古本屋通信

ブログ言語の責任能力

古本屋通信    No 1810   3月07日

   ブログ言語の責任能力

 おそろしい世の中になった。
  国会議員(民主党)の山尾志桜里やまおしおりは出所不明の匿名ブログをふりかざして安倍首相に迫った。


 私はこの問題は赤旗の報道で知っていた。しかし赤旗もしつこく書かなかったし、深刻な保育園児の待機問題だが、こういう契機で問題になる事に不快感があった。岡山市議の田中のぞみさんも同じような問題を市議会代表質問で取上げているが、このように正面から取上げるべきだと思った。私は安倍の答弁がではなく、民主党の山尾議員が不愉快だった。しかしクダラナイ議論だと放置した(園児待機問題がどんなに深刻な問題であろうと、こういう切り口から問題が論じられるのがクダラナイ)。

 そうして、たったさっき、長く更新されていない石村とも子さん(党中央勤務員)のツイッターを見て驚いた。なんと1ヶ月ぶりに更新されていた。


 石村智子 @ishimura_t 12:29
 「匿名では事実がわからない」 なんてとぼけたこと言う政府は終わらせよう!


 まあ、何処まで行ってもダメな共産党員はとことんダメだと絶望した。コレは悪乗りしたというよりも、自分の実感で正直につぶやいたのだ(だから私はツイッターが嫌いなのだ)。石崎徹も同じなのだが、没論理のフィーリングでモノを言うとこうなるのだ。憂鬱だが、この問題について少し書かなければならなくなった。何でワシ安倍を弁護する文を書かねばならんのだ。

  以下の HuffPost さんのよくまとまった文がネット上にあった。拝借する。これだけで十分だ。保育園落選のブロガーの全文もあったが、これを転載する必要はない。保育園落選者の文はブログの文として、きわめて真っ当な一文である。こういう訴えは今後もネット上でなされるべきである。これと国会の質疑はまったく別である。


「保育園落ちた日本死ね」ブログに安倍首相「本当か確認しようがない」、国会では「誰が書いたんだよ」などのヤジ

執筆者: HuffPost Newsroom   投稿日: 2016年03月01日
安倍晋三首相は2月29日の衆院予算委員会で、話題の匿名ブログ「保育園落ちた日本死ね!!!」について、「匿名である以上、実際本当に起こっているか、確認しようがない」などと述べた。民主党の山尾志桜里氏への質問に答えた。

このブログは、保育園に申し込んだものの落選したブロガーが「一億総活躍社会じゃねーのかよ」「子供を産んで子育てして社会に出て働いて税金納めてやるって言ってるのに日本は何が不満なんだ?」「どうすんだよ会社やめなくちゃならねーだろ」などと、待機児童問題に対する憤りをつづったもの。人気ロックバンドGLAYのボーカル、TERUさんも、「政府には本気で考えて欲しい問題」などとツイートするなど、ネット上を中心にこの訴えに共感が集まっていた。

山尾氏はこのブログについて「当事者の悲鳴を、国民に知ってもらいたい、予算委員のみなさんにも知ってもらいたいとこう思って、フリップと資料を準備しましたよ。でも、与党のみなさんが、これを委員の皆さんに配ってもいけない、国民の皆さんにフリップで見せてもいけないとそういうことですので、私は本当に安倍政権というのは、都合の悪い声は徹底して却下する、都合の悪い声は徹底して無視する、本当にそういう安倍政権の体質の象徴となる対応だと思いました」などと主張。ブログの内容を口頭で読み上げた。

山尾氏がブログの内容を読み上げる最中には、議員席から、「中身のある議論をしろ」「誰が書いたんだよ」「ちゃんと本人を出せ」などのヤジが飛んだ。

安倍首相はこのブログの投稿については、「私は承知をしておりませんが、かつまた、匿名ということですので、これ、実際にどうなのかということは、匿名である以上ですね、実際にそれは本当であるかどうかを、私は確かめようがないのでございます」とコメント。

一方で、このブログのように、「実際に、待機児童がたくさんおられることも事実」「残念ながら保育所に入れることができなかったと、大変残念な、苦しい思いをしている方がたくさんおられることは承知しています」などと述べ、保育所などに入れない待機児童の解消に向け、50万人の受け皿を用意することや、一度仕事を離れた保育士が現場に戻る保育士に対し20万円の準備金を出すこと、保育を学ぶために専門学校や短大に通う人に月5万円の返済免除の奨学金を出すなどの政策を進めるとした。

このブログを書いたとみられる人のTwitterには、この安倍首相のコメントに対し「匿名の文章ですが、現実に起こっていること」「待機児童が2万人以上いる事は事実であり現実」などのツイートが投稿されており、「待機児童がゼロになるように願う」などと書かれていた。




