古本屋通信

八鹿暴力事件は1990年に決着

古本屋通信    No 1780   2月20日

   八鹿・朝来暴力事件は1990年に決着済み


  石崎ブログにデボーリンから以下の投稿があった。拙文の一箇所 「主犯の丸尾らは実刑判決であった」 は事実誤認であったので訂正する(主犯丸尾良昭は懲役3年執行猶予4年確定)。其の他は全てデボーリンの出鱈目である。文末の高杉の本については、大昔に論難済みである。デボーリン全文に三度目の反論の労をとる暇がない。他人のネット上の文章を借りて反論に代えたい。尚、文末に解放同盟兵庫県連大会における野次について、主犯の丸尾に関する噂を傍証として貼っておく。これは権力のデマでもないし、対立する陣営の流した誹謗でもない。解放同盟内部から出た「真実」であろう。こうしたレヴェルであったのであろう。





587:八鹿高校事件 by デボーリンの墓守
on 2016/02/20 at 09:03:52 
古本屋通信が八鹿高校事件について支離滅裂なことを書いています。
事実関係からしてでたらめばかりで、どこから批判していいのかわからないくらいです。たとえば「主犯の丸尾らは実刑判決であった」と書いていますが、実刑判決は出ていません。
それに古本屋通信の主張は全くの自己矛盾です。古本屋通信は宮顕の査問致死事件について「治安維持法のせいだから無効である」と言っていたはずです。私は賛成しませんが、これはこれで一つの立場として理解はできます。
しかし古本屋通信は部落解放同盟に対する不当弾圧については、最高裁の差別判決を全面的に容認する立場です。(その差別判決ですら、「赤旗」「兵庫民報」などが大宣伝した「リンチ」などは認定していないのですが)
次の主張に私は全面的に賛同します。
http://tmp3.2ch.net/test/read.cgi/rights/1077425731/549n
人民の闘いには、権力の弾圧や有罪判決はつきものだと思います。
意見の違いがあるにせよ、闘う人民を権力に告訴し、不当な有罪判決をこれみよがしに宣伝するのは、左翼政党としての最低限の資格を疑わせる行為です。
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当時、「赤旗」「兵庫民報」や兵庫県高教組が部落解放同盟の「蛮行」なるものについてデマ宣伝を行いましたが、そんなものはなかったことは明らかです。
次の本をぜひ読んでください。
高杉晋吾『部落差別と八鹿高校 糾弾の論理』(三一書房)
これは初版1975年で、私が持っているのは1988年第11刷ですから、かなり売れたはずです。今でも古書で容易に入手できます。





八鹿高校事件有罪確定

ーー最高裁の上告棄却と「糾弾権」路線の破綻ーー

最高裁(第一小法廷、角田禮次郎裁判長)は、九〇年十一月二十八日、八鹿高校事件を頂点とするいわゆる「八鹿・朝来暴力事件」について、主犯丸尾良昭ら部落解放同盟(「解同」)側被告人一三名からの上告申立に対し、適法な上告理由がないとして、これをいずれも棄却する決定をくだした。
この結果、一九八三年十二月十四日神戸地裁が言い渡した、主犯丸尾良昭に対する懲役三年、執行猶予四年の刑を最高とする全被告人、全事件有罪の一審判決が確定した。

「八鹿・朝来暴力事件」というのは、一九七四年九月から十一月にかけて発生した「解同」による集団暴力事件で、兵庫県南但馬地方に誕生したばかりの「解同」丸尾派がその勢力拡大のため、暴力主義と利権あさりの体質を露呈し、南但馬の自治体や学校教育現場をその支配下におさめるべくいわゆる「朝田理論」と「解放教育論」をふりかざして暴力と洞喝の限りをつくし、多くの住民をも震憾させた事件であり、起訴された事件だけでも八件、被害者数二〇〇余名にたっする一大暴力犯罪であった。

