古本屋通信

エンゲルス 『フォイエルバッハ論』

古本屋通信    No 2364   2017年  01月06日


     エンゲルス 『フォイエルバッハ論』


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    更新日時 : 2017/01/06    06:43



  今から20年前、古本屋を開店して2,3年目に岡大の哲学科の女子院生が私の古本屋に出入りしていたことがあった。四国の国立大学人文学部を卒業して岡大の大学院に来たのだが、その頃すでに婚約しており、婚約者は四国の大学准教授で、ハイデガーの研究者だった。彼女も同方向の研究をやるため、一時岡大に席を置いていたのだ。当時の岡大の哲学科には宗教哲学(基督教哲学)でキェルケゴールの研究者がいたから、その関係で岡大に来たのだろう。私は彼女からハイデガーの難解書である 『存在と時間』 (Sein und Zeit) のレクチュアーを受けたことがあった。彼女は実存哲学だけではなく、メルロポンティやフッサールなどの現象学にも精通していた。それはよかったが、彼女がフォイエルバッハの名前を一度も聞いたことがないと言ったのにはびっくりした。マルクスやエンゲルス、それからドイツ古典哲学のヘーゲル、フィヒテ、シェリングは知っていた。それでいて、フォイエルバッハのみ知らないのだ。つまり当時にあって、大学の講壇哲学からフォイエルバッハは既に完全に消えていたのだ。

  きのう倉庫の整理中に一冊の古ぼけた 『フォイエルバッハ論』 が出てきた。言わずと知れたエンゲルスの著作だが、昭和23年、戦後3年目に大月書店から発行された翻訳書で、訳は出隆と藤川覚の共訳となっている。たぶん後の大月版国民文庫の元訳本だろう。私は国民文庫の藤川訳で読んだ記憶がある。しかしいま日本の古本屋で検索したら、国民文庫は殆んどヒットせず、戦後版はもっぱら松村一人訳の岩波文庫ばかりがヒットした。あの圧倒的だった国民文庫は古本市場からさえも消えたという事だろう。何も難しく考える必要はない。売れないから古本屋が機会あるごとにツブシたのである。私は岩波文庫の松村訳も使ったが、この訳本に限らず松村の訳は難しすぎたように思う。それは良かれ悪しかれ松村のヘーゲル学者から来る「硬さ」だったろう。

  それで、廻りクドクなったが、きのう発見された出隆と藤川覚の共訳 『フォイエルバッハ論』 の 「 訳者まえがき」 を下に手打ちで印字・転載しようと思った。いま手許に大月版国民文庫の実物がないが、後になって文庫化されたこの国民文庫には、このように長い「まえがき」はなかっただろう。それと、この「まえがき」には戦後まもなくのスターリン哲学の影響が色濃く残っているからだ。

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 出隆と藤川覚の共訳 『フォイエルバッハ論』 の 「訳者まえがき

