古本屋通信

8・15 河村さんに少し違和感

古本屋通信     No 2106  8月16日


  8・15について。 間違っているとまで言わないけれど 河村さんに少し違和感あり。

 先ほど一日遅れでアップされた河村ひろ子さんの 8・15 の記事を読んで違和感を覚えた。それが何処に起因するのか、もう少し時間を置いて考えてみたい気持ちもある。しかし直後に感じた違和感をそのまま大切にしたい想いもある。とりあえず直後の感想を書き留めておくことにする。ただ自分が絶対に正しいと言い切る自信はない。




71回目の終戦の日を迎えて・・・
2016年 08月 16日    日本共産党福山市議   河村ひろ子

昨日、8月15日は71回目の終戦の日でした

ここ数年、この日を特別な気持ちで迎えます

「終戦の日」が永遠に続いてほしい、と切に願います

終戦・敗戦にあたっての福山駅前宣伝を議員団で行いました

汗が滝のように流れます

満州事変から第二次世界大戦までの期間、多くの尊い命が奪われました

アジアや太平洋地域で2000万人以上

日本国民は約310万人にもなります

二度と戦争の悲劇は繰り返さない

その決意で制定された日本国憲法

平和憲法9条を改憲し、戦争への道へどんどん進む政権は絶対に許してはなりません

平和の願いを込めて、私も訴えました

「頑張って下さいね」と、激励をして下さる人も

地域のママ友も「声からしたらか来たよ~頑張って」と声をかけてくれましたよ~

さて、わが子たちは「終戦の日」をきちんと把握しているのだろうか?

先日、あらためて二人の子どもに聞いてみました

「8月の17日だったかな~」なんぞ言っている

こりゃ、いかん!(--;)

広島と長崎の原爆投下の日にちは分かっていたけど・・・

終戦について、ゆっくり話をしなくては!

# by kawamura0827 | 2016-08-16 09:21





   古本屋通信

  まずアレッと思ったのは 「満州事変から第二次世界大戦までの期間、多くの尊い命が奪われました」 の部分です。これはケアレスミスだろうと思った。満州事変は1931年柳条湖事件に端を発し1933年5月関東軍による満州全土の占領を経て塘沽協定成立に至るまで。第二次世界大戦の開始は満州事変6年後の1939年にドイツのヒトラー率いるナチス党がポーランドに侵攻でしょう。日本の本格的参戦は1941年です。だから 「満州事変から第二次世界大戦 終結までの期間、多くの尊い命が奪われました」 という意味なんでしょう。いきなり舌足らずが分かっていて、揚げ足を取ってすみません。これは納得です。

 で、最初にここで引っ掛かったからだと思いますが、以後の部分がずっと引っ掛かるんです。

・・・・・ までの期間、多くの尊い命が奪われました
アジアや太平洋地域で2000万人以上
日本国民は約310万人にもなります
二度と戦争の悲劇は繰り返さない
その決意で制定された日本国憲法 ・・・
… 」

  誤りではないけれど、よくよく考えると気に喰わない。何が気に喰わないかというと、「多くの尊い命が奪われました」 には違いないけれど、この戦争にはハッキリと侵略者、つまり日本天皇制軍隊と、侵略者に命を奪われたアジア民衆がいたわけです。侵略者と云っても日本軍兵士も天皇制の犠牲者には違いない。けれど実際には殺しているのだから、そこは区別しないで単色に犠牲者として塗り潰してしまうと、歴史の事実と違ってきます。河村さんの文は日本の民衆に向けて書いた文なのだけれど、これでは侵略を受けた側には通用しないでしょう。

  もっと言います。「多くの尊い命」 にも侵略を受けた側に通用しないものを感じます。日本人兵士の命が尊くないというのではないのです。しかし戦争の性格からして、殺された側の命と殺した側の命を単色に表現することは適当ではないと思いました。つまり侵略の地で返り血を浴びて死んだのは犬死だったのです。これを尊い命として奉ったのが靖国神社です。今年も閣僚たちが参拝しました。河村さんの論は靖国の思想に通じる、とは言わないけれど、靖国の思想とたたかう上で難点があると思いました。

  さらに 「二度と戦争の悲劇は繰り返さない その決意で制定された日本国憲法 ・・・… 」 にも違和感があります。誤りではないけれど、それは結果であって日本国憲法成立の過程を見ればそんな意図は全くなかったのです。つまり背景には侵略戦争の反省があったとしても、当事者たちはそんなことを全く考えていなかった。だから天皇制を残したのです。

  河村さんの言い方はよく使われます。なんかまるで日本の平和勢力が日本国憲法を作ったような響きがあります。ここから出てくるのは9条信仰です。これは既に完全に破綻しています。ある種の信仰になっているからです。だって 「日本国憲法は世界の宝だ。日本国憲法を世界遺産に」 というような言葉が他国で通用しないことは子供でもわかることです。かつてソ連邦のスターリン憲法も、新中国の憲法も、世界が学ぶべき多くの規定はありました。だからと云って、誰も 「スターリン憲法は世界の宝だ」 とは言いませんでした。日本共産党がまだ自主独立の立場を鮮明にしていなくてソ連共産党の傘下にあった時代にさえも、こんな非常識は言いませんでした。これを言っているのが9条信奉者です。方便としても完全に間違っていますね。大国主義ナショナリズムであり、靖国の思想の裏返しです。憲法の問題で一時凌ぎを言わないことです。これをやっている限り、日本革命は永遠に遠望の彼方です。はっきりと独立日本の自衛のための軍の展望を示すべきでしょう。これを恐れているから改憲派に負けるのです。


  私の今日の文は説得力がなかったかと思います。それを承知で書きました。つまり河村さんと一緒に沈没する文です。今日の河村さんの文が長崎の文に引き続いて迫力がなく、説得力に乏しいと私は言いたかったのです。どうしてこうなるか。足元がフラついているからです。私もフラついているけれど、河村さんほどではない。その差は時代の差でしょう。日本共産党の強さの差の反映ですね。
  1. 2016/08/16(火) 17:51:54|
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