古本屋通信

雑賀光夫の徒然草

 古本屋通信 No 190  4月23日
 

  雑賀光夫の徒然草


  面白いサイトを見つけて嬉しくなったので、さっそくヘバリついた。自分だけ愉しむのは勿体ないので紹介する。雑賀さんは共産党の和歌山県議らしいが、私がネット上で見つけたのは雑賀光夫の徒然草なる HP 内の随筆のページだ。それもその中の小林多喜二と「早春の賦」によせての一文だった。とても面白かった。とくに宮本顕治のプロレタリア文学の総括に半畳を入れているあたりが、とてもほほえましかった( 断っておくが私は宮本顕治の第一巻「あとがき」絶賛組だ* )。
 次いで、不破連載スターリン秘史(「前衛」不破哲三)を読み始めるを読んだが、これも愉快だった。あとはまだ読んでないが、目次をコピーした。追って読むつもりだ。このひと、私より一歳年長の1944年生まれらしい。京大同学会の民青の活動家だったと読める。ディミトロフの思い出なんか、四国にいた私なんかとも変わらない。私は不破連載のまえから野坂に引っかけてディミトロフの名を書いている。私にとっても、かれは反ファシズム統一戦線の一級の理論家だった。そこへいくとグラムシもトリアッチも新参者だ。もっとも私は、不破連載については最終回完結まで感想は書かないが。 
 雑賀さんは年上なので「いい気分で」噛み付けそうだ。それにこのひと、ネットが好きらしい。多忙なひとに相手にして貰おうとは思わないが、愉しみは殖えた。正直、「オーソドックスに正道を歩み続けた優等生」に負けてたまるかという気持ちもある。ホントの事をいえば、私は岡山県内の年下の党員の批判などやりたくないのだ。革マルが中核にテロを加えるみたいに「日本革命にとってやらねばならん」からやっているだけだ。誰が自分の娘みたいな歳の小娘を相手にしたいものか。ただ、書記局長の市田がメモを見ながら「**さんは地方では一級の論客です」などと紹介するから、憎まれ役をやっているまでだ。ほんとは雑賀さんのようなひとに噛みつきたかった。


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スターリン秘史(「前衛」不破哲三)を読み始める

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体罰について 2

福沢諭吉の評価をめぐって 

 以下、ご自分で開いてご覧ください


 私が面白かった箇所を引用する(古本屋通信)。

 ≪小林多喜二と「早春の賦」によせて≫より

 まあ、そんな議論は、脇においておこう。こんな議論をしていたら「むずかしい文章だね」といわれそうだ。そこで私の思いは、宮本顕治の「第一巻あとがき」への思い出に飛ぶ。
この「文芸評論選集」の刊行がはじまったのは、私の学生時代の1966年である。「第二巻」から出た。私は、初版を買ったはずなのに手元にあるのは1981年出でた「第15刷」だ。そうだ、誰かに貸して返してもらえなかったので買いなおしたのだ。ちなみにあとの巻は、すべて初版である。「第三巻」1968年、「第四巻」1969年。待ちかねて買ったのだ。そして、11年の空白のあと、戦前のプロレタリア文学運動を全面総括した「あとがき」がついた「第一巻」が出された。佐藤静夫、津田孝といった文芸評論の第一線のひとたちが、「文化評論」「民主文学」などの雑誌で、この「あとがき」を絶賛した。
 私は、この「あとがき」の意義を認めながら、複雑な気持ちになったのを思い出す。文芸評論の一線でいる佐藤・津田という人たちは、政治活動で忙しい合間に、宮本顕治が、戦前のプロレタリア文学運動の全面総括をやってのけたことをうけて、自分のふがいなさを感じないのだろうか。宮本顕治も、当時まだ現役だった蔵原惟人やこれらの文芸評論家にアドバイスして、この人たちの手で総括をかかせてやろうという気にならなかったのだろうか。これが、当時の「複雑な気持ち」の中身だった

*「あとがき」絶賛組の古本屋通信からひとこと反論すれば、宮本顕治は文学運動に携わってきた一表現者( 文学者 )として、個人の責任で書いたのだ。それは佐藤や津田に代行させたり、指導して書かせるような性質の仕事ではない。まして蔵原をやだ。雑賀さんは「あとがき」が読めてない。これは名指しこそしていないが、宮本顕治の蔵原惟人批判の論文なのだ(古本屋通信)。

 ≪スターリン秘史(「前衛」不破哲三)を読み始める≫より         
 不破さんが、[前衛]誌であらたな連載をはじめた。そこでは、スターリンの暗い政治の片棒をかついだディミトロフの役割が解明されると聞いて、僕はいやな気持ちになった。自分の青春の思い出が汚されるような気がしたのである。
 本箱から「反ファシズム統一戦線」(ディミトロフ著・国民文庫)を取り出してみる。あまり汚れていないから、学生時代に読んだものをなくして、買い換えたものにちがいない。「学生運動の統一」の問題など考える時も何度も読み返したから、最初に買った本は、ぼろぼろになっているはずである。
 僕が大学教養部にいたころ、京大同学会・教養部自治会とも主導権をとっていたのは、社学同(社会主義学生同盟)、いわゆるトロツキストといわれる一派だった。後に「赤軍派」で有名になった塩見孝也らがいた。僕は、自治会では反主流派の「統一派」に属していた。
 「原子力潜水艦寄港反対」などで主流派が組織するデモ・河原町でジグザグデモをくりかえし、機動隊と衝突するデモに参加するかどうかは大きな迷いだった。基本方針は、こうしたデモには参加しないということだが、クラスのまじめな学生が参加している。僕は、デモがある前の晩、「反ファシズム統一戦線」を読み返して、悩みぬいた末、翌日のデモに参加した記憶がある。活動家というほどでもない級友が、このデモに参加していて、多分参加しないだろうと思っていた僕の顔を見つけて嬉しそうにした表情まで、今でも思い出す。その行動が、よかったのかどうかは分からない。ただ、そこまで考えたことはなつかしい思い出である。だから、あのころ読んだものなら、赤線・青線で汚しまくっていたはずである。
 それでも、パラパラとめくると「幹部政策」のところに、赤い線をいれている。民青同盟の時代に、「幹部のありかた」を語るのに引用したのを思い出す。
 ぼくは、「一番美しい国の名前・ブルガリア。一番美しい町の名前・ソフィア。一番男らしい人の名前・ディミトロフ」と呟いてみたことがある。音声的に本当に美しいと思う。ディミトロフにそんなにほれ込むほど、「反ファシズム統一戦線」(コミンテルン第7回大会へのディミトロフ報告)には、感銘をうけた。
 そのディミトロフが、スターリンの粛清の片棒をかついたんだって。不破さん、たのむから、僕の青春の思い出を汚すような暴露はやめてほしい。こんな気持ちだったのである。
  1. 2013/04/23(火) 12:54:27|
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