古本屋通信

松山への旅

古本屋通信     No 1717  1月 6日

  
松山への旅



  大本芳子さんが松山に行かれたそうです。七誌さんも書かれています。私も息抜きに松山のことを書いてみたいと思います。大本さんはもともと文がとても上手いのだから、政治的以外のことを書くと、とても読ませるのです。いくら長くてもよいと思います。



子規記念博物館=特別展 子規からの手紙
2016年1月4日 大本芳子
石手寺(初詣)からの帰り、子規記念博物館で開かれている冬季特別展「子規からの手紙-躍動することばー」展を観に行きました。
子規は34歳11ヶ月という短い生涯の中で、多くの手紙を書きました。現在確認されているだけで、その数は1000通に及んでいます。子規は自分自身の抱負や信念を毅然と表明し、情熱に満ちた言葉を相手に投げかけています。子規
ネット社会の今、あらためて子規の手紙から数々の躍動する言葉を見出し、展示したこの特別展の企画の素晴らしさに感動しました。

七誌  2016年1月4日 8:49 PM
偉業を成し遂げつつ重病で苦しみながら生きておられたのを思うと、ちょっとした不調で些細なことすらできなくなる自分を思います。でもなかなかできない。
「子規記念博物館」のサイトを見ると、路面電車の停留所「道後温泉前」から近くて歩いて行けるようです。
いつか行ってみたいと思います。
百年生きても全部で三万七千日足らず。そう考えると「いつか」といっても何日もありませんね(笑)。



脚と頭を使う旅 =高齢期に備えて
2016年1月4日   大本芳子
今年から車(自家用車・タクシー)を使わない旅に挑戦しています。
今回の石手寺初詣と子規記念博物館行きの松山への旅は、それに徹しました。先ず ①新倉敷から尾道まで電車(山陽本線) ②尾道駅前から尾道→高速乗り合いバス(しまなみサイクルエクスプレス)で今治へ ③今治から予讃線で松山へ。④松山駅前から路面電車で道後温泉 電停から歩いて3分弱で子規記念館。

翌朝路面電車で道後温泉駅へ。電停すぐ前のバス停で待つこと10分弱で石手寺行バス。石手寺からの帰りは松山駅行き直通バスで。松山からの帰りは往路と同じコース。

今回の脚と頭を使う旅(松山行)を実行してみて、松山市の公共交通網の整備の良さに改めて感心しました。高齢者が一人で自由に出歩くことができる街、松山だと思いました。


七誌   2016年1月5日 2:44 AM
頭が固いので、つい児島から鉄道で渡ることを考えてしまいます(笑)。遠回りですね。
松山には一度しか行ったことがありません。
市内を回るのに路面電車の一日乗車券を使いました。
環状になっていて、また、環状線を短絡する線や環状外に伸びる短い線もあり、便利でした。
本数も多く感じました。
人口は倉敷市と同じくらいなのに公共交通の便は大違いです。
今後の高齢化を考えると居住環境として負けてますね。
倉敷市のバス路線は幹線?でも本数が削減されて消え入りそうな気配すらします。高齢者が中心市街地以外では住めなくなります。自転車が安全に走れる道路が少ないですし、まことに困ったことです





  古本屋通信

 私は子規記念博物館には行ったことがないのですが、松山にはF書店時代の営業出張でしばしば行きました。足かけ10年くらい四国4県の営業を担当していましたから、この時代に100日くらい滞在したと思います。四国は車で廻ることが多かったのですが、当時は東亜国内航空の飛行機が岡山から松山経由で鹿児島まで出ていました。私は高松、高知、徳島にも行きましたが松山がいちばん好きでした。主に高等学校と小売書店を廻りました。古本屋には趣味で行きました。

 松山の市街地は松山市駅を起点にして路面電車が周回しており、ちょっとした小京都の趣きです。道後温泉へも電車で行けます。私は高校は路面電車の東西南北の位置にある松山東高校、松山西高校、松山南高校、松山北高校、それから私立愛光学園、新田高校などを廻りました。松山東高校は多くの有名人を生んでいますが、旧くは宮本顕治です。これは進路指導の国語の先生に頼んで、同人誌 『白亜紀』 を見せて貰いました。もちろん「敗北の文学」など、どこにも載っていませんでした。古本も探しましたが見つかりません。子規関係は坊ちゃん書房がさすがに揃えていました。大江健も松山東の出身です。私は高校を訪問したとき、文学関係で出身者がいたら国語の先生に訊くようにしていました。

  松山の書店営業は楽ですぐ終ります。まあ息抜きの典型ですが、そのぶん油が売れました。松山の紀伊国屋と明屋本店では半日くらい本を読みました。私は紀伊国屋書店には10店舗ほど行きましたが、松山と博多の店が好きでした。明屋ははるやと読みます。地元の老舗ですが、私は岡山の細謹舎や高松の宮脇書店よりも好きでした。あたたかさがありました。

  松山城の中にあった松山競輪場にもよく行きました。私は全国の競輪場の半数以上に行っています。絶景は松山競輪と新潟の弥彦競輪でしょうね。当たった記憶はないのですが、愉しかったです。大当たりは高知競輪の500バンクと富山競輪ですが、これは松山には無関係です。


 まあ関係ない事ばかりでスミマセン。あと時間があったら、どうしようもないことを書き足します。
  1. 2016/01/06(水) 06:19:45|
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