古本屋通信

最首悟(さいしゅ さとる)

古本屋通信     No 2093  8月09日


    最首 悟 (さいしゅ さとる)

 たったいま朝日のウェブを広げたら、以下の最首悟の文が飛び込んできた。一読するのに1分も懸らなかった。どうこう言うような内容ではない。敢えて言えば植松聖が狂気ではなかったと断定し切っていることくらいだ。私も同感であり、特異な意見ではない。
 
 然し読後感は強烈だった。なぜか感動した。いや、ホットしたというのが正直かもしれない。

  もっと言おう。初めてマトモな論評が出た。そういう感動である。それと、最首悟だから初めて書けたのだとの想いもある。

  今日までのブル新記事には、事実関係の報道もふくめて、何ひとつ真っ当な記事はなかった。これにはハッキリと理由が存在するのだが、それは後日に譲る。

  なぜ最首だけがマトモか。それは彼が元東大全共闘だったからである。これが唯一の理由である。その因果関係を語ることは不可能である。直感だからだ。

  最首文を貼った後に(この事件についてではなく) 最首その人について少しだけ書きたい。

 

「植松容疑者は正気だった」 ダウン症の娘持つ最首さん
2016年8月8日05時01分    朝日新聞   古田寛也

 写真・図版  最首悟さん=横浜市旭区

 起こるべくして起こってしまった」。横浜市旭区で暮らす和光大学名誉教授の最首(さいしゅ)悟さん(79)は、相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で起きた殺傷事件を知った時、そう感じたという。ダウン症で知的障害がある三女の星子さん(39)と同居している。

特集:相模原の殺傷事件

 「障害者は不幸を作ることしかできません」「日本国が大きな第一歩を踏み出す」。植松聖(さとし)容疑者(26)は、衆院議長に宛てた手紙にそう書いて、重度障害者を次々と刃物で殺傷したとみられている。

 最首さんは植松容疑者が精神異常者でも快楽殺人者でもなく、「正気」だったと考えている。「今の社会にとって、『正しいことをした』と思っているはずです」。植松容疑者は介護を続けてきた遺族に向けて謝罪する一方で、被害者に対する言葉はない。

 そして最首さんは、「共感する人も必ずいるでしょう」と言った。確かに事件後、インターネット上には、「正論」「障害者は生きていても誰の得にもならなかった」といった投稿が相次いだ。

 「いまの日本社会の底には、生産能力のない者を社会の敵と見なす冷め切った風潮がある。この事件はその底流がボコッと表面に現れたもの」。植松容疑者は、人々の深層にある思いに訴えて「英雄」になった、と考える。

 だが、不幸を生み出す障害者を代わりに殺してあげたというような代行犯罪に対しては、はらわたが煮えくりかえるような怒りを感じている。「命とは何かを問うとき、その人の器量が問われる。障害者はいなくなってしまえばいい、というのは浅い考えだ」

 娘の星子さんは、言葉を発する…   

   (以下は有料。私も読んでいない 古本屋


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  古本屋通信

 相模原の事件に関係なく書く。最下段に最首についてのウィキペディア記事を貼っておく。私はこれも殆ど知らない。少しだけ知っている事を書きたい。

 私は東大全共闘であろうが岡大全共闘であろうが、運動としての全共闘(運動)を評価しないが、これは全共闘を構成した党派を左翼として評価しないということではない。また全共闘を担った無党派の人士、いわゆるノンセクト・ラディカルズを全く評価しないということでもない。東大全共闘のノンセクトとして露出した人物に山本義隆と最首悟の2人がいた。他にも今井澄など何人かが露出していたが、たいていは党派の活動家だった。その山本と最首は対照的だった。つまり山本はメディアをトコトン嫌った。最首は進んで露出した。当時の「朝日ジャーナル」などには最首の論考が掲載されたはずである。私はこれが気に入らなかった。これが一つ、

  もう一つある。1989年になって岡大全共闘結成20周年記念行事が岡大で開催された。記念講演と文集の発行である。私は記念講演には出なかったが、誘われて文集には寄稿した。最首は岡大に来て講演し、その講演は活字になって文集の巻頭を飾った。その中心テーマは障害を持った星子であった。いま手元にないが、そこに見られる最首の中心思想が今回の朝日掲載の論考に一致するだろう。敢えて4文字で「やさしさ」である。共生の思想である。それは優生思想と正反対の思想である。koredakedearu.