八鹿高校事件は、そのなかでも最大の事件であり、同年十一月二十二日、部落解放研究会(「解放研」)問題を口実に県立八鹿高校に対する教育介入をはかった「解同」が、これに抵抗する教職員集団(同校のほぼ全員)にたいし、これを校内に拉致監禁したうえ、「糾弾」と称する凶悪・凄惨・陰湿な集団リンチを加え、内四八名に瀕死の重傷を含む傷害を与えた(入院も二九名に達した)事件である。主犯丸尾良昭らが逮捕、監禁(致傷)、強要、傷害の罪で起訴された。

今回の最高裁の上告棄却決定により、一連の事件発生以来、被害者側の告訴、告発を受けて「長年月の裁判に耐えうる証拠の確実な事件、被告人に絞って起訴した(捜査主任検事の言明)とされる日本の教育史上前例のない、あるいは裁判史上有数とされるこの一大刑事事件は、その後の神戸地裁の一審有罪判決、それにたいする「有罪」を不服とする被告「解同」側と「量刑不当」を理由とする検察側の双方の控訴、これにたいする一九八八年三月二十九日の大阪高裁における双方の控訴を棄却する判決、さらにこれにたいする被告「解同」側の上告申立(検察側は上告理由が見当たらないとして上告を見送った)という流れを経て、刑事事件としては丸一六年ぶりに決着をみたことになる。

この事件の有罪確定により、「解同」の凶悪な集団暴力犯罪が明確に断罪されるとともに、「解同」の運動論の中心に位置してきたいわゆる「糾弾権」なるものも、社会的にはもとより法的にも完全に否定されたことになる。



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八鹿高校事件で、レイプは『あった』のですか。解放同盟は否定しているのですか。

1976年4月21日の部落解放同盟兵庫県連大会では、執行部派が反執行部派の丸尾良昭(八鹿高校事件主犯)に対して「おまえ、ええかっこいうが、朝来事件や八鹿高校事件は暴力ではなかったのか。『解放研』の女子高校生を強姦までしている」と野次っており、八鹿高校事件における、強姦を含む暴力行為の存在が部落解放同盟の内部でも知られていたことが窺える。


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  古本屋通信

 尚、デボーリンの指示どおり上記をクリックしたら、以下の2チャン投稿が表示されたので、ついでに貼っておこう。


 「解放同盟の親戚」さんが「さざなみ」に送った記事の続き

>   当時解同タブーの中で、一般マスコミや警察が不介入の中、赤旗のみ
>   がこの事件を報道したのです。又全学連を中心に防衛隊が組織され、
>   私の同僚も参加しました。こうした結果蛮行した者達は起訴され、確か
>   有罪判決を受けた筈です。

>  「蛮行」はありませんでした。司法は、この事件の本質的責任のありか
> を無視し、不当な有罪判決を下しましたが、糾弾権は認めました。
>  人民の闘いには、権力の弾圧や有罪判決はつきものだと思います。
> 意見の違いがあるにせよ、闘う人民を権力に告訴し、不当な有罪判決を
> これみよがしに宣伝するのは、左翼政党としての最低限の資格を疑わ
> せる行為です。

相手が「挑発してきた」ら暴力は振るってよい。それは「蛮行」ではない暴力闘争は必要だ。暴力振るうのは人民の闘争だ。人民の闘争を権力に 売り渡すような告訴戦術、「不当な有罪判決」をこれみよがしに宣伝するのは 左翼政党として最低限以下、だと。「資格を疑う」と。



  古本屋通信は非暴力思想の持ち主ではないから、人民が権力との闘争において実力を行使する事をいちがいに否定しない。また暴力集団の襲撃に対しては、断固とした正当防衛権を認めるものだ。然し上記の丸尾らに暴力を行使する一分の理由もない。まるでヤクザの暴力以下だ。千歩ゆずって部落解放運動の内部対立としようか。集団で徒党を組んで八鹿高校の教師集団をリンチに掛けてよい理由は何ひとつない。デボーリンはもうこの件はやめたほうがよい。私も今後は過去の事件として持ち出さないことにする。
  1. 2016/02/20(土) 21:20:42|
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