古本屋通信

地の文「母は銃後を守り」は誤用

古本屋通信     No 1986   6月17日

  鬼藤千春氏「母は銃後を守り」は地の文としては誤用 

  先ほど鬼藤千春氏を訪問したら、以下の文があった。赤大文字の「母は銃後を守り」は少なくとも戦後民主主義を標榜する者が使ってはならない言葉だ(小説なら微妙だろう)。しかし単にウッカリした誤用である。思想的誤りではない。気が付いて訂正すれば済むであろう。何か適当な指摘がないかと探したが、以下くらいしかなかった。貼っておく。尚、私はこういう言葉も便利だから使えばよいし、禁句にすべきではないと思うが、その際は「 」 に入れるなりして、厳密に使用すべきだと思う。この文を鬼藤氏が読んでいても返答無用に願う。黙って訂正されるなら、私もこのエントリーを消すだろう。私が誤りだと思われれば放置されればよい。読者が当否を判断するだろう。

 余談だが、鬼藤氏の言葉が許せないからと言って、戦前用語禁止法なる理念法を可決して、それを根拠に鬼藤氏を袋叩きにしたのが先日のヘイトスピーチ法であった。



ちちははは、厳しい戦中戦後を生きてきた。ふたりとも明治生まれである。とくに父は、先の戦争で3回も徴兵され、よくも生きて還ることができたものだと思う。また、母は銃後を守り、家庭を守り子どもを育ててきた。そのちちははは、戦中に2人の子どもを産み、戦後に2人の子どもを産んで、大変な時代に子育てを余儀なくされた。ちちははは、いずれも90歳過ぎまで生きたが、その生活は貧窮の生涯だった (鬼藤千春の今日の記事より)


   ネット上の Q and A

 「“銃後”のことは宜しくお願いしますよ。」ってどういう意味でしょうか???
森元首相がこの発言をしたとして「戦争用語を使うとは何事か!」とマスコミで叩かれたようですが、これはどういう意味なんでしょうか???

 ベストアンサーに選ばれた回答
「銃後」で十分通じますが、「銃後の守り」とか「銃後の備え」とか言いまして、戦地で戦う軍隊の為に、内地(日本国内)で軍需工場に半ば強制的に動員されて働いたりすることを言いますが、戦地に赴いた夫の留守を守る妻や家族の生活を「銃後」とも言います。
森元首相の発言が「戦争用語を使うとは何事か!」につきましては、現在の平和憲法下の日本は戦時体制ではありませんので、それが批判されたのでしょうね。
  1. 2016/06/17(金) 06:38:13|
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