古本屋通信

社革から緑の党まで

 古本屋通信  No 181  4月13日

 社革から緑の党まで

 7月参議院選挙において全国選挙に名乗りをあげた緑の党について、私は基本的支持を表明した。また、その選挙政策について、支持すれども批判することはないとも書いた。このことに変わりはない。ただ日本共産)党には未来がないと見切りをつけたから(緑の党を)結党したのだろう という意見がある。「見切りをつけた」層も新党の有力な構成部分だろう。しかし見切りをつけたから結党した」というのとは一寸ちがう。この点を述べるのには、「緑の党」の前史に少々立ち入らざるを得ない。

 「緑の党」に前史などないと言ってしまえばそれまでだ。事実、この新党は過去のいかなる政治党派の政綱も引き継いでいない。だから選挙前に余分なことを持ちださないに越したことはない。然し上記のような意見がある以上、触れねばならない事もある。

 「緑の党」は、日本共産党内において綱領論争に敗れて党外に去った「社革」グループをそのルーツとし、共産主義労働者党としての長期の活動を経て、政治グループ蒼生の約10年の政治活動の総括の上それを解消し、そのメンバーのほとんどが参加するかたちで結党された。だから新党は従前の党、政治グループの限界を感じて結党されたものだ。日本共産党はちょくせつ関係ない。

 さらに新党にとっては迷惑かも知れないが、この党の中心は共産主義者・コミュニストであろう。名乗らなくともそうだ。もしかして日本共産党より共産主義者の比率は高いかも知れない。私は近年の日本共産党を見ていると本当にそう思う。組織方針は内輪の問題なのであまり公表していないが、選挙候補者決定のための組織内選挙の採用など、一般にも見えやすいかたちを採り入れている。これは部分的な直接民主主義の採用であり、組織の可視化の試みとして評価できる。しかし組織原理は民主集中制の応用だろう。この党の前史の共産主義労働者党も組織の分裂と統一で苦しんだ。すぐに組織が瓦解するようなユルい方針を採用するわけがない。

 下記に貼った資料中の赤字部分は追って紹介する(下記「党の組織活動の教訓」は個人論文中のものである。従って赤字部分がどういうかたちで詳述されるのか分らない。いまのところその具体化を私は知らない)。
 私がこの党を支持するのはこの党が共産主義者を中心とする党だからだ。市民主義の匂いをチラつかせているからでは決してない。
 私は根っからの市民主義など馬鹿にしきっている(市民運動をではない。念のため)。あんなものは出たがり屋のお遊びだ。山本太郎もそうだし、右翼崩れのネエちゃんもそうだ。最低、ヘンな恰好せずに出てこい。

 しかし「緑の党」にとっては迷惑な事を書いたかも知れない。


  資料  古本屋通信  No29  グローカル最終号   9月21日
 

 政治グループ蒼生の機関紙 「グローカル」 最終号を入手して、ざっと読んだ。最終号にふさわしく、ニュース的な記事はなく、6ページの全てが共労党時代 (その延長としての蒼生時代を含む) の総括だ。前半2ページが本葉一成の、後半4ページが白川真澄の署名文だ。
 ここでは白川文を一読した直後の感想を書く。私が特に興味を持って読んだのは、この文が1966年11月の結党から2012年8月の解党に至る46年の、事実上の党史だと思うからだ。そして事実そういうものとして書かれている。以下、感想を個条書きにする。
①白川文に先立つ本葉文の冒頭のサブタイトル 「原点としての新左翼」 にあるように、この党史は党の出発を1969年5月の第3回大会をとしている。従って社革の尾を残した構改派時代の党は切り捨てられている。つまり、初代内藤知周議長も民学同もなく、ベトナム反戦は出てくるが 「思想と行動のラディカルさ」 つまり 「68-69年反乱に全力投入」 した運動が党の出発とされる。
②1971年の党の3分裂と73年の再建について触れられてはいるが、その内容は当事者以外にわかるようには書かれていない。この件に限らず、この党史の記述は他派批判を意識的に控えている。つまり分裂よりも共同ということのようだが、私はこれは筆者・白川の人間性にも関係があるように思う。美質な性格だが、運動史の記述としてはどうか。
③この号から離れるが 「よく判らん」 例を身近なところから挙げておこう。岡山は社革の拠点だった。言葉は悪いが、内藤知周や松江澄の息のかかった組織だった。それが第3回大会でなぜ党に残ったのか、また3分裂の後の再建時になぜ全国協議会の中心の一つであり得たか、さっぱり判らん。
④三里塚闘争の位置付けは、党としてはよく判るように書かれている。これが一時の左翼的偏向として自己批判的に総括されていないのがよい。
⑤80年代の世界と日本の捉え方は、私とはずいぶん距離があるが、党史の記述としては一貫性がある。ただし、ソ連・東欧の崩壊以前にレーニン主義と訣別したのなら、そのように明記したほうがよいのではないか。
⑥最後の 党の組織活動の教訓 で項目だけ挙げている諸点は、後日詳述されることを望む。この点が深かめられれば②の不満もかなり解消されるだろう。
⑦ともあれ、最終号がこういうかたちで出されたことに、私はおおいに満足している。こういうかたちとは 「緑の党」出発号的ではなく、共労党機関紙の最終号として出されたということだ。総括をウヤムヤにしなかったということだ。
⑧いうまでもなく共労党のかつてのいかなる 「決定」 も、今回の 「党史」 も緑の党の活動を拘束しない。しかし少なくとも私の世代は両者を 「非連続の連続」 とみている。もちろんレーニン型の組織政党ではないが、今まで無数に存在して消えていったエコロジーのグループと違う運動を期待しているのだ。しかし、危惧ももっている。
 以上、思いつくままに8項目あげた。この文は、去る7月22日「緑の党」と題して書いたときの約束を果たすかたちで書かれた。しかしグローカル最終号にそくして書いたため、 緑の党について述べる文にはならなかった。新しい党については折を見てふれることになろうが、いま暫く様子を見たい気持ちも強い
span>
  1. 2013/04/13(土) 18:33:34|
  2. 未分類