  関係ないが、岡大闘争20周年記念誌には、当時の岡大全共闘の生き残り十数名が文を寄せている。編集は元赤軍派のKである。私はKの細君が同じ哲学科だった関係で誘われて書いた。十数名の多くは党派からの脱落者だっただろう。岡大教員では好並隆司氏が文を寄せていた。大塚愛の父親の市場尚文も書いていた。

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  思い直して、事件について少しだけ。と言っても結論的な断定。それを書こう。最首さんの朝日の記事を受けてネット上に多くの書き込みがあったが、その中に次の2つがあった。

9 : kinnosabakan@hatena 2016/08/08 07:20:36
まずは障害者、次は老人、次はホームレス、その後ニートや無職、犯罪者、病人、容姿の悪い人、子供を産めない女あたりが殺されて、頭も体質も容姿もまともな若い人だけで構成された国が「美しい国」なんだろうか。

12 : louis8917@hatena 2016/08/08 08:04:41
確かに社会全体として生産能力がないものを不要だとする風潮はある。経営者が言ってることを極端にすると容疑者が言っていることになる ・・・・。



 最首さんはやさしい人だから何も言わないが、結論ははっきりしている。すなわちマルクスに還る。革命しか解決の道はないという事だ。人間の価値が貨幣価値に置き換えられる。それが資本主義の社会である。これがもっとも分かり易いかたちで表出したのが今回の事件である。植松聖を批判し切れるのは科学的社会主義者=マルクス主義者=共産主義者だけなのだ。わたしはこう断言するが、多くの人は正確な解答を持っていない。ゆえに歯切れが悪く、口ごもる。社会主義革命を達成し、共産主義社会を実現するしか根本的な解決の道はない。これが日本共産党の綱領が言う未来社会なのだ。

  まあ、先の事を言っても仕方がないという人は多いだろう。ならば過去のことを言おう。1843~45年、今から150年以上まえに天才カール・マルクスはノートに類的存在としての人間について書き、人間と労働との関係を省察し、人間疎外の解決としての共産主義の理想について述べている。それは後にエンゲルスの手で「経済学・哲学手稿」としてまとめられた。その具体化が2人の共著『資本論』である。マルクスもエンゲルスも古くなっていない。いっそう輝いている。それが最首さんの文を読んでの私の感想であり、感動であった。



