古本屋通信

日本にブラック企業はあり得ない

古本屋通信     No 1955   6月01日

  
日本にブラック企業とかブラックバイトはあり得ない

 党岡山市議の竹永光惠さんは何か書けば古本屋通信の餌食にされる。それが鬱陶しいのか、最近では党中央のムービーを貼りつけて記事に替えている。河田さん田中のぞみさんが槍玉に上がらないのを真似たのだろう。ところがムービーの選択が最悪である。

  なくそうブラックバイト ストップ“賃金泥棒”/とことん共産党

 私はアホらしいからムービーなど視聴せずに書く。国会で最初に「ブラック企業問題」を取り上げたのは山下書記局長(当時)であったか、吉良よし子参議院議員であったろう。私は吉良の議会質問をコテンパに批判した(通信 No 1286 吉良質問はどう考えても不適当)。山下については深く失望した。私はそれまで田舎の駅弁大学出身の山下書記局長に大いに期待していたのだ。それが全くの幻想だったと知って愕然とした。自分は人を見る目がなかったと。しかし遅ればせだったが、山下に党幹部失格のレッテルを貼った。その後の経過は周知のとおりである。党常任幹部会も山下書記局長に耐えられなくなって更迭した。山下は悪びれることなく、ましてや恨みに思う様子など全くなく、与えられた副委員長職を淡々とこなしている。病気ではない。もともと書記局長の器ではなかったのだ。


  以上は前置きである。以下が本論である。

  日本にブラック企業とかブラックバイトはあり得ない。これはブラックの名で括られる労働実態を有する企業や、非正規雇用を使い捨てする企業が日本にないということではない。その正反対である。日本の企業というより日本資本主義そのものが過酷な労働実態を伴う搾取で成立しているし、非正規雇用は日本資本主義の構造そのものにかかわる必然である。だから個々の企業のブラックぶりがどんなに過酷であろうと、それらを総称して「ブラック企業」とか「ブラックバイト」とかの名前を付すことはできないのだ。

 それは個々の企業の労基法さえも完全に無視した労働者支配を放置することを意味しない。これらについては個別企業の労働者が個別に異議申し立てをし、個別にたたかっていくしか道はないのである。労働者どうしの連帯も必要だし、ナショナルセンターの役割もある。然し基本は個別の戦いである。外部からの介入は有害である。まして日本共産党のブラックキャンペーンなど糞である。

  2年ほど前、日本共産党の市議会議員が、と云っても河田さんは加わらなかったが、岡山の企業の前でブラック企業アンケートをとった。これは武田英夫の指示で石村智子が先陣を切り、岡山市議団を巻き込んだものだ。私は丁寧に批判し、そのご田中のぞみ市議には会ってちょくせつ批判した。

  田中さん、あなたは市議になる前は旧福武書店(ベネッセ)グループのシンフォーム次のエントリーにウィキペディア記事)の労働者だった。市議に当選した後、あなたは旧職場に挨拶に行った。それをブログに書いていた。働きやすい職場だったと。その通りだったろう。しかしこの職場(岡山市高柳)で強姦殺人事件が起こった。一審の岡山地裁の裁判員裁判は死刑の求刑であった。だからと云ってシンフォームがブラックだとは言えまい。しかしブラックに価するようなストレスは蔓延していただろう。だから事件が起きた。

 上に書いたことと正反対だが、日本にブラックでないような職場は基本的にあり得ない。企業の労働者支配とはそういうものだ。


  私は今までこの問題を論じるのに共産党の職場、つまり党専従の職場を持ち出したことは一度もない。党専従は労働者ではないし、自己犠牲を前提にそれを承認して就職しているからだ。然し党の外部から再三にわたって繰り返し言われてきた 「自分たちの職場の事を放置しておいて他人の職場の事を批判するな」 と。この問題にいちど立ち返ってみたい。

 十年前に現職の県委員長の中原猛が心不全で死んだ。人の死因をひとつに限定はできないだろう。しかし中原の死が過労死であることを否定する者はいまい。その中原の追悼文集には彼が備南地区委員長だった時の党活動の様子が書かれている。若い党専従たちは毎晩その日のうちに家に帰って眠ることはなかったと。

 先日の赤旗に市田忠義が細君の事を書いていた。1960年代の党専従時代(京都の地区委員会時代)に家に帰るのはいつも午前さまだったと。

  党の職場から民主団体にうつる。話題になっている倉敷民商はもちろん企業ではないが、労基法は適用されないにせよ、それに準拠した労働が望ましいだろう。私はその労働の仔細を知らない。知らないが超過酷な労働であると聞いている。だからそうとう筋金入りの共産党員でも身が持たない。すぐに辞めてしまうそうだ。この辺は鬼藤千春が詳しいだろうが、まあ書かないだろう。

  民医連の病院にうつる。水島協同病院は誰しもが賞讃する病院である。私も異論がない。だが、この病院に過酷な労働実態はないのか。ないと言えばないだろうし、あると言えばあるだろう。では首切り解雇はないのか。しばしばあったと聞いている。しかしそれは不当な解雇ではない。ふさわしい働き方をしない労働者に対して温情は懸けない。当然なことである。しかしそれは病院側の論理であって、解雇された側にとっては不当解雇であろう。つまり第3者がとやかく介入できない分野なのだ。

 私はブラック企業キャンペーンは根底から間違っていると思う。極端にはワタミも、東北大学も、ベネッセも、シンフォームも、日本共産党備南地区委員会、倉敷民商も、水島協同病院も、みんなブラック企業の名で(括ろうと思えば)括れるのだ。

  こういうアホはふつうの社会的常識があればやらない。吉良よし子は仕方がない。山下は許せない。アホでなければ考えられない。

  岡山の特定企業の門前で労働者の出勤時間・退社時間を狙ってブラック企業アンケートをとるキチガイ(非常識をはるかに超えている)。それが石村智子と4人の共産党岡山市議であった。私が批判して後、田中さんは事の本質を理解してくれた。竹永さんは今にしてコレだ。党がアプリオリに正しいのではない。現実から出発して現実に還る、これがなければ議会質問原稿ひとつ書けないであろう。

  この問題での自己批判がない限り、私は日本共産党岡山市議団の議会質問傍聴には行かない。河田さんにも連帯責任はある。こういう市議団がまっとうな議会質問ができるとは到底考えられないのだ。

  竹永さんは福祉の現場で働いてきた。河村ひろ子さんも福祉の現場で働いてきた。福祉の現場はブラックと云えばブラックだろう。だから先日の大事件(職員が入所者4人を殺した事件)が起こった。河村さんは事件を我がこととしてブログを書いた。竹永さんは書かず、こんかい党中央の上記のムービーを流した。この差を読者に問いたい。私はきれいごとは書かない。平気で共産党員の間に楔をぶち込む。これは党の分裂を策しているのではない。党の正しい認識での団結を目指して書いている。これが古本屋通信である。嫌われることは百も承知なのだ。
  1. 2016/06/01(水) 11:51:41|
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