 われわれがふつうに 『フォイエルバッハ論』 と呼んでいるところの 『ルートウィッヒ・フォイエルバッハと古典哲学の終結』 (Ludwig Feuerbach und der Ausgang der klassischen deutschen Philosophie) は 『反デューリング論』 とならんで、マルクス主義哲学、すなわち弁証法的唯物論のもつともだいじな古典である。『反デューリング論』 が必読の書ではあるけれども、初歩の人にはむずかしすぎるのに引きかえ、これは入門書として適当なものといえる。このほかに、十分信頼のおける手引書としては、スターリンの 『弁証法的唯物論と歴史的唯物論について』 ぐらいなものであろうか。それはともかく、本書はただ入門書にすぎないものではない。実に弁証法的唯物論とそれの人間社会への適用である歴史的唯物論とのきわめて豊かな宝庫なのである。エンゲルスみずからひとりの学生にあてた手紙の中で書いている、「この理論を間接にではなく本源から研究することです。・・・・・それからまたわたくしは多分、わたくしの知っているかぎりでは今のところもっともくわしい歴史的唯物論の説明をあたえたわたくしの書きもの 『反デューリング論』 および 『フォイエルバッハ論』 をも参照するように君に述べてもよいでしょう」 と。『唯物論と経験批判論』の著者も次のように言っているーマルクスの哲学は完成した哲学的唯物論であり、それは人類に(だがとくに労働者階級に)偉大な認識の手段をあたえた、マルクスおよびエンゲルスはつねにもっとも決定的に哲学的唯物論を擁護しているが、かれらの見解がもっとも明瞭かつもっとも詳細にのべられているのは、エンゲルスの著作 『フォイエルバッハ論』 および 『反デューリング論』 においてである。
  本書はまた弁証法的唯物論の歴史的由来をあきらかにしている。これはスターリンの前記の本などとくらべて、この書の一特色としてよいとおもう。人類が十九世紀につくりだした最善のものの一つとされるドイツ古典哲学、ことにヘーゲル哲学にたいするマルクスとエンゲルスとの見解の対決、ヘーゲル哲学からの二人の出発ならびに分離がここで(初の誤植)めて包括的にのべられた。ヘーゲル哲学と二人の哲学の中間項になっているフォイエルバッハ哲学がここで全面的に批判された。フォイエルバッハの哲学はヘーゲルの観念論からきっぱりと袂をわかち、断固として唯物論を宣言することによって、世界史的・画期的の意義をかくとくしたが、非弁証法的な不徹底な唯物論としてその欠陥を露呈した。ヘーゲルとフォイエルバッハとーこの両者の批判的摂取の道を通って、弁証法的唯物論の歴史的に展開してくる消息がここであきらかにされたのである。
 一、『フォイエルバッハ論』 とはこのような本である。六十代を半ばこえた老エンゲルスの円熟の筆になるこの名著を、実の戸頃、われわれは自分の勉強のつもりで読み、また訳したのである。われわれ自身、マルクス主義哲学の初心者にすぎない。ながいあいだ禁断の書であったこのすぐれた唯物論の古典を、今やはばかることなく自由に学びうることにわれわれはまずこころの喜びを禁じえなかった。そしてみずからはからずも、われわれからさえも後に来る数多くのひとびとにー、とくに若い学生、勤労者諸君にーこの本のよい訳をつくって贈りたいと考えたのである。研究会のテキストにすることができ、学術書の引用にも堪えうる訳文になること、そしてわかりのよい文章になること、これがわれわれの念願であった。
  一、附録につけたマルクスとエンゲルスとからの五つの資料は、この二人の創始した唯物論をなお一段と深く理解するにたいへん役だつものである。これらの資料に 『反デューリング論』 から抜いて編んだ 『空想から科学へ』 の第二章をつけ加えれば、われわれはマルクス・エンゲルスの唯物論を特徴(づ)けるためにだいじなすべての箇所を手許にもつことになる。
  附録の各篇について簡略な説明をしておこう。ーマルクスの 『フォイエルバッハについて』 は一八四五年にマルクスの書きおいた論綱 (テーゼ)。「新しい世界観の天才的な萌芽がおさめられている最初の記録として、評価を絶して尊いもの」と序言(本書一四頁)で絶賛して自らこの 『フォイエルバッハ論』 に附録公刊したもの。
  エンゲルスの 『歴史的唯物論について』 (一八九二年) は 『空想から科学へ』 の英訳の序文。エンゲルス自身これをドイツ文にし、『新時代』 第十一年、第一巻にのせた。これは歴史的唯物論の具体的説明として重要であるばかりでなく、エンゲルスが不可知論ンと論判して唯物論の認識の方向を補足しているから、とりわけだいじなものである。
  マルクスの 『フランス唯物論史のために』 (一八四五年) は 『神聖家族』 の第六章第三節の 「フランス唯物論にたいする批判のたたかい」 から抜いたもの。『神聖家族』はマルクスとエンゲルスとの、思弁的哲学への永久の別辞といわれる。ここに抜粋したフランス唯物論の発展についての見わたしは、読みにくい 『神聖家族』 のなかではわかりのよい、光彩ある部分である。
  エンゲルスの 『マルクスにおける唯物論と弁証法について』 (一八五九年) は、エンゲルスの物にしたかなり長いマルクス 『経済学批判』 の批評の中から採られてもの。ここではきわめて教訓的な形で、ヘーゲルからマルクスにいたる道がえがかれている。
  『フォイエルバッハ論からはぶかれたもの』 (一八八六年) はエンゲルスの遺稿のなかに発見され、エンゲルスの 『弁証法と自然』 のなかに発表されたものである。
  一、本書はまず訳者の一人藤川が翻訳した。それをもう一人の訳者の出が原文と照しながら、全部にわたり厳密に加筆訂正し、附註したものである。まお※印の註は原著者の註であり、角括弧〔 〕のなかは訳者の補入である。

              一九四八年二月一五日   訳者



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 この訳の翻訳史に於ける位置付けを見るためにウィキペディアの一部分を貼っておこう。

