古本屋通信

続・八鹿高校事件とは何だったの

古本屋通信      No 2167  9月29日

 まず冒頭に全国人権連副議長・中島純男さん(岡山)のブログから。
27日、火曜日。朝、7時台の新幹線で東京へ。丸の内ビルの中の食堂で昼食。カレーライスでした。国会議事堂前まで丸ノ内線で。衆院第2議員会館内で、全国人権連主催の、「部落差別」固定化法案の廃案を求める懇談会に参加です。仁比聡平参院議員さんが国会情勢を報告してくれます。奥山峰夫さんが、かつてからの法に対する自民党の経緯などを述べながら、立法事実がないこと強調でした。
28日、ホテルで全国人権連の会議です。



  続・八鹿高校事件とは何だったのか

  民進党のれんほう代表は八鹿高校事件を知らない世代だが、解同に肩入れしている小川敏夫参院議員会長は知っている。小川は裁判官、検事、弁護士の経験があり、旧民主党政権時代には、法相も務めただけに悪質である。民進党にこの事件の社会的かつ法的な決着を確認させる必要がある。そういう暴力事件を誘発したのが、差別でないものを差別だと言い張った当時の社会党だった。

  引き続いて八鹿高校関係を資料として貼る。直前板の村上弘衆議院議員は後に共産党の委員長をつとめた大物だけに、さすがに目を見張るような国会質問であった。これが国会中継されることによって事件の真実が初めて広く世間に伝えられた。関西出身の代議士だったから登板したのだろうが、宮本岳志のような使いものにならない議員ならいないほうがマシであろう。今回も全国人権連の集会で挨拶したのは清水忠史衆院議員であった。本来は宮本岳志の仕事であろう。困ったものである。


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八鹿高校事件で、レイプは『あった』のですか。解放同盟は否定しているのですか。

 
1976年4月21日の部落解放同盟兵庫県連大会では、執行部派が反執行部派の丸尾良昭(八鹿高校事件主犯)に対して「おまえ、ええかっこいうが、朝来事件や八鹿高校事件は暴力ではなかったのか。『解放研』の女子高校生を強姦までしている」と野次っており、八鹿高校事件における、強姦を含む暴力行為の存在が部落解放同盟の内部でも知られていたことが窺える。

  八鹿高校事件有罪確定

 ーー最高裁の上告棄却と「糾弾権」路線の破綻ーー

 最高裁(第一小法廷、角田禮次郎裁判長)は、九〇年十一月二十八日、八鹿高校事件を頂点とするいわゆる「八鹿・朝来暴力事件」について、主犯丸尾良昭ら部落解放同盟(「解同」)側被告人一三名からの上告申立に対し、適法な上告理由がないとして、これをいずれも棄却する決定をくだした。この結果、一九八三年十二月十四日神戸地裁が言い渡した、主犯丸尾良昭に対する懲役三年、執行猶予四年の刑を最高とする全被告人、全事件有罪の一審判決が確定した。

  「八鹿・朝来暴力事件」というのは、一九七四年九月から十一月にかけて発生した「解同」による集団暴力事件で、 兵庫県南但馬地方に誕生したばかりの「解同」丸尾派がその勢力拡大のため、暴力主義と利権あさりの体質を露呈し、 南但馬の自治体や学校教育現場をその支配下におさめるべくいわゆる「朝田理論」と「解放教育論」をふりかざして 暴力と洞喝の限りをつくし、多くの住民をも震憾させた事件であり、起訴された事件だけでも八件、 被害者数二〇〇余名にたっする一大暴力犯罪であった。

 八鹿高校事件は、そのなかでも最大の事件であり、同年十一月二十二日、部落解放研究会(「解放研」)問題を口実に県立八鹿高校に対する教育介入をはかった「解同」が、これに抵抗する教職員集団(同校のほぼ全員)にたいし、これを校内に拉致監禁したうえ 「糾弾」と称する凶悪・凄惨・陰湿な集団リンチを加え、内四八名に瀕死の重傷を含む傷害を与えた(入院も二九名に達した)事件である。
 主犯丸尾良昭らが逮捕、監禁(致傷)、強要、傷害の罪で起訴された。

 今回の最高裁の上告棄却決定により、一連の事件発生以来、 被害者側の告訴、告発を受けて「長年月の裁判に耐えうる証拠の確実な事件、 被告人に絞って起訴した(捜査主任検事の言明)とされる日本の教育史上前例のない、 あるいは裁判史上有数とされるこの一大刑事事件は、その後の神戸地裁の一審有罪判決、それにたいする「有罪」を不服とする被告「解同」側と「量刑不当」を理由とする検察側の双方の控訴、これにたいする一九八八年三月二十九日の大阪高裁における双方の控訴を棄却する判決、 さらにこれにたいする被告「解同」側の上告申立(検察側は上告理由が見当たらないとして上告を見送った)という流れを経て、 刑事事件としては丸一六年ぶりに決着をみたことになる。

 この事件の有罪確定により、「解同」の凶悪な集団暴力犯罪が明確に断罪されるとともに、 「解同」の運動論の中心に位置してきたいわゆる「糾弾権」なるものも、社会的にはもとより法的にも完全に否定されたことになる。

 補足
 
73-衆-文教委員会-3号 昭和49年11月25日
 山原委員
  大臣の所信表明演説がありまして、これに対する質疑が当然行なわれるべきところだと思います。 〔委員長退席、森(喜)委員長代理着席〕 さらに、これはある女教師の場合ですけれども、二本の足を押えて約二百メートル道路を引っぱって、そして同校の体育館に連れていくわけですが、これは多くの教員がそういう目にあっております。そして、その体育館の中で長時間にわたる暴行が加えられております。服を脱がせ、そして意識を失えば何回も水をかけるというような事態。またあるお産をしたばかりの女教師は、ほとんど下着一枚になり、乳房も出ておるという状態の中で、人事不省におちいって入院をいたしております。


 ベストアンサーに選ばれた回答
 レイプ事件は親告罪ですから、その女子生徒が告発しなければ、公にはないことになります。ですから、公式的には確認できません。火のないところに煙は立たない。そういうことでしょう。
  1. 2016/09/29(木) 19:27:25|
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