古本屋通信

党議員は自分の手足を縛るな

古本屋通信    No 1806   3月04日

  日本共産党議員は自分の手足を縛ってはならない。



  このエントリーは内容において、前々板 「森脇ひさき県議のブログ」 の続編をなす。読者はそのような文としてお読みください。別の板としたのは、これが森脇批判を意図するものではなく、一般的に共産党議員が学校行事で祝辞等を述べる事の問題を書きたかったからである。しかし具体的には森脇さんの関西高校卒業式での父兄代表としての謝辞をイメージして読んでください。その方が分かり易いだろう。

  最初に私の立ち位置だが、私の自宅から500メートル以内に2つの私立高校が存在する。すなわち私立関西高校と私立創志学園高校である。私は過去も現在も、これら2校とは何の利害関係もない。つまり自分の子供が卒業生であるとか、教職員に知人がいるとかの関係はない。また両校の教育の実際について、私は特別の情報も持っていない。つまり肯定的、否定的の先入観はない。ただ私は高校部活動のあり方について自論を持ち、全国大会とりわけ甲子園大会は廃止すべきだとこれまで書いてきた。

  両校は岡山私学の中にあっても、とりわけきびしい生き残り競争を強いられているようにみえる。関西高校はかつて数少ない男子高校として安定した経営基盤を持っていた。今やきびしい過当競争を迫られ四苦八苦している。関西高校の生徒登校時の教員による校門前パーフォーマンス。これは私の目には地域父兄を意識した過剰サービス(営業のための宣伝)に見える。

  私立創志学園は最近の数十年、何回も身売りに出された。その度に経営者が変り、校名が変っている(城北女子 → 岡山女子 → ベル学園 → 創志学園)。いまや環太平洋大学(赤磐市の瀬戸短期大学の閉校の跡地に関東から進出してきたスポーツ専門大学)の付属高校として生き残りを賭けて生存している。私の自宅から100メートルの距離にある。私は毎日グランド前を通る。野球をしていない時は一度もない。異常である。だが当校にとってはごく正常な日常なのだ。

  甲子園出場。創志学園はしばしば出場している。関西高校は野球に特化していないが、数年前に甲子園出場はあった。私はたとえ学校経営を賭けた生き残りであろうと、これらのスポーツ偏重に限りない違和感を持つ。ただし学校経営そのものが商売だから(生徒は商品だから)、その一側面を切り取って糾弾はしない。

  私はスポーツ偏重への批判に比して、受験偏重にはそれほど厳しくない。岡山朝日高校と岡山白陵高校を頂点とする受験競争は最終的には生徒個人の努力の結果である。受験偏重を賛美する声など何処にも無い。ところが高校スポーツはちがう。高校スポーツには止まることのない賛辞が寄せられる。

 小学校時代の友達に誘われ、ラグビー部に。良い同級生、先輩、後輩に出会い、何よりもすべての先生に大事にしてもらい、成長させていただきました。 ・・・・・ スポーツで全国、いや世界をめざして頑張る人もいれば、・・・・・この三年間は、子どもから大人へと成長していく思春期まっただなか、血気盛んな・・・・・(森脇さんから引用)。


  特に揚げ足をとる気はないが、ここには桜宮高校バスケット部の生徒自殺事件は影を落していない。バスケット部でも野球部でもラグビー部でも 「全国、いや世界をめざして頑張る」 生徒は賞賛に値するのか? その夢をくだくのは間違いか? 私はここに大きな問題が潜んでいると思う。これは部活動を受験に置き換えてみればよい。「東大理Ⅲをめざしてがんばる」 生徒など殆んどいないが、もしいれば 「アホウ、やめとけ。おまえでは絶対に受からない。だいいち意味がない」 となる。つまり幻想である。同時にナンセンスなのだ。スポーツで 「全国、いや世界をめざして頑張る」 など、親や教師が 「幻想であり、ナンセンスだ」 と教えなければならない。幻想は持たないほうがよい。幼少期から間違った環境で育ってきたのだ。森脇さんの謝辞もその一端を担う。

 「高校野球幻想」 の終着駅が清原の麻薬事件だったろう。ブル新聞は絶対に真実を書かないが、清原も、桑田も、PL学院学園(ご指摘ありがとう)も、プロ野球の球団も同根なのだ。暴力団漬け。分かり切ったことである。ブル新聞は書かないが、高校野球の方がプロ野球よりずっと野球賭博に適している。野球賭博は暴力団の資金源の上位にある。高校野球も、高校ラグビーも県大会で十分である。全国大会を廃止すべきである。プロ野球は生活が懸かっているから、即時廃止はむつかしいだろう。だが甲子園大会廃止など、やろうと思えば即刻可能である。
 