  
   古本屋通信

  まず民主党の山尾議員が決定的に間違っている。配布を試みた「フリップと資料」はネットに投稿された落選者の文であろう。これはネットの文である。ネットの文はそれとして極めて有効性を持っている。時として世論形成に一役はたす場合もある。だから私も書いている。しかしこれはあくまで仮想バーチャル空間の言語である。実社会のリアル空間の言語ではない。つまり如何なる意味でも、リアル空間で証言能力を持たない。また証拠能力も有しない。当然である。これがリアル空間で通用するならデッチアゲ、誹謗中傷、謀略はやりたい放題である。リアル空間の対応は不可能である。だから古本屋通信の文に対して、日本共産党の実在のいかなる機関・個人からも応答はない。だからこそ私も自由に書ける。

  そういうネット上の文を「フリップと資料」として配布するなど許されない。配布が議会当局によって許可されなかったのは当然である。そもそもそんな怪文書を配布しようというのが狂っている。

 配布が許可されなかったから、ブログの内容を口頭で読み上げたのはもっと悪い。とんでもない暴挙である。

  安倍が「匿名である以上、実際本当に起こっているか、確認しようがない」と答弁したのは当然である。真偽が確認できない事を前提にした答弁などありえない。安倍に非はまったくない。

  議場からのヤジは真っ当である。「中身のある議論をしろ」、「誰が書いたんだよ」、「ちゃんと本人を出せ」 は議会の常識である。 怪文書や怪質問が国会の場で許されよう筈がない。議長は質問の中止を求めるべきである。それでも続けるならば懲罰が課せられるべきである。

  それでも安倍は丁寧に答えている。百点満点の百二十点の答弁である。だからさすがにこの問題で後追いするものはいなかった。岡山の共産党員で書いた者もいなかった。そこへ石村とも子のツイッターである。閉口した。

  この問題で約20人の母親が「私がツイッターだ」といって国会前でデモをしたと伝えられている。こういう行動を引き起こすブログは有意義である。ただしそれは直接ブログに反応しての行動にかぎってである。

  またブル新聞がブログ主を逆探知して特定したという話も伝えられている。殺人事件だとかは別にして、自由な言論の場であるインターネット・ブログを管理・統制することは許されない。ブル新聞業界の止め処もない退廃をきびしく糾弾しておきたい。



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 山尾志桜里  ウィキ

山尾 志桜里(やまお しおり、1974年7月24日 - )は、日本の政治家、検察官。民主党所属の衆議院議員(2期)。旧姓は菅野(かんの)。
宮城県仙台市生まれ[2]。聖徳学園小学校、東京学芸大学附属大泉中学校、東京学芸大学附属高等学校卒業。高校に進学するまでは医学部志望だったが在学中に法律家志望に転じ、東京大学文科Ⅰ類に入学。ラクロス部ではマネージャーを務め、3年次から東京大学法学部に進学。1999年に東大を卒業し、2002年に司法試験に合格した[3]。司法修習を経て、2004年に検察官任官。東京地方検察庁、千葉地方検察庁、名古屋地方検察庁岡崎支部に勤務し、2007年に退官。
2009年、第45回衆議院議員総選挙に民主党公認で愛知7区から出馬し、自由民主党前職の鈴木淳司を7万票超の大差で破り、初当選した。2010年の民主党代表選挙では現職の菅直人の推薦人に名を連ね、菅は小沢一郎を破り再選された。
2012年の第46回衆議院議員総選挙に民主党公認で愛知7区から出馬したが、自民党元職の鈴木淳司に敗れ、重複立候補していた比例東海ブロックでも次点で落選した。2013年10月30日、次期衆議院議員総選挙における愛知7区の公認候補者に内定[4]。2014年の第47回衆議院議員総選挙に際しては、東海四県(愛知、岐阜、三重、静岡)の中部電力管内の小選挙区から民主党公認で立候補した候補者の多くが連合傘下の中部電力労働組合から選挙支援を受けるため、核燃料サイクルや原子力の平和利用を明記した政策協定を結んだが[5]、山尾は協定を結ばず、中電労組からの選挙支援も受けない考えを表明した[6]。また、映画監督の山田洋次が山尾の支持を表明した[7]。総選挙では、愛知7区で自民党前職の鈴木淳司を約5千票差で破り、2年ぶりに国政に復帰した。
2015年1月の民主党代表選挙では、元幹事長の細野豪志の推薦人に名を連ねた[8]が、細野は決選投票で岡田克也に敗れた[9]。