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  参考


 『経済学・哲学手稿』 より


第一草稿 4.疎外された労働
◆経済学批判
・「国民経済学は私有財産という事実から出発する。だが国民経済学はわれわれに、この
事実を解明してくれない。国民経済学は、私有財産が現実のなかでたどってゆく物質的過
程を、一般的で抽象的な公式で捉える。その場合これらの公式は、国民経済学にとって法
則として通用するのである。国民経済学は、これらの法則を概念的に把握しない。すなわ
ちそれは、これらの法則がどのようにして私有財産の本質から生まれてくるかを確証しよ
うとしないのである。……国民経済学を動かしている唯一の車輪は、所有欲であり、所有
欲に駆られている人たちのあいだの戦いであり、競争である。」(84-85)
□競争の排他性、負の価値、敵対性についての批判。
◆労働力の価値低下としての疎外
・「労働者は、彼が富をより多く生産すればするほど、彼の生産の力と範囲とがより増大
すればするほど、それだけますます貧しくなる。労働者は商品をより多くつくればつくる
ほど、それだけますます彼はより安価な商品となる。事物世界の価値増大にぴったり比例
して、人間世界の価値低下がひどくなる。」
□労働力の価値低下。
→「さらにこの事実は、労働が生産する対象、つまり労働の生産物が、一つの疎遠な存在
として、生産者から独立した力として、労働に対立するということを表現するものに他な
らない。」(86-87)
□【疎外】生産物が資本の支配下に陥っていくこと。
◆資本主義と宗教
・「労働者が骨身を削って働けば働くほど、彼が自分に対して創造する疎遠な対象的世界
がますます強大となり、彼自身が、つまり彼の内的世界がいよいよ貧しくなり、彼に帰属
するものがますます少なくなる、ということである。このことは宗教においても同様であ
る。人間が神により多くのものを帰属させればさせるほど、それだけますます人間が自分
自身のうちに保持するものは少なくなる。」(87-88)
橋本努・講義「経済思想」
4
◆外化としての疎外:生産物の自立化
・「労働者が彼の生産物のなかで外化するということは、ただたんに彼の労働が一つの対
象に、ある外的な現実存在になるという意味ばかりでなく、また彼の労働が彼の外に、彼
から独立して疎遠に現存し、しかも彼に相対する一つの自立的な力になるという意味を、
そして彼が対象に付与した生命が、彼に対して敵対的にそして疎遠に対立するという意味
を持っている。」(88)→労働者は対象の奴隷となる(89)
◆労働の外化はどこにあるか
①精神性欠如としての外化:「労働が労働者にとって外的であること、すなわち、労働が
労働者の本質に属していないこと、そのため彼は自分の労働において肯定されないでかえ
って否定され、幸福と感ぜずにかえって不幸と感じ、自由な肉体的および精神的エネルギ
ーがまったく発展させられずに、かえって彼の肉体は消耗し、彼の精神は頽廃化する、と
いうことにある。」(91)
②欲求充足の手段化としての外化:「労働は、ある欲求の満足ではなく、労働以外のとこ
ろで諸欲求を満足させるための手段であるにすぎない。」→「外的な労働、人間がそのな
かで自己を外化する労働は、自己犠牲の、自己を苦しめる労働である。」(92)
③従属としての外化:「労働において自分自身にでなく他人に従属するということに現れ
る。」
◆動物性と人間性:目的の抽象化という操作
・「食うこと、飲むこと、産むこと、などなどは、なるほど真に人間的な諸機能ではある。
しかし、それらを人間的活動のその他の領域から引き離して、最後の、唯一の究極的目標
にしてしまうような抽象がなされるところでは、それらは動物的である。」(93)
◆疎外論の構図
①労働者と労働生産物の関係:事物の疎外
②労働者と労働行為の関係:自己疎外
③類からの疎外(以下に説明する)
◆類的存在
・「人間は一つの類的存在(Gattungswesen)である。……人間は自己自身に対して、眼前
にある生きている類に対するようにふるまうからであり、彼が自己に対して、一つの普遍
的な、それゆえ自由な存在に対するようにふるまうからである。」(93-94)
□「類」-「種」-「族」
◆非有機的身体としての自然
・「人間の普遍性は、実践的にはまさに、自然が①直接的な生活手段であるかぎりにおい
