古本屋通信

ヒロインの誕生

古本屋通信    No 1683   12月14日

 
  ヒロインの誕生



  私は通信 No 1680 で、おかやまいっぽんの集会に登場した女子高生について、こう書いた。

一般からのリレートークが続き、それぞれ聞かせたが、圧巻は最後の高校生のユイさん。この名前を見たときピンときた。須増唯さんではないかと。でも違っていてはいけないので隣の東クンに確認した。伸子さんの娘の唯さんに間違いなかった。喋りは抜群だ。こういう名演説は絶えて聞いた事はなかった。3分かっきりに終った。涙が出てきた。高校生なのだ。ローザルクセンブルク脚注)だ。吉良よし子を遥かに凌駕している。しゅんかん今回の参院選の統一候補にと思った。だが年齢が足りない。残念である。


 また同じ日に、私が2年前に書いた記事に拍手があった。かなり長いがそれも貼っておく。

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  再録   古本屋通信  No 384  一昨年  8月26日

  吉良よし子書記長

 さきほど改めて、吉良よし子のYou Tube を見た。やはり、並はずれた能力である。魅力がある。観る者、聴く者を奮い立たせる力がある。むかしの言葉でいえば上手なアジ演説だ。アピールする力、すなわちアピール力(訴求力)と言ってよい。
 
・・・・・共産党は奇跡的な才能をゲットした。この困難な時代を生きる若者たちの前に現れたジャンヌ・ダルクである。共産党に最も欠けていた世論へのアッピール力を十全に備えた才能の出現だ。政治家に不可欠な能力はさまざまあるが、アッピール力がなければ、どんな才能もむなしい。いかにすぐれた政策といえども、それを世論に訴える能力に欠如していれば、世の中を変える力とはならない。昔は文章が人を動かした。時代は変わった。(いまは)目と耳に訴える能力がなければ駄目だ。吉良よし子はそれを完全に備えた人物である。・・・・・(石崎徹「吉良よし子] 2013年07月14日)

 これは選挙中に書かれた石崎さんの文の一部だ。改行は私が詰めた。当時、私はこれを読んで気をよくした。私の吉良をみる目に狂いがなかったと心強く思った。但し一箇所を除いてだ。つまり赤文字の部分にとても異和感があった。選挙が終わって、吉良の当落がはっきりしたら、これに就いて書かねばと思っていた。You Tube を鑑賞したこの機会に少し書くことにする。ただし、これは石崎さんへというより、自分の「共産党指導者論」を整理する目的のためだ。

 赤文字の部分について、私の認識は正反対だ。昔(1950年代、1960年代)には、名アジテーター(煽動家)は何処にでもいた。かれら指導者が大衆運動を指導した。これが1970年までだ。然しその後、時代は変わった。目と耳に訴える方法、つまり感性に訴える方法は時代遅れになった。今回詳しくは省くが、これが党中央の新日和見主義批判の一部分でもあった。以来、理論と文でもって、理性に訴える方法が主流になった。

 具体例を挙げよう。1950年代、1960年代には、吉良クラスの雄弁家は全国の大学・学部それぞれに数人はいた。学生自治会の委員長は大抵アジテーターだった。でなかったら各派で争う自治会執行部の選挙に勝てなかったのだ。全学連中執はだれもが名演説をぶった。川上徹も新保寿雄も、吉良より数段演説上手だった。共産党中央はどうだったか。たぶん徳田は抜群に上手だったろう。野坂も下手ではなかった。袴田も上手かった。宮本は理論組立て型で理詰めだったが、聞かせた。まるでダメになったのが不破からだ。あの上滑りな抑揚はなんだ。以来まるで名演説がイケナイことのようになった。筆坂なんか不破の猿まねだった。つまり煽動家など時代遅れになってしまったのだ。 

 私は一点を除いて石崎さんに同意する。吉良は日本共産党にあって、稀な才能の出現だ。これを共産党は生かさねばならない。然し今日的な党の土壌において、吉良はあだばな【徒花】なのだ。ジャンヌダルクなら委員長だが、私の見立ては書記長である。そして吉良書記長にとって、坂井希委員長はどうしても欠かせない必要条件なのだ。

 以上から、ひとつの仮説を提出する。新日和見主義事件以後、共産党の周辺から、名演説とアジテーションが消えた。吉良の登場でそれらは復活するかも知れない。

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  古本屋通信

  ここからが今回書く文である。「吉良書記長」の文の最後のほうに「坂井希委員長」が登場することにご注意を。私は若い優れた共産党員を目にすると(といっても実物を見ていない)、つい嬉しくなってノボセて、上記のような文を書いてしまう。それを 「いい歳してみっともないったらありゃしない」 と、私を蔑んだのが島根の党員である。
  私は多くの女性党員を賞揚してきたが、それを破廉恥な事と思っていない。こういう事を言ったのは島根の党員が初めてだ。ところが語るに落ちたとはよくいうもので、すぐに馬脚を顕わした。この党員は私が賞揚した中で、村井明美さんと坂井希さんだけを挙げて非難した。たしかに私は二人を褒める文を書いている。しかし村井さんについては厳しく批判もしている。のぼせ上がっているなどと云えまい。それに村井さんは当年64歳だから若くはない。私がそう反論すると、村井さんについては何も言わなくなった。あと坂井さんについてだけ、執拗に私を非難し続けるのである。私は上記のように、寧ろ吉良さんをベタ褒めなのに吉良の吉の字も出ない。私はこの3人以外にも多くの女性党員を褒めている。何の事はない。この党員は私が褒めた党員の中の村井さんと坂井さんだけを知っていたのである。だから 「会った事もない、話したこともない女性党員のことを妄想するな、このスケベ親爺」 と言ったのである。坂井さんだけを言い続けた。よく考えてみると、このオトコは私をスケベ親爺などと思っていないのである。いくらなんでも支持者がラブコールを送っただけで、変態扱いにする共産党員はいない。私は鳥取・島根合区選挙の責任は党中央にあるから、選挙中は坂井希を派遣して両県の選挙を指導すべきであると書いた。彼はそれに激怒したのである。まあ、逆恨みで人間の卑小さを絵に描いたようなオソマツだった。
  私は吉良さんにも坂井さんにも何の幻想も持っていない。現に吉良さんは手厳しく批判している。坂井さん称揚の釣り糸に引っ掛かったのが元東大民青氏だった。これは実物と知り合いだったから、大きな獲物だった。それに引き換え島根の党員はカスだった。まあ気持ちは分かるワ・・・・・・・・・・・・。 この話はここまでにする。


  須増ユイ(唯)さんは全国区(東京)の坂井希吉良よし子に続く、場合によってはそれを凌駕する岡山におけるヒロインである。共産党を名乗ってはいないし、まだ党員でもない(18禁に抵触する)だろう。だがリアル空間でもネット空間でも頭角を露わにしていた。間違いなく出現である。待ちに待たれた出現であった。おかやまでは大塚愛につづくヒロインである。しかもより一回り以上若い。
  1. 2015/12/14(月) 04:27:25|
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