 古本屋  寅さんもついにぼボロが出たな。


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  参考


「保育園落ちた日本死ね」ブログをほめるな   
石井孝明

感情的な文章を称える愚行
子どもが保育園に入れなかったママが書いたとされる「保育園落ちた日本死ね」というブログが話題となった。これを、山尾志桜里衆議院議員が衆議院の予算委員会で取り上げ、安倍首相に迫った。また3月4日には「保育園落ちたの私だ」というプラカードを掲げ国会前をデモする人がいた。いつもの通り組織化された政治行動であり、デモ写真には共産党議員が映っていた。同党が政治的揺さぶりをかけるために、この騒動を利用しようとしているのだろう。

この文章を読んでみた。同情はする。しかし物書きの端くれである私から見ると幼稚な文章だ。「死ね」「子ども生むのなんかいねーよ」「税金使ってんじゃねーよ」という感情的な言葉の羅列だ。どこに共感すればいいのだろう。そして何も学ぶものがない。もちろんブログに個人的な感情を吐露するのは表現の自由であり、変に騒ぐ周囲の人々が問題だ。

民主党の山尾議員は検事出身だそうだが、いつも国会で感情的に騒ぐので気味が悪い「民主党的」女性だ。安倍首相は山尾氏の追求に「匿名なので確認できない」といい、自民党議員席からは「誰が書いたか分からないものを国会で取り上げるな!」というヤジが飛んだそうだ。私もそう思う。記者として訓練を受けた私に取って、いや普通の社会人に取っても、匿名情報源が流す情報は、真偽を確認できない危ういものだ。

そもそも国が行う政策は法律に基づく制度作りと予算措置だ。保育園の具体的な設置、サービスの実施は地方自治体の責務であり、また地域事情は国内でさまざまだ。人々の不満のたまる今の政策を擁護するつもりは毛頭ないが、民主党、野党が自治体の問題としてではなく、いきなり「天下国家」の話から保育問題を語るのは、問題解決のための手順を間違っている。

このブログ主は生まれて数年(1年?)の子どもの保育を探しているようだが、考えて見れば、夫婦の勤務の時短は会社との関係であり、自治体・民間は不十分でも地域で保育園以外の代替サービスを提供しているだろう。「日本死ね」とか政治家の言うような「アベ悪い」の問題ではないはずだ。

国のできることはどこまで行っても限られる

子育てが大変なことは自明である。私も、私の両親も苦労した。しかし、それをさまざまな人の協力などで乗り越えられた。不十分であっても、代替措置はいくつかある。民間保育園、民間託児所、親や親族の協力。保育園が子どもに、また家庭に最適かも分からない。そうした制度を利用しながら、大半の人は歯を食いしばって、子育てを行う。それをしないで「死ね」などの呪詛をばらまく親によって、子どもが悪影響を受けることが心配だ。

また子育てで迫り来る危機は予測できるものだ。民間調査によれば、高校までの学費・生活費で平均2000万円の費用が子ども1人に必要だ。保育園の後もさまざまな障害が子育てには立ちはだかる。子どもの人生は始まったばかりなのに、そこで子育てに感情的になる親は今後の苦難を乗り越えられるかも心配だ。

もちろん私はすべてを自分で子育てをしろなどという暴論を吐くわけではない。予算の許す限り、保育支援の拡大を進めるべきだ。しかし人生のあらゆる場面で、国のできることはどこまでいっても限られる。もちろん支援制度の整備を主張することも当然だが、人生のすべての物事では自己責任を覚悟しなければならない。子育てという、つらさも含みながら、意義深い、楽しい営みもそうだ。

どこの誰かが書いたかも分からない文章に感情移入する前に、政治家も、問題に直面する子育て世代も、また騒ぐ周囲の人も、するべきことがある。問題に直面した人は、国への呪詛の前に、家族のために金を稼ぎ余裕を作ることこそ、まずやらなければならないことだろう。政治を呪っても金と時間は子どもと親の上には降ってこない。

政策決定で国民の感情ばかりに注目し、政府批判を煽る「民主党的」「共産党的」アプローチは大変危険だ。私は経済記者として、さまざまな社会問題、経済的問題の発生と、その対応する政策の成立を観察してきた。行き詰まった問題で、感情論が強まり始めると、世論とメディアがおかしな方向に走り、政策が非合理的になり問題が解決しなくなった。

特に深く観察した問題に、「金融危機対策」「改正貸金業法」「エネルギー・原子力政策」の3つがある。感情に走らずに一番効果のあるとされた公的資金注入をした金融危機対策がうまくいき、「被害者を思え」と感情に流れた後ろ2つは大混乱が現在進行形で続いている。政策や制度づくり、それに伴う社会問題の解決では、できる限り合理性を追求し、感情に揺さぶられてはいけないのだ。
  1. 2016/03/07(月) 05:11:06|
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