て、また自然が②人間の生命活動の素材と対象と道具であるその範囲において、全自然を
彼の非有機的肉体とするという普遍性のなかに現れる。自然、すなわちそれ自体が人間の
肉体でないかぎりでの自然は、人間の非有機的身体である。人間が自然によって生きると
いうことは、すなわち、自然は、人間が死なないためには、それとの不断の[交流]過程の
なかに留まらねばならないところの、人間の身体であるということなのである。」(94)
◆類からの疎外
・「疎外された労働は人間から、③[-1]自然を疎外し、③[-2]自己自身を、人間に特有の機
能を、人間の生命活動を、疎外することによって、それは人間から類を疎外する。すなわ
ち、それは人間にとって類的生活を、個人生活の手段とならせるのである。……/なぜな
ら、人間にとって、労働、生命活動、生産的活動そのものが、たんに欲求を、肉体的生存
橋本努・講義「経済思想」
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を保持しようとする欲求を、満たすための手段としてのみ現れるからである。」
→「自由な意識的活動が、人間の類的活動である。」(95)
◆対象世界の加工としての類生活
・「対象的世界の実践的な産出、非有機的自然の加工は、人間がまさに類的存在であるこ
との確証である。……動物は一面的に生産する。ところが人間は普遍的に生産する。動物
はたんに直接的な肉体的欲求に支配されて生産するだけであるが、他方、人間そのものは
肉体的欲求から自由に生産し、しかも肉体的欲求からの自由のなかではじめて真に生産す
る。」(96)
・「それゆえ人間は、まさに対象的世界の加工において、はじめて現実的に一つの類的存
在として確認されることになる。この生産が人間の制作活動的(werktätig)な類生活なので
ある。この自然を通じて自然は、人間の製作物および人間の現実性として現れる。それゆ
え労働の対象は、人間の類生活の対象化である。というのは、人間は、たんに意識のなか
でのように知的に自己を二重化するばかりでなく、制作活動的、現実的にも自己を二重化
するからであり、またしたがって人間は、彼によって創造された世界のなかで自己を直観
するからである。」(97)
◆③類からの疎外のつづき
③[-3]:人間本質の疎外。人間の精神的な類的能力を彼の個人的生存の手段としてしまう。
③[-4]:人間からの人間の疎外。「人間が自分自身と対立する場合、他の人間が彼と対立
しているのである。」(98)
◆私有財産と疎外の関係
・「私有財産は、外化された労働の、すなわち自然や自分自身に対する労働者の外的関係
の、産物であり、成果であり、必然的帰結である。」(102)
・「労賃は疎外された労働の直接の結果であり、そして疎外された労働は私有財産の直接
の原因である。」(104)
・「外化された労働の物質的な、総括的な表現としての私有財産は、労働やその労働生産
物や非労働者に対する労働者の関係と、労働者やその労働生産物に対する非労働者の関係
という二つの関係を包含している。」(106)
◆人間の解放
・「私有財産に対する疎外された労働の関係から、さらに結果として生じてくるのは、私
有財産などからの、隷属状態からの、社会の解放が、労働者の解放という政治的なかたち
で表明されているということである。そこでは労働者の解放だけが問題になっているよう
に見えるのであるが、そうではなく、むしろ労働者の解放のなかにこそ一般的人間的な解
放が含まれているからなのである。」(104)
◆疎外の出現する領域:生活手段、産物、活動、非人間的な力
・「疎外は、私の生活手段が他人のものであるということにも、私の欲求するものが私の
手に入らない他人の占有物であるということにも、またあらゆる事物そのものがそれ自体
とは別のものであるということにも、また私の活動が他人のものであるということにも、
最後に、――そしてこれは資本家にも当てはまることだが――一般に非人間的な力が支配
しているということにも、現れる。」(164)
橋本努・講義「経済思想」
6
第二草稿 1.私有財産の関係
◆労働者種族の存命的再生産
・「労働者は資本を生産し、資本は労働者を生産する。したがって労働者は自分自身を生
産するのである。そして労働者としての、商品としての人間が、全運動の産物である。も
はや労働者以上のなにものでもない人間、そして労働者としての人間にとって、彼の人間
的な諸特性は、それらが彼に疎遠な資本のた