 下記は先ほど目に留まった朝日新聞のウェブ記事である。見てのとおりだ。森脇さんに訊く。「部活動の顧問を務める中学や高校の若手教員の署名者2万3522人」 の中に関西高校の教員が加わっている可能性は大いにあるだろう。かれらは「文部科学省を訪れ、署名と、教員が顧問をするかどうかを選べるようにすることを求める要望書」 を提出した。しかしこれで埒があかない場合には、県議会にも要望書を出してくる可能性がある。各県教育委員会も関係があるからだ。私は各党県議団は高校教師の過酷な勤務を緩和するために尽力すべきだと思う。とりわけ日本共産党の県議団はその先頭に立つべきだと思う。

 
  「ブラック部活顧問」改善求める署名、文科省に提出
  2016年3月4日01時26分   朝日新聞デジタル
  部活動の顧問を務める中学や高校の教員が、休日返上で働いている現状を変えようと、若手教員らが2万3522人分の署名を集めた。3日、代表の本間大輔さん(34)が文部科学省を訪れ、署名と、教員が顧問をするかどうかを選べるようにすることを求める要望書を提出した。
  部活顧問「ブラック過ぎ」 教員ら、改善求めネット署名
  署名は30~36歳の公立中教員ら6人が呼びかけ、インターネット上で集めた。顧問をする意思があるかを教員に毎年確認するよう文科省が各教育委員会に指示することや、文科省が導入を検討中の「部活動指導員(仮称)」を十分に確保することなどを求めた。
 本間さんは取材に、「部活で時間がとられ、不登校の子に会いにいけない現状がある。長時間拘束は大きな損失だ」と話した。


  最初の問題に立ち返る。関西高校であろうと、創志学園高校であろうと、教育の問題は一校で解決出来ない。政治に留まらない経営と経済の問題である。だから学校や教師を安易に非難するのは妥当ではない。私が村井さんを批判したのもこの点だった。然し日本共産党員たる者、最低やってはならない事はあるだろう。野球少年清原を褒め称えてはならない。いや、いまなら誰でも非難する。だが、いま非難する人は卑怯である。御都合主義である。重ねていう。清原と桑田に大差ない。ともに高校野球業界とプロ野球業界の表層に浮いた生け贄である。ただし巨万のアブク銭を手に入れたのだから同情に価しない。アブク銭だから麻薬漬けになった。関西高校のラグビー部も創志学園高校の野球部も、それを生み出した病巣は同じである。


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  余談の別件であるが、せんじつ桜宮高校バスケット部体罰事件判決が出たので一言。自殺発生の当初、顧問教師と桜宮高校の教育を弁護する声は多かった。ブル新聞にも、そういう声はある程度、反映されていた。先日の報道ではその影の欠片もない。体罰教員を糾弾してオワリである。自殺には唯一でない複合的な原因があるにせよ、原因の過半が顧問教師の暴力にあったことは紛れもない。今回の判決はその原因部分の見極もした妥当な判決だった。

  教員自身には既に有罪・執行猶予の判決が出ていた。私は無罪であると思うが、ここでは措こう。

  約3年前の事件だ。その後も教師による暴力事件は頻繁に起きている。体罰事件で処分を受けた教師は増えている。これは処分を厳しく実施したからではあるが、一方でこの事件が体罰の抑止力にならなかったことを物語っている。

 断言する。体罰は絶対になくならない。生徒の死亡 (自殺も) は必ず起こるだろう。現に体罰は止まっていないのだ。ならば打ちどころが悪ければ死ぬ。自殺も起きる。

  これは資本主義の法則によって起こっている。つまり資本主義下のスポーツは勝たねばならない。競争に勝つために、コマ(生徒)をいかに調教するか、そのために高校スポーツがある。きれいごとの一切は不要である。競争があるから、勝たねばならぬ。つまり競争を廃止するしかないのだ。当面は高校スポーツの全国大会を全廃するしか方法はない。

  スポーツの勝敗は本来スポーツの属性ではない。向上したい。強くなりたい。これは相対評価だから競争相手を必要とする。しかし勝とうが負けようが、体力を使い果たせば充足感はある。別に勝たなくてもよいのだ。

 先日、M学園高校のK先生とちょっとだけ話した。K先生は学園の事実上のトップである。私は「高校現場の教室で、教師が生徒を殴るということがあるか」 と尋ねた。「絶対にない」 と。「それでは部活中にグランドで殴ることはないか」と尋ねた。そしたら 「そんなことは関係者しかいないのだから分からない。自信はない」 と言った。ここから何が分かるか。運動部で、程度の差こそあれ、体罰無しの高等学校などありえない。ただ、生徒が誰も他言しないというより、強くなりたければそういう指導を望んでいるのだ。スポーツ・コミックを読めばよい。殴らない監督・顧問など全くリアリティがなくて、読者が付かないだろう。
 
  1. 2016/03/04(金) 03:03:17|
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