古本屋通信

軍神・片山兵曹長のことなど

古本屋通信      No 2200  10月14日

 軍神・片山兵曹長のこと。一兵卒に銃を握った罪はない?


 表題の 「一兵卒に銃を握った罪はない」 は最近の古本の買取りの中に含まれていた短冊のひとつに書かれていた俳句の文字である。俳句はすべて拙い表現ばかりで、文字も下手だったので捨てたが、表題の句だけは妙に心に残った。つまり時を俟ってブログで採り上げようと思っていたのである。


  先ほど朝日新聞のウェブを開いたら下記の記事があった。


 稲田防衛相 「靖国参拝するかしないかは心の問題」
  2016年10月14日11時22分  朝日新聞
 (17日から始まる靖国神社の秋季例大祭について)参拝をするかしないかは心の問題と思っているので、行くか行かないかということは、言うべきではないと思っているし、安倍内閣の一員として適切に判断をして行動をしていきたいと思っている。

 (閣僚の参拝をめぐる中国や韓国の反発について)心の問題なので、いかなる国であっても、いかなる歴史観を持とうとも、自分の国のために命を捧げた方々に追悼の意を表するということは、私は国民の心の問題であると考えている。(閣議後の記者会見で)




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  前半で自らの極右を隠そうとしても、後半で「自分の国のために命を捧げた方々に追悼の意を表するということは・・」 と本音まる出しである。然し私が今日ここで書こうとしていること稲田批判ではない。冒頭に挙げた拙い俳句とも係わって、日本の侵略戦争に加担した結果、惨めな死を遂げた犠牲者をどう捉えるかという問題について書きたい。これはひょっとしたら、稲田の言っていることに案外正当性があるのではないか、そういう錯覚に陥らないでもない問題を含んでいる。

  以下、私の近くで10年程まえに起った出来事について書く。

  片山義雄(かたやまよしお、1918年 - 1941年)は日本の海軍軍人。太平洋戦争劈頭の真珠湾攻撃において特殊潜航艇「甲標的」搭乗員として戦死した九軍神の一人。二階級特進により最終階級は海軍兵曹長。・・・・・・・生誕 1918年9月 岡山県赤磐郡五城村 死没 1941年12月8日(満23歳没) アメリカ合衆国 ハワイ準州真珠湾

  これはウィキペディアからの抜粋である。軍神である。1941年12月8日に特攻として真珠湾上空で打ち落とされ海底に沈んだ。特攻とは身体もろとも爆弾として突っ込む最も非人間的な部隊であるから、生き残れる可能性はゼロである。赤磐郡五城村は御津郡御津町となり今は岡山市である。片山さんの家は大字矢知にあり私の実家の大字新庄と至近の距離にある。私たちは幼少の頃から軍神・片山兵曹長のことを聞かされて大きくなった。それでいて戦後民主主義の教育の恩恵をもっとも受けた世代である。

  つい10年程まえ、片山さんについての奇妙な出来事が、御津町内で起った。パッと拡がり、それは私の父親に言わせれば「どえらいことが起った」のだそうだ。1941年12月から70年近く経って、真珠湾の海底深く沈んでいる片山さんらの遺骨が科学の発達によって確認されたというのである。これは死んだ父から聞いた話だが、とうじ私は実家とは往来が少なかったから詳しい経過はわからない。

  父は「いま御津町で片山兵曹長の遺骨を引き上げようという大運動が起っている。これは国に請願しなければ誰もやってくれない。おまえも署名しろ」 という。私は咄嗟に断った。そして半世紀後に日本の亡霊を引き上げることの意味を父に言った。然し、まるで話が通じない。この話は当時の御津町長の安信君を中心に進められ、自民党の国会議員になったばかりの元岡山市長のは萩原氏が陳情を受けるかたちだった。然し、けっきょく頓挫した。私はホッとした。けっきょく日本がそこまで靖国国家になっていなかったという事だろう。だがこれは主に日本国内の反対ではなく、対外的な理由だったろう。

  私はこの話を明誠学院高校のK先生にした。御津町内の片山兵曹長の遺骨を引き上げようという大運動はどうなのか、軍神をよみがえらせる運動がどうかという問題である。K先生の結論 「そりゃあ反対することは難しい。黙殺するか、行き過ぎをチェックするしかなかろう」。


  片山兵曹長の遺骨とは直接関係ないが、私たちの村にも忠魂碑があった。たぶん今でもある。その大きなものが靖国神社であろう。閣僚の靖国参拝には口を大にして反対する。然しそれは靖国を撤去する運動までには至らない。それはなぜか。それは日本の戦後革命が挫折したからである。片山兵曹長は兵曹長としてではなく、日本天皇制ファシズムによって虐殺された犠牲者として、戦後すぐにあつく弔われねばならなかった。それを阻んだものが日本天皇制の温存であったろう。


  冒頭の 「一兵卒に銃を握った罪はない」 だが、ここまで開き直った老人は初めて見た。これは 「一兵卒に敵を殺した罪はない」 と同義である。これだと、片山さんも、靖国に祀られている戦死者にも罪はない。では殺されたアジアの人民はどうなるのか。日本の戦争が紛れもなく侵略戦争であり、何の罪もない人びとを殺したという認識がきれいサッパリ抜け落ちている。その許せない日本会議ファシストこそが防衛大臣稲田朋美であろう。一兵卒にも銃を握った罪は、程度の差こそあれ、断じてある。だから非転向共産主義者が戦後の党再建の中心でありえた。
  1. 2016/10/14(金) 12:21:44|
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