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 最首悟     ウィキペディア

生誕 1936年 福島県生まれ。

活動地域 千葉県育ち。[1]
研究分野 生物学、社会学
研究機関 東京大学教養学部、和光大学人間関係学部
特筆すべき概念 生命論(いのちろん)

主要な作品
『生あるものは皆この海に染まり』(1984年)
『明日もまた今日のごとく』(1988年)
『水俣の海底から』(1991年)
『半生(はんせい)の思想』(1991年)
『星子が居る』(1998年)

影響を受けた人物 茅野寛志[1]シモーヌ・ヴェイユ[要曖昧さ回避]

最首 悟(さいしゅ さとる、1936年(昭和11年) - )は、日本の生物学者、社会学者、評論家。元全共闘活動家。和光大学人間関係学部教授(環境哲学)、人間関係学部学部長を経て名誉教授[1]。駿台予備学校論文科講師。NPOのオルタナティブ大学であるシューレ大学アドバイザーを勤める。

略歴
1936年(昭和11年) - 福島県生まれ、千葉県育ち。[1]
1959年(昭和34年) - 千葉県立国府台高等学校を経て東京大学理科1類入学。
1960年(昭和35年) - ブント同盟員になるも「1日ブント」と呼ばれる。
1962年(昭和37年) - 大学管理法反対闘争参加。
1963年(昭和38年) - 「カンヅメ行動」により停学処分。
1965年(昭和40年) - 「ベトナム反戦会議」結成に参加。
1967年(昭和42年) - 東京大学理学部動物学科博士課程中退。
1967年(昭和42年)-1994年(平成6年) - 東京大学教養学部助手を27年間務める。
1968年(昭和43年) - 「東大助手共闘会議」結成に参加。
1969年(昭和44年) - 「東大安田講堂事件」で逮捕。
1970年(昭和45年)-1973年(昭和48年) - 「闘争と学問」を続ける。
1997年(平成9年) - 障害者作業所「カプカプ」運営委員長。
2001年(平成13年) - 恵泉女学園大学人間環境学科特任教授。[要出典]
2002年(平成14年) - 和光大学人間関係学部人間関係学科教授。
2007年(平成19年) - 和光大学名誉教授。
津田塾大学やシューレ大学への出講経験もある。

人物
東大教養学部生物教室助手時代に東大闘争が活発化したが、最首は全学の助手有志とともに「助手共闘」を結成し、その中心メンバーとして全共闘運動に参加した。東大安田講堂事件を経て東大闘争が沈静化した後も、水俣病問題などへ積極的に取り組み、娘の星子が障害を持って生まれて来たことから、障害者問題へも深く関わって来た。そうした社会問題への関与から、大学当局とは対立し、東大では27年間助手を務めたまま定年退職した(なお、当時の国立大学の助手は国家公務員だったので、通常の生活にはさして困るわけではなかった)。その後、私立大学へ教授として迎えられた。

長年にわたって、駿台予備学校へも出講し、当初は生物科講師、のちに医学部受験者用の「医系小論文」を中心とする論文科講師となる。また国立大学の分離・分割方式導入以来、駿台で東大後期入試の総合科目I(理系英語)対策の責任者を務め、青本執筆の他、3月の直前セミナーでは当該講座を担当している。

学んでいる学生がつくっているオルタナティヴなシューレ大学の1999年の設立以来顧問・アドバイザーを務めている。当初から続いている生命論(いのちろん)は、生物学、哲学、社会思想、60~70年代の学生運動論、「障碍」論をはじめ、臨機応変、縦横に議論を展開し続けている。

茨城県の智森学舎予備校などへの出講経験もある。

著書
大学受験参考書
『お医者さんになろう 医学部への小論文』 駿台文庫〈駿台受験シリーズ〉、2001年12月。ISBN 978-4-7961-1571-1。
勝田耕史、大原正幸・船岡富有子 共著 『お医者さんになろう 医学部への英語』 駿台文庫〈駿台受験シリーズ〉、2002年10月。ISBN 978-4-7961-1047-1。
『大学入試完全攻略シリーズ 東京大学 理科 後期日程』 駿台予備学校 編、駿台文庫、年次版。 など - 通称、青本。総合科目Iの「出題分析と合格作戦」「解答・解説」執筆。

評論集
単著
『生あるものは皆この海に染まり』 新曜社、1984年11月。
『明日もまた今日のごとく』 どうぶつ社〈自然誌選書〉、1988年4月。ISBN 4-88622-241-2。
『水俣の海底から 「終われない水俣展」講演集』 京都・水俣病を告発する会、1991年5月。
『半生の思想』 河合文化教育研究所〈河合ブックレット 21〉、1991年9月。ISBN 4-87999-920-2。 - 解説:大門卓。
『星子が居る 言葉なく語りかける重複障害の娘との20年』 世織書房、1998年5月。ISBN 4-906388-65-5。
『「痞(ひ)」という病いからの 水俣誌々 パート2』 どうぶつ社、2010年3月。ISBN 978-4-88622-343-2。