   フォイエルバッハ論    ウィキペディアより

  日本語訳の概要

フォイエルバッハ論は入門的テキストとされたことから、岩波文庫・国民文庫で2回の訳が出るなど、多くの日本語訳が出版されている。この他、原文解説として『フォイエルバッハ論』(武村次郎、南江堂、1956年)および『フォイエルバッハ論』(森宏一、青木書店・マルクス=レーニン主義入門叢書、1965年)もある。
「フォイエルバッハとドイツ古典哲学の終結」『フォイエルバッハ論』、佐野文夫訳、同人社書店、1925年
「フォイエルバッハとドイツ古典哲学の終結」『フォイエルバッハ論』、佐野文夫訳、岩波文庫、1929年 戦後、1948年に復刊され、2005年に一穂社より復刻版が出される。 ISBN 978-4861810428

「ルドヰッヒ・フォイエルバッハと獨逸古典哲学の終末」、『マルクス・エンゲルス全集 第12巻』、阪本勝訳、改造社、1929年
『フォイエルバッハ論』、道瀬幸雄訳、船形書院、1946年
「ルートウィヒ・フォイエルバッハと古典哲学の終結」『フォイエルバッハ論』、出隆・藤川覚訳、大月書店・唯物論新書4、1948年 のち新版として、『フォイエルバッハ論』、大月書店・マルクス主義叢書4、1951年および『フォイエルバッハ論』、国民文庫社・国民文庫14、1954年が出される。

「L.フォイエルバッハとドイツ古典哲学の終結」『フォイエルバッハ論――ルートウィヒ・フォイエルバッハと古典哲学の終結』、野田弥三郎訳、彰考書院・マルクス・エンゲルス著作集、1948年 のち新版として、『フォイエルバッハ論――ルートウィヒ・フォイエルバッハと古典哲学の終結 全訳解説』、青木書店・青木文庫51、1952年が出される。

「フォイエルバッハ論」、マルクス=レーニン主義研究所編『マルクス・エンゲルス選集 第15巻(上・下)』、大月書店、1950年 のちに合冊版として、マルクス=レーニン主義研究所編『マルクス・エンゲルス選集 第15巻』、大月書店、1953年が出される。

「ルードウィヒ・フォイエルバッハとドイツ古典哲学の終結」ソ連共産党マルクス=エンゲルス=レーニン主義研究所編『マルクス=エンゲルス2巻選集 第2巻』、マルクス=レーニン主義研究所訳、大月書店、1953年 のち普及版として、『マルクス=エンゲルス選集 第8巻』、大月書店、1955年が出される。

「ルートヴィヒ・フォイエルバッハとドイツ古典哲学の終結」『フォイエルバッハ論』、松村一人訳、岩波文庫、1960年 ISBN 978-4003412893
「フォイエルバッハ論」、『世界の大思想 第2期第5 エンゲルス』、長坂聡訳、河出書房、1967年 復刻版として、『ワイド版世界の大思想 3-5』、河出書房新社、2005年が出される。

『フォイエルバッハ論』、藤川覚・秋間実訳、大月書店・国民文庫14、1972年 ISBN 978-4272801404
「ルートヴィヒ・フォイエルバッハとドイツ古典哲学の終結」『フォイエルバッハ論』、森宏一訳、新日本出版社・新日本文庫37、1975年 ISBN 978-4406003568
「ルートヴィヒ・フォイエルバッハとドイツ古典哲学の終結」『マルクス=エンゲルス全集 第21巻』、大月書店、1983年
『フォイエルバッハ論』、藤川覚・秋間実訳、大月書店・大月センチュリーズ、1983年 ISBN 978-4272005260
「ルートヴィヒ・フォイエルバッハとドイツ古典哲学の終結」『フォイエルバッハ論』、森宏一訳、新日本出版社・科学的社会主義の古典選書、1998年 ISBN 978-4406026192
「フォイエルバッハとドイツ古典哲学の終結」『フォイエルバッハ論』、渡邉憲正訳、大月書店・マルクス・フォー・ビギナー5、2010年 ISBN 978-4272005352

参考文献
松村一人「解説」、エンゲルス『フォイエルバッハ論』所収、岩波文庫、1960年
足立正恒「解説」、エンゲルス『フォイエルバッハ論』、新日本出版社・科学的社会主義の古典選書、1998年



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 『フォイエルバッハ全集』 の邦訳は福村出版からのみ刊行されていた。店内に3冊あった。かなり古書価は高い(古本屋通信)。

 第一巻 初期哲学論集  船山信一 訳
 第十一・十二巻 宗教の本質 (上・下)  船山信一 訳


 戦後、船山は立命館大学の教員だった。戦前の唯物論研究会の出身だったが、戦時中の転向がよくなかったので、戦後の運動には参加しなかったようだ。
  1. 2017/01/06(金) 01:30:32|
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