・清水正徳・加藤尚武監修 (こぶし書房、1998年-1999年)
フォイエルバッハ『唯心論と唯物論』(岩波文庫、1955年)



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  私は船山はウィキにある「人間学的唯物論を確立した」というのが正解だと思う。そしてこれはマルクス主義唯物論とは異質であると言うのが私の見解である。こういう毛並みの哲学者は戦後多くいた。少しずつ違うのだが、梅本克己だとか高桑純夫だとか、よくいえば主体的であり、客観的唯物論たるスターリン哲学と無縁である。ひとからげに批判するのは無理だろうが、レーニンが『唯物論と経験批判論』で批判したマッハ主義の直感主義に通じる弱点だろう。ここらは著作集の監修が加藤尚武で、こぶし書房の出版というのが面白い。尚、船山は戦後哲学に於いて、唯物論者からトコトンいじめられていた。その記録もあったが、今は消えている。上記のウィキの記事だが、「戦前の著名なマルクス主義団体である唯物論研究会」の記述は誤解をはるかに超えたデタラメである。唯物論研究会の初代会長の長谷川如是閑が唯物論者であるわけがなかろう。三木も一時は唯研に出入りしていただろうが、唯物論者ではない。そういう意味では戦前の船山もあやしいだろう。戦後の船山は如何なるマルクス主義哲学者とも、また共産党とも関わることはなかっただろう。なのになぜ立命館だったのかの疑問は残るが。

1 舩山信一著作集 第1巻 認識論としての弁証法 舩山 信一/著 こぶし書房 1998.09
2 舩山信一著作集 第8巻 日本の観念論者 舩山 信一/著 こぶし書房 1998.09
3 舩山信一著作集 第3巻 ヘーゲル哲学体系の生成と構造 舩山 信一/著 こぶし書房 1998.12
4 舩山信一著作集 第4巻 人間学的唯物論 舩山 信一/著 こぶし書房 1998.12
5 舩山信一著作集 第2巻 ヘーゲル哲学の体系と方法 舩山 信一/著 こぶし書房 1999.03
6 舩山信一著作集 第5巻 西田・ヘーゲル・マルクス 舩山 信一/著 こぶし書房 1999.03
7 舩山信一著作集 第6巻 明治哲学史研究 舩山 信一/著 こぶし書房 1999.06
8 舩山信一著作集 第7巻 大正哲学史研究 舩山 信一/著 こぶし書房 1999.06
9 舩山信一著作集 第9巻 昭和の唯物論哲学 舩山 信一/著 こぶし書房 1999.09
10 舩山信一著作集 第10巻 民主主義と漁村 舩山 信一/著 こぶし書房 1999.09
  1. 2017/01/06(金) 15:41:06|
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