共著・編著・共編]
『山本義隆潜行記』 最首悟 編、講談社、1969年。
『出月私記 浜元二徳語り』 最首悟 編、新曜社〈水俣=語りつぎ 3〉、1989年9月。
『理科を変える、学校が変わる 総合学習の創造 ハードパスからソフトパスへ』 最首悟・盛口襄・山口幸夫 編、七つ森書館、2001年12月。ISBN 4-8228-0150-0。
『水俣五〇年 ひろがる「水俣」の思い』 丹波博紀 共編、作品社、2007年12月。ISBN 978-4-86182-165-3。

寄稿論文・関連記事など
最首悟、小野田襄二 「黒田寛一」『戦後思想家論』 現代の眼編集部 編、現代評論社、1971年。 - 『現代の眼』1970年8月号の特集「戦後とは何かー思想家論による試み」を中心にまとめたもの。
『水俣の啓示 不知火海総合調査報告』上、色川大吉 編、筑摩書房、1983年3月。 「不知火海漁業の移り変わりー芦北郡女島の巾着網漁について」
「市井論文への反論」

最首悟 「孤立有援ともいうべき事態」『滝沢克己 人と思想』 滝沢克己追悼記念論文集発行委員会 編、新教出版社、1986年6月。
最首悟 「『ホントウとは何か』予備校で考える」『ザ・予備校』 第三書館、1986年、200-205頁。
駿台教育研究所 編, 編纂.「特集「教育変革と新しい予備校像」」、『駿台フォーラム』第19号、駿河台学園駿台予備学校、2001年、 ISSN 0289-5579。 「〈予備〉の持続と変容」
船岡富有子「医系英語論文マルチプレックスについて」

最首悟 「ケアの淵源」『ケアの社会倫理学 医療・看護・介護・教育をつなぐ』 川本隆史 編、有斐閣〈有斐閣選書〉、2005年8月。ISBN 4-641-28097-5。
最首悟 「公害 問われた個人の倫理」『1968年に日本と世界で起こったこと』 毎日新聞社 編、毎日新聞社、2009年6月。ISBN 978-4-620-31933-9。
『「いのち」から現代世界を考える 連続講義』 高草木光一 編、岩波書店、2009年6月。ISBN 978-4-00-022171-9。 最首悟 述「揺らぎのなかの「いのち」 「いのち」の軽さ」
最首悟・立岩真也 述「対論」
最首悟・島薗進・山口研一郎・高草木光一 述「われわれはいまどんな時代に生きているのか」

最首悟 「いのちへの作法」『生命(いのち) 人体リサイクル時代を迎えて』 山口研一郎 編著、緑風出版、2010年12月。ISBN 978-4-8461-1014-7。
最首悟 述 「「わからなさ」をもち続ける」『わからないことは希望なのだ 新たな文化を切り拓く15人との対話』 春原憲一郎 編著、アルク、2010年1月。ISBN 978-4-7574-1839-4。
最首悟 述 「東大闘争と学生運動」『一九六〇年代未来へつづく思想 連続講義』 高草木光一 編、岩波書店、2011年2月。ISBN 9文字色78-4-00-023699-7。
最首悟 「いのちはいのち」『石牟礼道子 魂の言葉、いのちの海』 河出書房新社〈KAWADE道の手帖〉、2013年4月。ISBN 978-4-309-74049-2。
『思想としての「医学概論」 いま「いのち」とどう向き合うか』 高草木光一 編、佐藤純一・山口研一郎・最首悟 執筆、岩波書店、2013年2月。ISBN 978-4-00-025878-4。 最首悟 執筆「「いのち」から医学・医療を考える」
最首悟・佐藤純一・山口研一郎・高草木光一 述「「医学概論」の射程」日本の社会学者
  1. 2016/08/09(火) 06:06:18|
  2. 未分類