古本屋通信

メディアに露出する運動は偽物

古本屋通信     No 2103  8月15日


 シールズ解散に思う。シールズは≒0(ニアリー・イコール・ゼロ)であった。ブルメディアに露出する政治運動に本物はない。全て偽物である。

 
少なくとも戦後の日本政治史において、本物の政治運動や政治組織がブルジョア・ジャーナリズムによって好意的に取り上げられたことは一度たりともない。本物は常に黙殺され、或いは冷笑され、或いは批判の矢の標的に晒される。偽物は一定の範囲において常に好意的に取り上げられる。それが常であるが、一定の許容範囲を超えたら、途端に叩かれる。まるで本物であったかの如く叩かれる。つまり一定の役割をはたして、御用済みになったから利用価値がなくなったのだ。マッチポンプである。支配階級の番人であるブルメディアの本領発揮である。

  そういう報道によって、偽物を本物に見せ、逆に本物を本物ではないように世論操作する。今回のシールズの登場から解散までも、このエセ組織とエセ運動についてのメディアの取り上げ方も一貫してこのスタイルである。

  私はシールズについて、既に少しだけ書いている。繰り返さない。超反動だと云うのではない。大学生を中心にしたごく少数のありふれたグループの、ありふれた自主的な運動だった。しかし非組織的なガキの集まりだったから、暴力団とかけ持ちしていたガキもいた。また、まるで安保法制と無関係な鳥越選対に出入りして宇都宮選対にイヤガラセをしたりした。殆ど救いのない日本共産党の 「野党と市民の共闘」 の文脈に乗って、反動化したりした。

  こういう未熟な運動はたぶん何時の時代にもあっただろう。60年安保の時代にも、そして1970年にいたる何時の時代にも、多数あった。「声なき声の市民の会」 があったし、べ平連もあった。これらは偽物ではない。しかし運動の本流ではなかった。なかっただけに、メディアにもてはやされ、まるで本流のごとく報道された。その辺りを少し書きたい。シールズなんかゴミでさえない。

  60年安保闘争は私にとって追体験でしかない。志位は父親の肩に乗ってデモに参加したそうだが、私は岡山県御津町の山の中にいた。私は中学校の図工室でテレビを見ていた。前後関係は忘れたが、国会前のデモと全学連の国会乱入。そして樺美智子さんの死。それと愛国党の少年による社会党浅沼委員長へのテロル。よく覚えておけ! これこそがテロルなのだ。以後日本にテロルなどなかった。林はよく覚えておけ!

  60年安保闘争は当初から困難なたたかいだった。安保という政治課題は労働組合に入りにくかった。総評主流は社会党だった。日本共産党は総評内部で粘り強い職場討議を組織した。同時に地域共闘を組織した。1年以上かけて安保共闘が中央段階で成立した。ここの所は小山氏が書いている。「1960年安保共闘会議の主力は総評・社会党であり、日本共産党はオブザーバー参加しか認められませんでした」 と。自論の60年安保闘争挫折論のためにデタラメを書くな。たしかに共産党はオブザーバー参加だった。しかしコレは安保闘争を主導したのが総評・社会党であることを意味しない。まさに日本共産党こそが縁の下の力持ちであった。

  であったからこそ、ブルメディアは一貫して安保共闘と安保青年学生共闘のたたかいをまともに報道しなかった。当時の朝日、毎日の論調の基本が安保反対であるにも拘わらずである。かわりにブルメディアはブントが指導部を独占していた全学連の運動を派手に報道した。賛美に近かった。いくらでも資料は残っている。つまり安保共闘よりも全学連を支持したのだ。然し、この論調は何時までも続かなかった。当日を江田五月氏に語ってもらおう。

 「安保闘争の期間中、私はほとんど全部のデモに参加した。樺美智子さんが死んだ六月十五日は、国会構内に入った。あの時は東大本郷が先頭で、東大教養は隊列の後の方にいた。樺さんが所属していた東大本郷の隊列は構内奥深く入り、それだけ機動隊との衝突が激しかった。しかし私たちはそれほど深く入らないうちに、すぐに押しもどされてしまった。国会周辺をうろついていると「三人死んだ」「いや五人だ」などの情報が乱れ飛んだ。機動隊がしだいに優勢になり、国会周辺から蹴散らすように、学生を追いかけ回した。私は住居である参議院清水谷議員宿舎に逃げ込むより他なかった。午前二時頃になっていた。翌朝新聞を読むと、論調ががらりと変わっていた。七社共同宣言があり、それまでの安保批判が陰をひそめ、逆に暴力排除、議会主義擁護が前面に出て来た。全学連主流派の活動は単に「暴挙」として描かれているだけだった」。 (「出発のためのエモランダム」より)。

  つまり新安保成立と同時にブルメディアは一夜にして寝返ったのだ。これは予定されていた方針転換だったろう。

  あと端折って書く。

  60年代中庸の民青系全学連再建にウンともスンとも言わないブルメディア。いっぽう羽田事件以後の民反青系を詳細にフォローするブルメディア。川上徹ゼロ報道。秋山勝行と藤本敏夫は満載。民青系は数年にして全国制覇へ。反民青系は3度の分裂をかさね、全学連を放棄して全共闘運動に流れ込むが、最終的に全国全共闘の結成をもって、各派の党派運動に戻る。ここまではブルメディアは圧倒的に好意的。民青系はキタナイそうだ。キタナイ全学連が学生に支持されたことの説明はない。

  ブルメディアは赤軍派の登場にも好意的だった。暗転するのは連合赤軍の粛清からだったろう。ブント内の内ゲバはそれまでも無数にあった。それを黙殺してきた自己批判はない。煽ったのはブルメディアだったではないか。それと革マル派と中核派の戦争。コレ私は先に手を出した方が悪いと思う。どっちだったかな? 書くと以後がやりにくくなるから書かないが、さすがに≪処刑≫は戴けない。私は両派が内ゲバをやめてくれてホッとしている。私は日本共産党とともに両派を支持している。批判的にね。

 朝が来た。尻切れトンボだが、疲れたので筆をおく。いま見ると古本屋通信に関する2チャンネルは女の方の手によるらしい。複雑な心境だが、ヨロシクと云う事にしておこうか。
  1. 2016/08/15(月) 02:48:09|
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